第14話 砂漠編

 騎士の攻撃は遅くて中途半端だった。短剣を使っている割には踏み込みが甘い。こちらを怖がっているのか腕をブンブンと振っているだけ。俺が武器を含めた荷物を置いて手ぶらだから、そんな適当な攻撃でも勝てるとでも思っているのか。


 俺は騎士が緩慢に切りつけてきた短剣をギリギリで躱す。そして、バックステップで後方に下がり空間を作る。相手の動きを注視して不用意に間合いを詰めてきた騎士に対してキックを放つ。


 頭部を狙ったハイキックではない。ローキック――より下、右足でふくらはぎの一番弱い部分をピンポイントで蹴りすぐに下がる。完璧な手応えがあった。ダメージを与えたはずと思ったのに、騎士はそんな攻撃など効くものか。と言わんばかりに追ってくる。が、次の瞬間、ぐらりと体を揺らしたかと思うのと同時に地面に倒れ込む。


 すかさず俺は駆け寄って、短剣を握っている手を思いっきり蹴飛ばす。強く握っていなかったのか、痛みで集中力が途切れているのか、短剣は俺の蹴りの勢いで転がっていく。


「あんたは良くやったよ。けど、これ以上は無意味だ。殺し合う必要性なんか何処にもない」


 俺は騎士に声をかけながら短剣を拾う。実力差を理解して騎士団の元に帰ってくれればと期待するが、騎士の目は死んでいない。立ち上がると敵意を剥き出しにする。


「だから、このままオメオメと帰れるわけがないだろう。帰る時は任務を達成した時か、死体になった時だけだ!」


 言うなり突進してくる。だが、勢いはない。さっき蹴飛ばした左足に力が入っていない。ぎこちない動きでタックルをしてくる騎士に対して俺は踏み込んで膝を放つ。タイミングはドンピシャ。騎士の両腕が届く前に、カウンターになった俺の右膝は前屈みになっていた騎士のこめかみにヒット。頭部を揺らし意識を刈り取る。


 前のめりにドサッと倒れ込む騎士に、しまったやりすぎたか。と一瞬焦るが、流石に一撃で死ぬことはないだろうと考えながら男を仰向けに寝かし直し心臓に手を当てる。


「大丈夫?」


 近寄ってくるレージーラに対して俺は返答する。


「ああ、心臓は動いている。ちょっと気絶しているだけだろう」

「そうじゃなくって……無事そうで良かった」


 俺がレージーラの方を向くと、彼女は顔を背ける。


「悪いけど、こいつを騎士団のところまで連れて行くから手伝ってくれない?」

「私が?」

「ああ。こいつを背負って運んでいる最中に意識を取り戻して首を絞められたら流石に俺でもやばい。だからと言って一人で運ぶには他の方法がない。だから、俺が肩を持つから足の方を持って欲しいんだ」

「このまま放っておけばいいじゃん。騎士団が連れ帰るんじゃない?」


 確かにレージーラの言うことは正しい。このままここに置いていっても問題ないかもしれない。ホワイトワームが餌の匂いを嗅ぎつけて蟻地獄から出てこなければ。


「ああ、もう。わかったわよ。さっさとやろ」


 レージーラが騎士の足を持ったので俺は両肩を抱きかかえるように持つ。もし、意識を取り戻して暴れだしたとしてもこの状態なら放り投げれば比較的安全だ。注意しながら砂地と岩場との境目――騎士団の待っている元に騎士を連れて行く。


「わざわざ済まないな」


 先頭にいた騎士が馬上から話しかけて来る。


「団長、このまま捕まえましょう」


 背後にいる男が団長と呼ばれた先頭の騎士に話しかけている。おいおい。聞こえているぞ。と思うが、聞こえたところで構わないと思っているのだろう。人間の足と馬の足では速度が違う。このまま容易に包囲されても不思議ではない状況だから。


「我らはこの境界線を越えない約束だ」

「はっ!」


 先頭の騎士は俺たちを見据えたまま背後の騎士をたしなめる。


「ここに置かせてもらっていいか?」

「構わない。それより頼みたいことがある」


 先頭の騎士は馬を降り、背後の騎士に馬を預けると俺たちに近づいてくる。


「自分は王国騎士団団長、ソーラス・ウォード。いきなりで済まんが決闘をしてくれないか」


 唐突だな。とは思ったものの俺は驚きはしなかった。騎士団団長のこの申し出はあるんではないか。と心の何処かで思っていたのだ。


「俺は……」

「アズ=ラ・イールだな。勇者、ロッドの息子の」


 俺は団長に先に言われて、何となく後頭部を軽く掻く。


「良いか?」

「って言われても、俺は丸腰だけど」

「ロッドはこの状況でも何も言わずに決闘を受けたが?」


 団長は剣を構える。俺はいつ飛びかかられても良いように団長を観察する。団長は壮年の男性、多分、父親が死んだときと同じくらいの年齢。若さは無いが、それを上回る経験でカバーできる。一番、油が乗り切っている年齢だろう。持っている剣は一般的な直刀。直撃すれば俺の体など一刀両断できる代物。防具は何もけていない。兵士としての平服だ。


「レージーラ、下がってて」

「何言ってるの。決闘なんて意味ないって。止めなよ」

「別に俺は望まないんだけどな」

「分かった。他の人を見張ってる」


 俺は背後にいるレージーラに左腕で下がるように合図をしながら、寝かせている騎士から少しずつ離れて決闘の出来るスペースを作る。


「どうすれば良い?」

「好きなタイミングでかかってくるが良い」


 団長は簡単に言うが、こちらは騎士を助ける時に武器を置いてきている。剣と素手ではリーチ差が顕著。もし、同じ技量の人間が戦った場合、踏み込んだ瞬間にカウンターで斬られること必死。勝ち目など無い。


 だから、俺は小さくジャンプする。中段に剣を構えている団長を中心に左回りに同じ距離を保ちながら移動する。団長も俺の動きに合わせて少しずつ体を回転させる。ゆっくりと移動する速度を上げてていき、不意に右に動く。


 釣られて団長が体を戻した瞬間、左に回り込み腰を落とす。全神経を集中させ二人の間にある距離を瞬時に縮めるべく飛び込む。と、その瞬間、動きに反応した団長が剣を突き出してくる。


 鍛え上げられた騎士の突き。これならば、魔物でも容易にほふれそうな威力を持った高速の突きが、俺の体を貫く……ことはない。完全に見切っている。団長が中段に構えた時点で突きの可能性が高いことを予想していた。それに、もし振りかぶって振り下ろすのであれば、突きより遅くなる。


 要するに、俺の方が圧倒的に速い! 突きをかわしながら心臓に重心を乗せたパンチを叩き込む。と、団長は「ゲフッ」と呻きながら動きを止める。これが、殺し合いであれば、団長の首を絞めるとか武器を奪い取って斬ることになるのだろうが、これは単なる決闘で殺し合いではない。俺はバックステップで剣の間合いから脱出する。


「お見事!」


 団長はその場に膝を付き剣を地面に突き立てる。


「大丈夫ですか?」


 もし、さっきの騎士のように諦めが悪く、まだやれるなど言い出したのならば面倒くさくなる。俺は団長の動きを注視しながら、体が固まらないように小さく動き続ける。


「流石、英雄ロッドの息子と言ったところか。見事な体術であった。もし、お前にその気があるのならば今すぐにでも騎士団に入団してもらいたいところだ」


 団長は剣を腰にぶら下げている鞘にいれる。


「あの小さな子供がここまでになっているとは予想していなかった。油断しているつもりはなかったが、完璧にやられてしまったことを認めよう」


 良し、これでもう追いかけてこないだろう。俺が内心一安心していると、団長は話を続ける。


「だが、さっきの動きは何だ。フェイントか? チョコマカと恥ずかしい動きをしおって。そんなのはどう考えても邪道だ。大道芸人の武芸と言える。情けない。勇者ロッドはそんなことはしなかったぞ」


 素手で決闘に勝った俺は何故か団長に説教を受け始めていた。

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