第10話 ギルド編
アズがギルドから去ってから一週間後の夜、魔法店の営業時間終了後、フレディとギルドマスター代行は店の奥にある丸テーブルの向かい席で座っていた。ギルドマスター代行の背後にはホーテーが両手を後ろに回し、ボディーガードのように立っている。テーブルの上には一つの箱と鉄瓶が置かれており、二人の目の前に用意された紅茶はリンゴのような匂いを発している。
「済みません。お伝えしています通り、買い取ることができません」
フレディが残念そうな表情でギルドマスター代行に言った。
「どうしてですかッ! いつもと同じものを納入しているじゃありませんか? 何故買い取れないなどと?」
ギルドマスター代行が金切り声を出すのを聞いて、ホーテーは耳を塞ぎたくなった。もう何もかもを放り出してこの場からいなくなりたかった。だが、立場というものがある。ここで立ち去れば職務放棄だ。
「いえね、粗悪品を収められましても困ります。今回の品は弊会と致しまして購入ができるものではありません」
「何が粗悪品ですかッ!! ちゃんとあるじゃありませんか」
ギルドマスター代行が大声を出すと、フレディは耳を抑えた。
「済みません。聞こえていますから。もう少し落ち着いて話を……」
「落ち着ける訳ありません。契約を守っていただけないのはそちらじゃありませんかッ!」
「いやいや、契約は守りますよ。貴ギルドが契約通りの品を持ってきていただけましたら」
「持ってきていますッ!!」
ギルドマスター代行が叫ぶように言うと、フレディは溜息をつきながら首を振った。
「レムネアさん、数だけあればというわけにはいかないのですよ。品質が満たされていませんので」
「どういうことですか。
「いやいや、そうではございません。火が点けば良いってわけではありません。ちゃんと
「わかりません。何が違うというのですかッ!」
ギルドマスター代行のキンキンした声にフレディは顔をしかめながら、テーブルの上に置かれた納品されてきた箱の中からマッチを一本取り出す。
「では見ていてください」
フレディは机上に置かれた鉄瓶にマッチを擦りつけて火をつける。
「ちゃんと点くじゃない」
ギルドマスター代行が自信ありげに言ったのをフレディは聞き流す。何事もなかったかのように鉄瓶の蓋を開けてマッチを放り込む。すると、ジュッっという音を立てマッチの火は一瞬で消えてしまう。
「何をしてるのよ」
「確認したのです。仕様を」
「火が点いたから十分じゃない」
「いえ、そうではありません。水に入れて十秒間は燃え続けることが仕様です。今まで納品いただいていたマッチでは平均十五秒。最大、三十秒も燃え続けるものがありました。なので、今、納入いただいている代物ではお客様から大量にクレームが入ります」
「何言ってるのよ。マッチなんて火が点けばいいじゃない」
「いえ、違います。火をつけるなら火打ち石でも使った方が安価です。安定して火を点けられることは最低限のことで、我々のお客様はマッチにお湯を沸かしたりする性能を要求されています。十分な性能を持ったマッチは瞬時にお湯を作り出せる貴重な
フレディの説明にギルドマスター代行は腕を組む。目を閉じてうーん。と唸ってから、何かを思いついたかのように突如、目を大きく見開く。
「仕様を変えればいいじゃない」
「いやいや、ありえませんよ。それに、今のはまだ良い方のマッチで、三割程度は火が真っ当に点きません」
「じゃあ、駄目な分を想定して多めに売ったら?」
「勘弁してくださいよ。レムネアさん。そのような製品は買い取れませんって」
「どうしても駄目っていうの?」
「無理ですよ。我々も商売なのですから」
フレディが言うと、ギルドマスター代行の目が突如細くなる。威圧するかのようにフレディのことを睨みつける。
「あなた、私の背後にいらっしゃる当ギルドに所属されていますドンチーさんのこと、ご存知かしら? ドンチーさんはご存知の通りの高貴なお家柄のお方。その方の納品物を受け取り拒否するなんてこのお店はどのような経営方針をされているのかしら」
「それは脅迫ですか?」
「脅迫だなんて人聞きが悪い。私はあくまでも事実を述べているだけで、脅すようなことは一言も申しておりませんわ」
ギルドマスター代行は目を細めたままで頬を僅かばかり釣り上げる。人によっては、美しく見えるかもしれないが、それより厭らしさの方が強く感じられる。フレディが固まったまま反応がないのを見て、ギルドマスター代行は勝利を確信したように小さく頷く。
「じゃあ、ご理解いただけたということで」
「いえ、待ってください」
立ち去ろうとギルドマスター代行が立ち上がろうとしたところ、フレディに静止させられる。これ以上、何を議論する必要があるの。と言わんばかりの不満げな表情でフレディは再び睨みつけられる。が、フレディはどこ吹く風と言わんばかりの表情で話し始める。
「弊会の主な納品先は貴族になります」
「それはそうですわね。こんな高いものを平民が買えるわけ無いですもの」
「勿論、ドンチー公爵家には大変お世話になっています。その公爵家にこのような製品を納品しましては我々がお叱りを受けるだけならまだしも、当然、貴ギルドの方にも話がいくと思うのですよ。その場合に、どのような話になるか……」
「それは、どのような意味でして?」
「いえ、ホーテーさんがドンチー家の方とは存じておりますが、このような製品を納品された場合、ホーテーさんの立場がどのように扱われますか……。元々、弊会が貴ギルドの製品を扱わせていただきますのは、このような事態を想定されているものですから。勿論、弊会は貴ギルドの製品だけではなく、手広くやらせていただいておりますけれど」
「あなた、ホーテーさんがいらっしゃるのですから、ドンチー家のことは問題などあるはずありませんッ! そうですよねホーテーさん」
ギルドマスター代行が振り返りホーテーのことを見ると、ホーテーは眉をしかめる。
「商会殿からの提案はありませんか?」
「ホーテーさんッ」
「ギルドマスター代行。自分はドンチー家から分家している身です。本家に迷惑をかけることは許されません」
「それって、どういうことよ」
ギルドマスター代行が振り上げた右手で思いっきりテーブルを叩くと、納品された箱はテーブルの上から転がり落ちる。
「落ち着いてくださいレムネアさん。これからどうするかが重要です」
「どうしたいのよあなたは」
ギルドマスター代行は体を思いっきり椅子に預ける。気品など全くない仰け反った状態でフレディのことを睨んだままだ。
「今までのお付き合いもありますので、今回の製品は格安でよろしければ購入させていただきます」
「好きにしなさいよ」
「それと、今後のことですが、同じレベルでは流石に取り扱いが難しいです。これならば輸入した方がまだメリットが出ます」
「それで?」
「魔鉱石の採集は貴ギルドの専有事項になります。そのため、弊会が全ての作業を行うことは規則上出来ません。ですが、全てでなければ可能なこともあります」
「うざったらしいわねあんた。はっきり言ったら良いじゃない。私がその提案に乗るしか無いってことは分かっているのですから」
「では、率直に申し上げましょう」
フレディは落ち着いた状態で提案を始めた。それは簡単でわかりやすい提案であったが、深い意味を持つ提案だった。
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