第8話

「とりあえず、飯でも食べるか?」


 俺が言うとレージーラは頭を抱えた。


「あのさ、アズ。状況を理解している? 今すぐにでも騎士団が来て捕まえられちゃうかもしれないの。それなのに、のんびりと夕食の準備なんかしていられて?」

「来るの?」

「多分、明日の朝には出発するはず」

「なら、今日はゆっくりできるな」

「何言ってるの? 馬鹿なの? 向こうは馬で来るのよ。すぐに追いつかれるに決まってる」

「じゃあ、帰る? 俺は今から夕食の準備をするけど」

「食べるわよ。食べるに決まってるじゃない」


 ったく。レージーラはいつもこれだ。俺は用意周到に計画して食料を準備したのに、勝手にやってきて勝手に俺の食料を食い荒らそうとしている。この夕食で満足して都市に帰ってくれれば良いんだけど。


 俺は小一時間かけて準備を終え、具材を鍋に入れて温め始める。


「ちょっとアズ。これってギルドからパクってきたの?」


 俺が使っている火小杖マッチ水浄化杖クリアウォーターに対してレージーラが文句を言う。が、筋違いだ。


「使い物にならないレベルの代物。廃棄して処分費用がかかるものを貰ってきて俺の魔力を充填チャージしたものだ。当然、売り物よりレベルは落ちる」

「えっ? 魔鉱石を使わなくてもチャージって出来るの?」

「当たり前だろ。つか、お前の親父さんはそこら辺の専門家スペシャリストじゃないのか?」

「別にパパの仕事の話なんか聞かないから知らないわよ」


 レージーラは文句を言いながら使い終わった杖を確認している。自らの魔力を流してみたりして反応を見ているようだ。


「使い終わったやつは危ないから触らない方が良いぞ」

「ば、バカにしないでよ。どの程度魔力を流したら爆発するかくらい考えてやってるわよ」


 と言い終える前に杖がパチパチと小さい音を立てて先端を燃やす。


「ま、わ、分かってやってるんだからね。これ」

「ああ、思ったよりちゃんと魔力を制御できている」

「当たり前じゃない」


 レージーラが顔を背けた。地表を照らしている月明かりが、鍋を温めている炎と調和してレージーラの横顔を浮き彫りにしている。


「そろそろ食べられるぞ」


 香ばしい匂いが鍋から漂ってくる。塩で味付けをしてイモ類やキノコや野菜が入っている。豪華な料理って訳では無いが、お腹が空いている今なら至福の満足を得られるに違いない。キノコや野菜は長持ちしないから今日だけの分しか持ってきていない。一人で旅立ちを祝うつもりの料理だったのだ。


「作ってくれたお礼によそってあげるよ」


 レージーラは木製のお椀を受け取ると俺の分と自分の分を取り分ける。レージーラの方が量が多く見えるのは気のせいだろうか。ちょっと気にならなくもなかったが、俺は渡されたお椀を黙って受け取る。


「汁は残しておいてな」

「どうして?」

「明日の朝ご飯にこれの残りでウドンを作るからさ」

「やっぱり、帰らないんだ」

「そりゃそうだろ。騎士団だって暇じゃないだろ。俺を追いかけてくる理由なんかないだろうし、砂漠には入ってこないだろ。馬が怯えるだろうし」

「来るのは来るはず。パパが言ってたから」

「理由は何なの? まさか、ホーテーに恥をかかせたから? いくら公爵家の血筋と言っても本人は確か子爵家扱いかなんかじゃなかったか? そんなんで騎士団を動かせるとはとてもじゃないが……」

「違うって! 理由はわからないけど、来るんだって!」


 レージーラは突如、強い口調で言ってくる。が、何をそんなに怒っているのかさっぱり理解ができない。


「もしかして、味付け今一だった?」

「美味しいわよ!」


 レージーラは俺が汁を残しておけって言ったのを忘れたかのように鍋の中身をおかわりしている。


「ちょ、ちょ、食べ過ぎだって」

「仕方がないじゃない。アズが私の言う事をちっとも聞いてくれないから」


 パクパクと勢いよく食べているレージーラだが、アチチと言いながら動きを止める。


「巻き込んだら悪いから、食べたら帰りなよ」

「はぁ?」

「よく分からないけど、騎士団が来るんだろ? 俺は誤解だと信じているけど、本当に面倒くさい厄介事があるなら、一緒にいるお前まで巻き込むことになる。それは最悪じゃないか?」

「だったら、一緒に帰ろうよ。今なら家で寝てました。で誤魔化せるよ」


 本当に俺が何らかの理由で騎士団が追われているならば、レージーラを巻き込むのは良くない。そう思うのと同時に、明日の朝に出発すると言ってる騎士団の悠長さに真剣度が感じられないのも事実。逆に俺に逃げろと言っているかのようにも見えてくる。


「俺、母親がいるらしいんだ」


 ボソッと呟くように言うと、レージーラは俺のことをジッと見る。


「そりゃ、母親がいないと子供は生まれないんじゃない?」

「いや、そうじゃなくって、子供の頃いなくなった母親の身元みたいなのがわかったというか」

「アズのママ?」

「そう」

「そっか。だから、ローディス王国に行くんだ」

「どうしてそれを?」

「ヒルデに聞いた」


 俺はレージーラの言葉に溜息をつく。フレディには言っておかないとと思ったのが仇になったのか。レージーラから騎士団に話が行ったに違いない。


「ま、そういうわけで、俺は母親に会うためにローディス王国に行かないといけない。だから、都市に戻るわけにも騎士団に捕まるわけにもいかない。レージーラは一人で帰ってくれ」

「わかった。私もローディス王国に行くことにする」

「はぁ? 何言ってるの? 自分で言っている意味分かってる?」


 俺が言い返すと、レージーラは息がかかるくらい顔を近づけてきて睨みつけてくる。


「じゃあ、アズは私がこのままホーテーと結婚させられても構わないと思ってるの?」

「いや、別に本人たちが望むのなら俺の出番は無いわけだけど」

「私が、ホーテーと結婚したいと思っていると思うわけ!」

「いや、ま、それは、無いとは思うけど、人の趣味はそれぞれだから、ホーテーのことが良いっていう人もいるのかもしれない」

「いるかもしれないけど、私は違うの!」


 まあ、そりゃそうだよな。ホーテーの価値は血筋くらいしか無い。後は、頭も腕っぷしも凡庸だし性格悪いし褒めれるところは俺には思い浮かばない。


「でも、俺は砂漠を越える予定なんだぜ。旅の準備も何もしてないレージーラには無理だろ」

「準備してきたに決まってるじゃない。もしかしたら、アズが帰らないって言うと思って」

「いや、旅の準備をしてきたって言っても……、多分、過酷だぞ。もしかしたら、死ぬかもしれないんだぞ」

「ホーテーと結婚させられるくらいなら死んだ方がマシ!」


 そこまで言われてはどうすることもできない。俺は草の生えていない場所に敷物を敷いて寝床の準備をする。


「何しているの?」

「寝る準備。明日の朝は早いからな。起きなかったら置いてくぞ」

「ここで寝るのかぁ」


 流石にレージーラも年頃の女性。野外で野宿するのは不安があるに違いない。それに、横に俺がいるわけだから、落ち着けないのかもしれない。そう考えながら、彼女のことを見ていると、


「すごーい。星が綺麗に見えるね。そう思わない? アズ」


 前言撤回。レージーラは何も考えていないようだった。


「火は消えるまでそのままにしておくよ。夜風は寒いからね」

「一つお願い!」


 俺がリュックから毛布を出して寝ようとすると、レージーラが近づいてくる。


「毛布は持ってきたけど、敷物がないの」

「それで?」

「詰めて!」


 何で? 座って寝れば? そう俺が言う前に、レージーラは俺の横に同じように寝転がる。


「何か、子供の頃を思い出すね」


 言われたけど記憶にない。もしかしたら、そんなこともあったのかもしれないけど、遠い過去のことだ。


「あのさ、俺が都市に帰ったとして、婚約破棄されてたしギルドも首になってたし、レージーラがホーテーと結婚するのは変わらなかったんじゃないか?」

「そんなことないって。お爺さんにこの婚約破棄を無かったことにしてもらえるし、それに別の方法も考えたし」

「別の方法?」

「聞きたい?」

「いや、もう寝よう」


 俺はレージーラの悪巧みを聞かされたくないと思って、口を閉ざした。明日はきっと長い日になる。ゆっくりと体を休める必要がある。


 大きく息を吸い込むとほんのりと春の草の匂いがした。少し離れた場所にある水路を流れるサラサラとした水の音が続いている。それらに少しずつ心地良い睡眠へといざなわれていく。もう、完全に意識を失うに違いない。朦朧とした状態の俺は、ゲコとカエルが鳴いた声を聞いた気がした。




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