第13話 砂漠編

 砂漠に生暖かい風が流れて、砂がチリチリと舞う。俺は王国騎士団の一挙一動を逃さないように集中していると、先頭の騎士が一歩前に出る。


「さあ、戻ってこい。そうすれば大きな罪にはならないだろう」


 俺が純粋な人間であれば、この言葉を疑うことはない。だが、ギルドで散々、好き勝手やられてきた身だ。知らない人の言葉を単純に信じることなど出来ない。


 よく考えてみればおかしな話だ。十騎はいる馬上の騎士がワザワザ俺のことを呼び寄せる必要があるのか。さっさと突っ込んできて囲めば良い。わざと罪を軽くしたい。と言うのも理屈としては理解できるが、知り合いでもない騎士団が俺の罪を減じたい理由など無い。


 要するに、こいつら胡散臭ぇ。


「絶対に動くなよ」


 俺はレージーラに小声で指示を出してから、両手を上に上げる。魔法を使わないと言わんばかりに掌を見せながら騎士団に近づく。と、その時、視線の片隅が揺れる。


 予想通り。俺は前屈みになって、撃たれた魔法を背中の鍋で弾き返す。


「どういうことか?!」


 俺は騎士団に向かって怒鳴りながらバックステップで距離を取り、背中のリュックサックから一本の杖を取り出す。魔力の流れ的に、洗濯水の杖クリーンウォッシュ。戦闘には全くの役には立たない。だが、そんなことは目の前の騎士たちにはわからないだろう。雷撃の杖サンダーボルトであれば、魔法耐性がなければ即死する危険性がある。普通の人間ならば、まずはリスクを見定めようとするはずだ。


「ちょっと待て。これは、何かの手違いだ。我々は……」

「団長、やっちゃいましょここで!」


 さっき魔法を撃った騎士だろう。俺に向かって突進してくる。もし、ここが平坦な草原であれば、馬上の騎士と徒歩の兵士では圧倒的に差がある。同じレベルの兵士であれば、馬の突進力になすすべもなく蹂躙されることだろう。


 だが、ここは砂漠。それに、俺は多分、こいつより強い。俺が持っているのがクリーンウォッシュで命拾いしたな。と考えながら騎士に向かって解き放つ。


 騎士は、魔法矢の杖マジックアローと勘違いしたのだろう。馬上で体を伏せる。が、それでは俺の動きを捉えることは不可能。軽くサイドステップで馬を避ける。そして、体を反転させて逃げ出す。


「お前は残れレージーラ」

「ふざけんなッ!」


 走って逃げ出す俺の後ろをレージーラが着いてくる。馬の脚には勝てない。どうせすぐに追いつかれる。そう思うものの少しでも時間が欲しかった。相手を傷つけずに逃げ延びる方法を考えたかった。

けれども走りながらでは何も思いつかない。結局のところ出たとこ勝負で何とかするしか無い。割り切って立ち止まり振り返る。


 追ってきた騎士団を……。あれ?


 騎士団はさっきの場所で留まっている。こちらのことを様子見しながら、追ってこない。


「どう、した、のよ」


 追いついたレージーラがはあはあ言いながら立ち止まっていてくる。


「いや、どうしてあいつら追ってこないんだろうって」

「ホント、だ。なんか、制約が、あるのかな」

「さあ、どうなのかな」


 俺は一騎だけ追ってくる騎士を睨みつける。相手がどんな攻撃をしてくるかで対処が変わる。さっきまでの様子からそれほど強力な杖は持っていないだろうが、油断はできない。身構えていると、武器も持たずに突進だけしている。


 馬の突進力で倒そうという魂胆か。俺とレージーラに向かって躊躇なく突っ込んでくる騎馬に対して、当たり前だが受け止めることは出来ない。俺はまだ呼吸が早いレージーラの体を掴んで横にジャンプする。俺の体をクッション代わりにしながら地面に倒れ込むと、砂が舞い上がり吸い込みそうになる。


 息を止めながら上半身を起こすと、抱えていたレージーラが目を細めている。


「魔法、使って良い?」

「止めろ。俺が何とかするから」


 俺はレージーラを放して立ち上がる。やはり、馬は殺さないと止められないか。そう覚悟を決めた瞬間、騎馬は動きを止めた。そして、俺たちの方に向き直った瞬間、馬が少しずつ沈み始める。


 騎士は何が起こったのか理解できていないようだ。ただ、キョロキョロと首を動かしている。


「さっさと降りろ」


 俺は近づきながら声をかける。このままでは、ホワイトワームの作った蟻地獄に吸い込まれてしまう。


「貴様、近づくな!」

「そのままだと死ぬぞ」


 俺が声をかけるが、剣を抜いて威圧してくる。現状をちっとも理解できていないようだ。


「後ろを見てみろ」


 俺が言うと騎士は背後を見た。すり鉢状になった流砂の中心に何やらうごめくものが見える。


「それに食われたいのか」

「お前みたいな奴を信用できるか」


 初対面なのに酷い言われようだ。今まで騎士団に迷惑をかけるようなことをしたことはないのに。俺は少しだけ気分が悪くなるのを我慢しながら洗濯水の杖クリーンウォッシュを騎士の近くの砂にかける。


「何するんだ貴様」

「馬を捨ててゆっくりと登れ」

「騎士が馬を捨てれるか!」

「死にたくないなら武器も捨てて体を軽くしろ」


 騎士は少しだけ考えていたが、自分の足まで沈み始めた時点で覚悟を決めたのか、体半分沈み込んでいた馬の背に立ち上がると跳躍した。


 クリーンウォッシュで湿り気を持った砂は、他の場所よりは崩れにくくなっている。俺は背負っていた荷物を置いた。近づきすぎないように注意しながらその穴の縁に寝そべり騎士に向かって腕を伸ばした。掴まれた瞬間に引きずり込まれないように意識を集中するが、流石に心中するつもりは無いようで俺に引っ張られるまま上がってくる。


 と、その瞬間、俺が寝そべっていた場所が崩れ始める。まずい。このままでは、二人ともホワイトワームの餌になる。かと言って、掴んだ手を払って自分だけ逃げる訳にはいかない。それに、この騎士だって手を放す気はないだろう。


 もし、このまま砂に飲み込まれたら、ホワイトワームに食べられることになるだろう。丸呑みにされて、強力な胃酸で溶かされるのはかなり酷い死に方に違いない。徐々に穴に吸い込まれていくのを感じていると、背後から声がした。


「仕方がないなぁ」


 足が押さえつけられるのを感じた。レージーラだ。上半身部が崩れて穴に落ちそうになったが、足を抑えてもらえれば話は変わる。俺はまず騎士を引き上げ、少しずつ体を後方に下げていく。体の向きを変えてから上半身を起こしその場から離れる。


「助かったよ。ありがと」


 俺が背を向けているレージーラにお礼を言うと、レージーラはこっちを向いてニコッと微笑む。


「私の方こそさっきはありがとう」


 そう言うと、レージーラは追ってこなかった騎士団の方を見る。何か、気になることでもあるのかと俺も少し離れた場所の騎士団を目で追っていると、背後から声がした。


「助けてくれて、ありがとう、な」


 助けた騎士が剣を抜いて襲いかかってきた。振り下ろした剣の速度はそれほどでもない。だが、体に受ければ致命傷だ。


 俺は後転しながら騎士と距離を取る。


「さっさと、みんなのところに帰れよ」

「そんなわけにはいかない。馬を無くしてしまったからには手柄が必要だ」


 騎士の目は血走っている。多分、死にそうになったことで興奮しているのだろう。冷静な判断が出来なくなっている。こんな奴は意外と危険だ。自分の身を捨てたような攻撃をすることもあるからだ。格上の人間が安全に勝とうとするあまり、捨て鉢の攻撃に逆にやられてしまうこともあるのだ。


「悪く思うなよ」


 騎士の言葉に、思うに決まっているだろ。と心の中で反論しながら騎士が突進してくるのを観察していた。

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