第15話 砂漠編

「勇者ロッドの闘いは凄かった。自分がロッドと決闘をしたときのことだ……」


 おいおい、この騎士団団長、決闘狂か? 俺だけではなく、父親おやじとも決闘していたなんて。しかも負けたのか。って、当然か。父親は俺より強かったんだろうから。


「おい、聞いているのか?」

「ああ、うん、はい」

「ロッドは、ビュンバンだったんだ。ビュンバン。わかるか?」


 わかるか? って言われてもわかるはずがない。何を言っているのだ団長は。この説明力では理解することが出来ない。きっと苦しめられているんだろうな。部下は。などと、余計なことを考えていると、団長は俺の返答を待たずに話を進めていく。


「そうだ。見えなかったんだよ。動きが。自分の目をもってしても。けどな、アズ、お前は話にならない。ビューゥン・トンだ。遅い。ロッドに比べて圧倒的に遅すぎる。まあ、だが、それは仕方がないことかもしれない。ロッドと比べること自体が無理難題だったとも言える。ただな、そのことを差っ引いても、あの動きは酷い。はじめっからフェイントを絡めながら仕掛けると言わんばかりだ。実に男らしくない。騎士道にも反していると言える。正直なところお前はまだまだだ。修行が足りない。頑張って精進するが良い。あのロッドに追いつくのは難しいかもしれないが、少しはマシになるかもしれない」


 待て待て待て待て。ちょっと待て。素手の人間に剣を持った状態で決闘をしたお前が言うか? つか、どうして決闘に勝った俺が負けた人間に説教を受けなきゃいけない? おかしいだろ。文句の言葉が喉からゴロリと出そうになるが、それより早く団長が続きを話し出す。


「とは言えお前にそれを求めるのは無意味だろう。それほどだったんだよ。ロッドの強さは。決闘だけのことじゃない。魔族戦争の時、本当にあの時のロッドは凄まじかった。剣も当たり前のように凄かったが、魔法も常人のレベルを超えていた。そりゃ、魔法の種類と大人数の魔力を集中させて使う構成魔法では賢者の方が上だったが、一撃の魔法の威力では賢者も舌を巻くほどだった。瞼を閉じれば今でも思い出せる。あの時の光景が。誰しもが魔族に滅ぼされると諦めかけていた状況を一変させた勇者や賢者、そして彼らと共に戦った我ら騎士団のことを。人の数倍もある巨人トロールらを一瞬で無力化していく姿を」


 もう、無視してこの場を去ろうか。とも思ったが、足は動かなかった。俺は父親が戦っているときのことを知らない。俺が生まれた時には、世界は平和になっていた。戦闘訓練を受けたことはあるものの、口先ばかりの指導で剣を交えたことなどはなかったから。


 当時、犠牲になった人には不謹慎と罵られるだろう。本当の惨劇も知らない癖にって糾弾されるかもしれない。荒唐無稽な憧れとわかっている。現実を知らないことも理解している。それでも、ギルドで飼い殺しにされるより、戦場に出て自分の力を発揮してみたかった。父親と一緒に戦ってみたかった。だから、俺は父親の英雄譚を聞くことが好きだった。


「ロッドに弱点は見当たらなかった。少なくとも俺が発見できるようなレベルではなかった。そして、魔族らもロッドに対抗することは出来なかった。大戦の元凶である魔王を倒した時、魔王は全てに満足したような表情をしていた。きっと、納得ができる闘いをしたことで満ち足りたんだろう。魔王としての破壊衝動に対しての。本当に若かったあの頃の自分は。丁度、アズ、お前くらいの年齢だった。騎士団に入ったばかりで、同じ時期に入った騎士も沢山いて、そして、殆どが死んだ。それでも、勇者や賢者がいたから自分らに絶望はなかった。どんなに厳しい状況でも、諦めずに着いていくことが出来た」


 団長は話を止めるとジッと俺のことを値踏みするかのように見た。


「お前はロッドのようになれるのか?」


 団長に訊かれるが、そんなことを言われてもよくわからない。俺が知っている父親は飲んだくれているのが九割。残りの一割が来客者の応対だったから。けど、一つだけ言える。


「わかりません。俺は俺です。俺の道を進むだけです」

「そうか。なら行くが良い。この砂漠の道を」


 団長はそう言うと、他の騎士団の団員に命令して、俺が倒した騎士を起こして馬に乗せさせる。騎士はふらついてはいるが、命に別状はなさそうだ。馬の頭にもたれかかっているものの首にしっかりと抱きついている。後ろで手綱を握る騎士がゆっくりと移動すれば落ちることもないだろう。


「一つ訊いてもよろしいですか?」


 俺は立ち去ろうとした団長に向かって声をかける。


「何だ? 何も答えられんぞ」

「どうして、俺たちを捕まえようとしたんですか? それに、どうして捕まえないのですか?」

「捕まえられたいのか?」

「いえ、そういうわけではありませんが、おかしいじゃないですか。何もしていない俺たちを捕まえようとしたり、その割には捕まえずに帰っていくなんて行動に一貫性がないですよ」


 俺が言うと団長は、がははははは。と大きな声で笑い始める。その笑い方があまりにも自然だったので、何か変なことでも言ったのだろうか。と、振り返って背後にいるレージーラに眉を寄せながら首を傾げて尋ねると、レージーラは両手のひらを俺に見せて知らない。のジェスチャーで返す。


「アズ=ラ・イール。覚えておくが良い。人間というのはそんなに論理的な理由で動いているものではないのだ。それが組織となればもっと複雑になる。全員が必ずしも同じ思惑で動いているわけではない。だから、妥協点を探ることが重要になる。みんながそれなりに納得できる解決方法とは何かって、な」


 団長の言わんとすることはわかる。が、納得はできない。はっきりとした答えがわからないとすっきりしないのだ。誰が、何のために俺を捕まえようとしていたのか。ってことを。


「ですが……」


 俺が話を続けようとしたところで、肩を掴まれた。


「もう良いじゃない。見逃してくれるってんならそれで。それに、あんまりここでのんびりしている時間もないし」

「けど……」

「急ごうよ。別働隊みたいなのがいて追いかけてきたりするかもしれないし。そうなったら面倒じゃない」


 レージーラの言うことには一理ある。余計なことを言って、気が変わられても困る。団長はともかく、他の団員が一枚板とは限らない。事実、俺のことを襲ってきたやつは団長の命令を無視して襲ってきたわけだし。この場はさっさと離れるほうが賢いのだろう。納得ができないわだかまりがないと思えば嘘になるが。


「団長殿、ありがとうございました。またの機会がありましたらその時はもっと大戦のお話をお聞かせください」

「おう。自分はもうお前らに会わないことを願っているがな」


 言いながらも団長は笑っていた。多分、この団長はそれほど俺たちに対して悪印象はないのだろうな。と勝手に考えていると、馬のいななきが聞こえた。


 反射的に視線を移動させると俺たちに襲いかかってきた騎士がこっちを睨みつけている。だが、体調は万全ではないのか、馬にしがみついたままだ。


「てめえら、よくもやってくれたな」


 大声を出してくる。馬が迷惑そうに動き出そうとしているのを、後ろの騎士が必死にいなしている。


「失礼ねアンタ。助けたお礼を言うのが先じゃないの!」


 これはレージーラ。言っていることは正論だが、同じように怒鳴りつけていてはどっちもどっちだ。


「誰が、礼なんか言うものか。次に会った時はお前らのこと絶対にぶちのめしてやるからな。覚悟していろよ」

「はいはい。また次もアズにボコられてね」

「何だとこのあま。俺のことなめてんじゃねーぞ。絶望を味あわせてやるからな。それまでは人生の春を味わっていやがれ」

「アンタもギャーギャー五月蝿いわね。男のくせに。次は私が魔法でボコってあげるから、ゆっくり休養して体調万全にして待ってなさい」


 レージーラと騎士の罵り合いだがナニコレ。最後はお互いに両手の親指を立てあって元気にやれよの合図を送っている。


「レージーラ、アイツと一緒に帰っても良いんだぞ」

「ば、馬鹿、馬鹿なこと言わないでよ。しばらく家に帰らないって決めてるんだから。それより行くわよ。水も食料も足りないんだから」


 俺たちは騎士団に手を振って別れると砂漠を歩き始める。多分、騎士団よりよっぽど強敵となる砂漠のことを俺はこの時はまだ甘く見ていた。父親ののこしたにっきを読んで砂漠のことを分かったつもりになっていたのだ。でもそれは誤りだった。俺は砂漠のことを何も知らなかったとすぐに思い知らされることになった。

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