第9話
朝、日が昇る前に目が覚めた。もう一眠りしたい気分ではあるが、頭は動き出している。肌寒さに負けそうになるが起き上がり立ち上がる。毛布をリュックに詰め込んでから、ウドンと
シュッという音ともにマッチに火が点いたのを見て、かまどの下に素早く放り込む。昨晩の燃え残りの木がパチパチと言いながら小さい炎を吐き出すと、少しだけ暖かくなったようなきがする。夜露のついた草木の中から、クックルウウという鳥の声が聞こえてきてそろそろ夜明けだな。と思った瞬間に周囲が少しずつ明るくなってくる。
お腹がグルルと鳴り始める頃には朝焼けの太陽が少しずつ地表から離れ始める。少し前に点けた火の勢いも強くなってきたので、ウドンを放り込んで長い箸で軽くかき混ぜる。もう、このまま一人で食べてしまおうか。って誘惑に負けそうになるが、声くらいかけないのも可哀想かと考えてレージーラを起こそうとする。
「美味しそうね」
背後から声をかけられて、俺は体をビクッと反応させる。
「起きていたのか」
「うん。ちょっと散歩に行っていてね」
「散歩? こんな場所で? 何しに?」
「そんなこと良いから、食べようよ。私、お腹が空いちゃった」
レージーラはお椀を要求してくるから渡すと、箸とお玉でウドンをよそって俺に渡してくれる。ひと仕事を終えていた俺はとてつもなくお腹が空いていたから受け取った瞬間に食べたくなるが、レージーラが準備を終えるまで少し待つ。
「先に食べていてくれていいのに」
「どうせなら、一緒がいいかなと思って、じゃあ」
「「いただきます」」
まずは、汁を少しだけ飲む。冷え切っていた体がほんわりと温まっていく感覚と薄いけど汁の味が五臓六腑に広がり幸せな気持ちになっていく。昨日の残りの野菜やきのこ類を口に放り込むと、全ての嫌なことが吹き飛びそうになる。
「この、うひょん、美味しいね」
レージーラがいつの間にか食べ終わっている。そして、おかわりを勝手によそい始めている。
「ちょ、何か早くないか?」
「お祖父ちゃんが言ってたけど、冒険での食事は早いものがちじゃ。だって」
「いやいや、何そのルール。それ、本当に賢者の言葉?」
「本当の賢者の言葉」
ヤバい。レージーラ、細身に見えて意外に胸のボリュームがある。背だって俺よりは低いけど小さいってわけじゃない。つまり、こいつは、予想以上に食べるはず。
本来はゆっくりと日の出を見ながら、旅に出ての初めての朝の中、全てを噛みしめるように食べようとしていたウドンではあるが、このままレージーラに完食される訳にはいかない。俺も負けじとウドンを口の中に放り込む。
噛みしめると広がっていくコシのある味。ありがとう小麦粉。こんなに美味しい食べ物に化けてくれて。それに、昨日入れた芋。もう跡形も無くなっているけど、汁に深い味わいを与えてくれている素晴らしい。
「アズ、食べないの?」
「食べるって!」
「慌てないでいいよ。アズの分もあるから」
お椀をレージーラに渡しながら、おいおい。これ、本当は俺だけの分なんだぞ。と言いたくなるが、ちょっとせこいような気がして我慢する。
「どっちにしろ、二杯分しか無かったからね」
俺はお椀いっぱいの中身を見て、嬉しくなって泣きそうになる。何で、自分の食事で泣かなきゃいけないんだ。とか必死に涙を堪えながら、ウドンと野菜を食べ終える。お腹がいっぱいになるほどじゃないけど、今日一日動けるほどのエネルギは確保した。あまり食べ過ぎると、逆に動けなくなるからこの程度の分量が丁度いい。
近くの水路で鍋とお椀を洗い一晩の宿を片付ける。
「そろそろ、出発しないと騎士団が追ってくるよ」
レージーラに言われなくてもわかっている。こんな場所で連れ帰られることになったら、子供の家出と変わらない。
「大丈夫。今からならこっちが砂漠に着く方が早い。けど、本当に良いのか? 折角の貴族学園を無断欠席、つか、退学することになるんだろ」
「楽しくなかった。って言ったら嘘になっちゃうけど、別に行かなきゃいけないってわけでもないからね。それより、連れ戻されてホーテーと結婚させられる方が死ぬほど最悪」
随分と嫌われたものだなホーテー。少しだけ同情しそうになるが、ホーテーだからしょうがないか。って気にもなってくる。今頃、もしかしたらクシャミをしているかもな。とかくだらないことを考えながら歩き始める。
「半日ほどで砂漠に着くはず。もし、着いてこれなかったら置いていくからな」
「大丈夫。それでいいわ」
俺たちは歩く速度こそゆっくりであったものの、ずっと休みも取らずに歩き続け、日が頭上に輝く頃に漸く砂漠の入り口に到着した。と言っても砂漠の入り口という明確な地形的な特徴があるわけではない。街道のはずがいつの間にか途中から岩石だらけの草木が少ない地形になっているだけで、不注意な旅人であれば道を迷って来てしまうような場所だ。
だが、その先は一面の砂地が広がっている。どんなに迂闊な旅人であってもそこには入らずに引き返すことが出来るほどの砂地だ。
俺たちはそこを突破しようとしている。と考えると少しだけ躊躇いの気持ちが出てくる。一度入れば突破するのに一週間はかかる。水も食料もレージーラの分も含めて足りる計算ではあるが、それは順調に進んだ場合のこと。もし、迷ったり、魔物に襲われて怪我をしたりしたら一巻の終わりだ。
「凄いね砂漠。本当に砂だけなんだ」
「そうだな。話に聞いていたとおりだな」
「こんなに近いところにあるのに見るのは初めて。こんなに綺麗ならもっと早くに見に来ればよかった」
「まあ、今でも魔獣が棲んでいるからな。時々、不用意に近づいて死ぬ人間がいる程度には危険らしい」
「危ないなら止める?」
「まさか。怖いなら戻ってもいいぞレージーラ」
「まさか」
レージーラが余裕な表情を見せるので、俺は砂地に向かって歩き出す。
砂に足を踏み込むとそのまま膝辺りまでズブズブと埋まってしまうのか。と思いきや、砂地になっているのは表面だけで靴が少し沈み込む程度で歩くことは問題ない。見た目より踏破は楽そうかもしれないと考えていると、背後から地面を揺らすような音が聞こえてくる。
「来たみたいね」
「このまま進むぞ」
俺とレージーラは振り返らずに進み続けていると、馬のいななきが聞こえた。多分、馬が砂地に入るのを嫌がったのだろう。もしくは、乗り手が止めたのか。
「そこの二人、止まれ。我々は王国騎士団だ」
無視をして歩き続けることも出来る。けど、その選択肢は最後で良い。俺が立ち止まるとレージーラも立ち止まり振り返る。そこには馬に乗った騎士が十騎ほどいる。その先頭の騎士が前に出て俺たちに向かって声をかけてくる。
「アズ=ラ・イールとレージーラ=レムネアだな」
「そうだが、騎士団殿がどうされたのか?」
「アズ=ラ・イール、レムネア嬢を誘拐した罪で逮捕する。だが、今、こっちに戻ってくるのであれば、罪を減じることを約束しよう」
「待て、俺は誘拐などしていない。レージーラは自分の意志でここにいる」
「そうです。騎士団殿。私はここにいるイール殿に
俺とレージーラが訴える。だが、王国騎士団は聞く耳を持とうとはしない。
「言い訳は都市に戻ってから聞こう。だから、そこから戻られよ。貴殿らも罪を問われたくはないだろう」
騎士団の言葉は明らかにおかしい。もし、本当にレージーラを誘拐したと思っているなら、今のレージーラの言葉で間違いと悟るはずだし、それ以前にフレディのところに騎士団が向かったのは何故だ? その時は、レージーラは当然俺と一緒にいなかったはず。
だが、そのことを理解していながらも騎士団の下に行く。という選択肢もある。俺は何もしていないのだから大きな罪にはならないはず。それに騎士団は罪があったとしても減じるといった。その言葉を信じることも出来るはず。
それに対して無視をするという選択肢もある。その場合、追いかけられてきて逮捕されれば罪は重くなるだろう。それに運良く逃げ延びることができたとしてももう二度と都市には戻れなくなる。
俺はどちらかの選択肢を今すぐ選ばなくてはいけない状態になっていた。
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