第12話 ギルド編

「みんな話がある」


 ホーテーはギルドマスター代行が帰っていくのを見送ってからギルドにいる人間を集める。


「知っての通り、先日納入した我々の製品に対してクレームがついた。出来が悪いと。これからも同じような製品を作ったら買い取らないと商会に言われている。みんな、製品の品質クオリティに気を使ってもらいたい。来週の納品は今回のようなことが無いようにちゃんと作ってくれ。わかったか」

「勿論ですよ。ホーテーさん」


 取り巻きである一人のギルドメンバーが追従するが、数名のギルドメンバーは不服そうな顔をする。


「何だ。この方針に文句があるやつがいるのか? もし、このままの製品を作っていたらギルドは成り立たなくなる。それがわからないのか」


 ホーテーは不満そうな表情を浮かべている男らに対して言う。今までであれば、吠えていた犬が尻尾を丸めるように大人しくなったが、この日は今までとは異なっていた。


「おかしいだろ」


 ボソッと呟くような声をホーテーは一度は無視をしようかと思った。だが、放置することはギルドの運営に影響すると判断して咎めることにする。


「何がおかしいんだ。これは勇者パーティーのリーダーである。俺の言葉だ。勿論、ギルドマスター代行の意向も十分に確認している。やるしか無いだろ。やるんだよ。わかったかッ!」


 怒鳴りつけるようにまくし立てれば、反論などでないだろう。そう、ホーテーは高をくくっていたが、男たちは違う反応を見せる。


「お前がアズを首にしたからだろ」

「アズがどれだけ働いてたか理解してないのか」

「来週までなんて出来るはずないだろ」


 正面切って反論してくるわけではない。顔を背けながら吐き捨てるような言葉。だが、これまでとは違う。あからさまな敵対行為。このままなめられたままで良いのか。ここで引いたら、二度とコイツラは命令をきかなくなるかもしれない。そんな恐怖。追い詰めているように見えるホーテーが追い詰められている。


「やれって言ったらやるんだよぉッ!」


 ホーテーは言いながら机を蹴飛ばす。木製の机の足が折れるがそんなのは気にする必要はない。机なんぞ買えば良いのだ。そのくらいの金ならある。それより、言うことをきかせることが重要だ。そう思ってとった行動だが、完全に裏目に出る。


「おかしいだろ」「なんだそりゃ」「今まで我慢していたけど限界だな」「まずはお前が謝るのが先だろ」「そもそも、お前らのせいだろ」


 不満の言葉は徐々に強くなっていく。信頼関係が失われた状態で、圧迫しても効果が薄い。ましてや、アズと同じようにいつ首にされるかもしれない。という不安がギルドメンバーにはある。アズがいるうちは何とかなるし、先に首にされるのはアズに違いないという安心感はとっくに失われている。どうせ首にされるのならば、こっちから先に辞めてやる。という勢いに心を支配されている。


「どいつもこいつも聞いていれば好き放題言いやがって。そんなんで、ちゃんとした仕事が出来るのか。だから、品質が悪くなって商会に文句を言われんだ」


 ホーテーの言葉には勢いが無くなっている。今まではアズを叱りつけることで、他の人間をコントロールすることが出来た。だが、この場にアズはいない。そのせいで逆にギルドメンバーは動揺している。ホーテーの言葉を受け入れようとはしない。


「まずは、ホーテーがやれよ」「そうだ。お前がまず見本を見せてみろ」「一番適当な仕事をしていたのはホーテーじゃないか」「魔鉱石の採集だって適当だし充填チャージがいい加減なのもお前らだろ」


 言いたい放題に言われてホーテーは再び机を蹴飛ばす。


「文句がある奴は出て行け。そんな奴はギルドに要らん。やる気のある奴だけ残れば良い!」


 ここまで言えば、文句を言っていたギルドメンバーも引くしか無い。不満が残ろうとも他に行く場所なんかないだろう。そうホーテーは勝手に考えていたが、ギルドメンバーの行動は違った。


「じゃあな」「今まで世話になった」「ギルドマスター代行に言われるならまだしも、お前に言われる筋合いはねーわ」「今日までの分の給料は払えよな」「もう少し、言い方ってのがあるだろ」


 集まっていたギルドメンバーは勝手に帰り支度を始める。もう、このギルドはもたない。みんな見切りをつけていたのだ。ホーテーはギルドメンバーが立ち去ろうとするのを止めようとするものの何と声をかければ良いかがわからない。ただ、嵐が過ぎ去るのを待つかのように呆然と立っていると、いつの間にかギルドの中は閑散とした状態になっていた。


「あいつら、本当に馬鹿ですねぇ。ここを辞めてどうする気なんですかね」

「そうですよ。ホーテーさん。すぐさま新しい人を募集して雇いましょうよ」


 残ったのはホーテーの取り巻き二人だけ。おべっかを使ってくるが、この二人の生産性は皆無。寧ろ、単純に消費するだけ。能力ややる気で言えばホーテーの方が何倍もマシ。それでも、残った二人を使うしか無い。


「仕方がない。俺たちだけでやるぞ」


 ホーテーは二人に声をかけて仕事を始めようとするが、二人は動かない。


「どうした。仕事をするぞ」

「待ってください。ホーテーさん。俺たちはみんなの管理をするのが仕事ですから」

「そうですよホーテーさん。俺はサボっている人がいないかを監視するのが仕事です。まず、作業者を雇っていただけないことには仕事ができません」


 ホーテーは何かの冗談かと思いきや、二人とも真剣な表情で答えている。確かに、この二人が仕事をせず、アズに付きまとっているのだけは知っていたが、全く何もする気がないとまでは想定していなかった。


「いいからやるぞお前ら」

「ホーテーさん。俺ら、できませんよ。やったことありませんからこの仕事」

「そうですよホーテーさん」


 ホーテーは思わず二人を殴りたくなる衝動に駆られる。だが、すんでのところで我慢する。


「やるのかやらないのか。どっちなんだお前ら。やらないなら帰れ」

「ちょっと待って下さい。俺ら、ちゃんと仕事をしますよ。俺らの仕事ができるようになれば」

「そうですよ。俺らは管理者ですから」

五月蝿えうるせぇお前ら。何もする気がないならお前らも首だ!」


 ホーテーが二人に向かって怒鳴りつけると、二人とも薄ら笑いを浮かべる。


「何で今までずっとホーテーさんに尽くしてきた俺らが首なんですか」

「そうですよ。みんなが勝手に辞めた後も残ってるじゃありませんか。そんな忠誠心のある俺らを首にするなんて間違ってますよ」

「いい加減にしろよ。お前らこの役立たずどもが!」


 ホーテーが怒れば怒るほど、二人とも表情が消えていく。


「本気ですか? 俺らを首って」

「ああ、お前らがギルドにいても何の役にも立たないだろうが」


 ホーテーが言うと、二人はお互いに顔を見合わせる。


「まあ、予想はしていましたよこうなると」

「俺らが役立たずなら、ホーテーさんあんたはなんですかねぇ。生かさず殺さずのアズを殺したのはあんたじゃないですか。一番の馬鹿はあんたですよ」

「そうそう。一番真面目に大量に正確に働いていたアズを切ったホーテーさんあんたが一番の無能ですよ。そうそう。アズは商会のフレディと繋がってますよ。ああ、そんなことも知らないんですよねホーテーさんは。貴族様ですからね」


 ホーテーは二人を捕まえようとするが、二人が逃げ出す方が早い。他のギルドメンバーのように荷物をまとめたりはしない。脱兎のようにそのままギルドから出ていく。それまでのやる気の無さが嘘のような素早さに、ホーテーは呆れながら自分の座席まで移動して椅子に座る。


 誰もいなくなった部屋でホーテーは頭を抱える。どうしてこんな事になったのだろうか。今までやってきたことが間違っていたのだろうか。アズを首にしなければ良かった。頑張っていたのは分かっていたはずなのに、反論しないことを良いことにやりすぎた。何故、自分はもう少しアズに歩み寄ってやることが出来なかったのか。優しくすることが出来なかったのか。奥歯を噛み締めながら誰もいない部屋でいつまでも考え続けていた。

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