第11話 ギルド編

 フレディの店で打ち合わせをした翌朝、ホーテーはギルドマスター代行の部屋に呼び出された。憂鬱な気持ちでホーテーが部屋に入ると、ギルドマスター代行は木製の机の上に座りながら書類を読んでいた。


「どう思われます? ホーテーさん」


 書類を机の上に置くと、ギルドマスター代行はわざとらしく質問をする。


「何についてでしょうか?」

「昨日のことについてもしかしてもうお忘れ?」


 ホーテーは、忘れるわけ無いだろ。と喉からでかかった言葉を抑える。その代わりになんと答えるべきかが思いつかず不動の姿勢でホーテーは立ち続ける。


「あら、本当に忘れてしまったのかしら。不良品ばかり作っているって話」

「いえ、忘れてはいません」

「私、強がりを言いましたが、本当に恥ずかしかったのよ。あんな若造に偉そうに言われて。所詮、賢者様の弟子の子供よ。賢者様が配慮してくださったからこそ店を持てているというのに、その賢者様の冒険者ギルドをないがしろにするような発言。勘違いも甚だしいと思わなくて」

「ええ、そのとおりでございます」


 ホーテーがギルドマスター代行に同調をすると、彼女はフンと鼻を鳴らす。


「でもね。彼の言い分も聞かなければと思いますの。もし、彼の言葉に正当性があるのならば、私たちの方が賢者様に恥をかかせてしまうことになると……思いますよね」


 ギルドマスターの口調は柔らかそうに聞こえたが、最後だけは低く強い口調で放たれている。肯定すべきか否定すべきか、かなり威圧的なギルドマスター代行の言葉にホーテーはなんと答えるべきか思いつかない。


「どうしてこんなことになったんでしょうか? ホーテーさん」

「どうしてでしょうか……」

「もしかして、わからないのですか? 本当に? 私のことをからかわれています?」

「い、いえ、そんなことはありません」


 ホーテーはシドロモドロに答える。ホーテーは家を出る際に財産分与はされている。暫く暮らす分には問題ないほどの金はある。だが、遊んで暮らしていく訳にはいかない。立場があるのだ。公爵家の息子としての。今でこそ冒険者ギルド、勇者パーティーのリーダーとして世間には最低限の面子を保てているものの、無職で遊んでいるとでもなれば、呼び戻されること必定。そうなれば下手をすれば軟禁。最悪はどこぞの辺境に送り込まされかねない。


「じゃ、あ、ど、う、し、て、な、の?」


 子供に言い聞かせるようなギルドマスター代行の言い方。鼻につかないと言えば嘘になる。けれども、ホーテーにそんな余裕はない。必死に言い訳を考えて言葉を紡ぎ出す。


「あ、アズ、あの野郎が勝手にギルドを辞めて出ていったからです。全てはアイツが元凶なんです」


 言い切るとホーテーはスッキリとした気持ちになる。そうだ。難しく考える必要などなかったのだ。全てはアズが悪い。そういうことにすれば丸く収まる。言い訳をする本人はいない。いたとしても、ホーテーは自分の言葉のほうが信用されるに違いない。そう考えると、喉につかえていた骨が綺麗さっぱり取れたような気分になる。


「そう。アズが辞めたの。それなら仕方がないわね。辞めたのなら」

「そうですよ。ギルドマスター代行。アイツほど責任感のない奴。見たことありません。自分のなすべき仕事をほっぽり出していなくなってしまったんですから。今頃、どこぞで野垂れ死んでるかもしれませんが、それこそ自業自得っていうものです」


 ホーテーが言うと、ギルドマスター代行は机をドンと叩く。


「他の方の報告と違うようですが。ホーテーさん、何か言うことがありませんか?」

「い、いえ、特に……」


 ホーテーがどもりながら答えると、ギルドマスター代行は、深く溜息をつく。


「ホーテーさん。正直におっしゃっていただけませんか? アズはどうしていなくなったのですか?」

「…………」


 ホーテーはすぐには答えることが出来ない。何が起きたかはホーテーが一番良く知っている。けれども、納得がいかない。ギルドマスター代行だって、アズの扱いは酷いものだった。それなのに、自分の行動だけ何故批判されなければならないのか。


「起きてしまったことは仕方がありません。ですが、正しい報告を聞かせていただきたいのです」


 ギルドマスター代行の言葉に、ホーテーは項垂れる。今更どうつくろっても意味がない。そう考えて、アズを首にしたことを報告する。


「そうですか。ホーテーさんがアズを首に……。どうやって?」

「い、いえ、ギルドマスター代行を引き継ぐとのお話を伺っていたものですから……」

「それは、レージーラと結婚した後の話じゃありませんか。それなのに早とちりとでも言うべきものでしょうか」

「おかしいです。確かに代行としての権限を……」

「ホーテーさん。自分が正しくないことをした場合、どうするべきか。教わってきませんでしたか?」


 ギルドマスター代行は自分に都合が悪いことは無かったことにしようとしている。確かに、明確な権限譲渡の書類はない。けれども、口頭ではそう受け取れる発言をしたはずだ。何度も言い返したくなる衝動に駆られる。それでも、言い返すことは無駄だと悟っていた。


「も、申し訳……ございませんでした」


 ホーテーは言葉を捻り出すようにして謝罪する。拳を握りしめながら、自分でも理解できない悔しさでいっぱいになる。どうして、公爵家の自分が、レムネアなどという格下である侯爵家のしかも妻ごときに頭を下げなければならないのか。と怒りで狂いそうになる。それでも、この場はこうするしか無かった。もし、ギルドを追い出されたならば、父親や兄たちからどれほど軽蔑され酷い扱いを受けるか。想像もしたくなかった。


「ホーテーさん。心からの謝罪。胸を打たれました。誰しもミスや感情的になることはあるものです。過去の失敗は確かに良くないことだったでしょう。ですが、重要なのは未来です。今後、どうしていくかです。そう思いませんか?」

「はい。そうです。大事なのはこれからのことです」

「では、やるべきことは分かっていますね」


 ギルドマスター代行に言われてホーテーはすぐに返答はできない。やるべきことなど今までの仕事しかないのでは。と言いたくなる。


「昨晩、ホーテーさんもいらしたではありませんか。今後は充填チャージは商会でやると。そうなると、私たちの人員は余剰であると言えます。なにせ、魔鉱石分の金額しか出ないのですから」

「いえ、その分、採集すれば良いんじゃないですか?」

「そんなわけにはいきません。魔鉱石が沢山あったとしてもチャージをするのに限界があります。それに、魔鉱石を採集し続けたら保管するための場所が必要になりますし、それ以前に自然暴発の危険性が出てきますから無理です」

「しかし、チャージをするための人は商会で雇ってくれるんですよね確か。そうであれば、ギルドからそっちに行ってもらえばいいだけの話ですよね」

「全員は無理よ。それに、向こうから欲しい人のリストが送られてきているわ。ホント、呆れる話よね。いい加減にしなさいよあの若造」


 ギルドマスター代行は怒ったように言っている。だが、その怒りの先は本当に商会に対してなのか。それとも……。ホーテーはギルドマスター代行から商会の希望のリストを受け取る。眺めてみると書かれている人数は思ったより少ない。それに、ギルドの重要な人物しか書かれていない。この人物を商会に取られてしまってはギルドが機能しなくなる。


「お願いしますね。ホーテーさん」


 ギルドマスター代行の完全に人任せな態度に、ホーテーは今のところ黙って頷くことしか出来なかった。

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