第7話
すぐに終わると思っていた出立の書類が役所から出されるのは予想以上に時間がかかった。役所から出てみたらかなり太陽は低くなっている。まだ夕方って時間じゃないけど、明日からのことを考えてゆっくりと休むことにしよう。
そう考えてフレディの魔法店に向かう。別れの挨拶を済ませておきたかったのだ。別に今生の別れ、のつもりではないが、旅に危険はつきもの。そうなる可能性だってある。それに、俺がいなくなったことで納品される
「あ、アズ、こんな時間にどうしたの?」
店に入って迎えてくれたのはフレディではなくヒルデの方だった。
「ちょっと、話があってね」
「奥にいるので呼んできますね」
「いや、込み入った話なんで入らせてもらっていいかな」
俺は店の奥、客間に上がらせてもらいフレディに挨拶をすると、フレディは疲労困憊の表情で嘆息する。
「どうしたんだよ。疲れてるんか?」
「いや、面倒なやつが来てね。その相手がね」
「すまん。ホーテーの奴、もうこっちに来たのか?」
「ホーテー? 何だ? 昨日の件でギルドで揉め事でも起こしたのか?」
俺が帰ってからのことと今朝の件を話をするとフレディは頬を膨らませる。
「アズ、お前、自分だけで旅に出るってのか! 何で俺も誘わねーんだよ」
「いやいや、フレディには店があるじゃん。親父殿はいいとしてヒルデがいるじゃん」
「だよなー。分かってるんだけどな。いいよなアズは」
「そんなんじゃねーよ。俺は住む場所を奪われて仕方がなく、だからな。無事にローディス王国に辿り着けるかも分からないし」
「船でのんびりと一週間の旅だろ。いいじゃないか」
「んなわけあるか。金はないしあったとしてもいつ乗れるかわからないから陸路だ」
「マジか? ヤベえだろ砂漠。それとも海まで行って海岸沿いをひたすら進むのか?」
「いや、砂漠を突破する。その算段は一応できている」
「そっか。本気なんだな。ならそれ以上は言わない。絶対に死ぬなよ」
「ああ」
フレディの伸ばしてきた右拳に俺の拳を重ねる。男同士見つめ合ってもしょうもない。って気もするが、こんな友人がいてくれるのは悪くない。別れの挨拶を告げて立ち上がろうとした瞬間に、フレディは待ったをかける。
「そうだ。今日来ていたのは騎士団。そいつらは、お前のことを探していたんだ」
「騎士団が? 何で?」
「そこまでは俺も知らない。聞けるような雰囲気じゃなかったしな。お前、本当に何かやらかしたわけじゃないんだよな。ホーテーを刺し殺したとか」
「んなことするかよ。ぶっ飛ばそうかと思ったことは何度もあるけどな。殺す気なんか全く無いよ。あいつの方が圧倒的に弱いし」
「だとすると、何かギルドで不祥事でもやらかしたか?」
「馬鹿な。ギルドの金を奪ったとしてもギルド内の話だろ。警備兵がやってくるならまだわかるけど、騎士団はない。それに、俺は潔白だ。寧ろ、今月分の給料を払わないって言ってるホーテーの野郎の方がよっぽど悪いってもんだ。それにしても騎士団か……。ホーテーが公爵家の血縁者って言ってもギルド内の揉め事なんかで騎士団を動かせるもんなんかね」
「さあな。俺もその手の話はよくわからねぇや。兎に角、旅に出るんなら早めの方がいいかもな。厄介事に巻き込まれる前に」
本当は今晩はゆっくり休んで、早朝に出発するつもりだった。けれども、騎士団に旅の邪魔をされるのは困る。まさか詰まらない裁判とかやらされることは無いと思うけど、面倒なことになるのは嫌だ。どうせ、出立してしまえば暫くは帰るつもりはない。多少問題になったとしても、かまわない。
俺は家に戻ると荷物を積み込んだリュックを背負う。この時間ならば間に合う。都市から出ても訝しがられることがない時間だ。俺はいつもの門を通り都市から出た。門番に通行許可証を見せる時は呼び止められるんじゃないか。突然騎士団に捕まるんじゃないか。って不安がつきまとうが、特に問題なく素通りできた。
農作業の帰りの馬車を横目に俺はゆっくりと南に向かう。今日は街道沿いで適当な場所を見つけて野宿することになるだろう。金も食料も余裕がある訳では無い。最短ルートを選択する必要がある。
幸いなことに、ここら辺で野宿をしていたとしても襲われることは無い。野盗とか山賊みたいなのは、数年来聞いたことがない。もっとも、襲われたとしてもそう簡単にやられない自信はあるのだが。
何にせよ魔物ならともかく、人間を斬ることはできるだけ避けたい。覚悟はいつでもしているつもりだが、望んでやりたいものではないのだ。
陽が徐々に落ちていくのを見て、俺は少しだけ感銘を受けていた。いつもは夕日に追われて都市に戻るのに今日は沈む太陽を右手に見ながら歩いて行く。今までの日常を否定するような背徳感が妙に心地よい。
少しだけ寒くなってきたのを感じて、そろそろ今日の野宿の場所を決定する必要性を悟る。街道に離れ過ぎるのも良くないが、近すぎるのも落ち着くことができない。田畑の中で野宿をするわけにもいかないし水辺に近すぎるのも増水した時に不安がある。あまり草木が生え茂った場所も望ましくない。まだ春だから虫がそれほど多くないが、寝ている時にムカデに襲われたくはないのだ。
野宿なんて何処でもできる。そう思っていたものの、探し始めると簡単ではないと悟る。周囲も徐々に赤く染まっていき、割り切って決断するしか無い。そう考え始めた時、聞き覚えのある声がした。
「こんな場所にいた」
振り返るとレージーラが立っていた。肩をかなり上下させている。走ってきたりしたのだろうか。
「こんな場所にどうして?」
「どうしても何もあんたを迎えに来たのよ」
「何で? 俺はギルドを首になった人間だ。もう、用はないはず。それに、家の鍵だったらギルドマスター代行が持っているだろ」
「ホーテーの言ったことなんか気にしなくて良いんだって。それより、帰ろうよ。家の件はママにお願いして見るから」
レージーラはいつものように高飛車ではなく、どちらかと言えば懇願するような言い方であったが、俺は折角の旅路の門出を邪魔されたようで苛立ちが湧き出てくる。
「どうして折角ギルドから開放されたのに戻らなきゃいけない。また今までのように俺をギルドでこき使いたいのか」
「こき使うだなんて……。そんなことは」
「どう思っていたかなんてどうでもいいさ。俺はギルドで安月給で働かされた上に理不尽な扱いを受けてきた。そんな生活に戻りたいと思うか?」
俺が言い返すと、レージーらは一歩前に出る。
「そんなの知らない。でも、アズは今日中に戻らないと駄目なの」
「意味がわからない。もう、俺はここには暫く戻らないつもりだ。だから、お前は帰れ。街道が安全だとは言え、夜に女の子が一人で歩くのは流石に良くない」
「一人じゃ帰らない!」
レージーラの強い口調に俺は押されかけていた。もう婚約破棄もされたし、俺なんかどうでもいいはずなのに。
「何か理由でもあるのか? 説明次第では考えなくもない」
俺は疑問に思ったことを口に出す。ギルドでこき使いたいなら、ホーテーらが追いかけてくるのが筋だ。レージーラが来た理由が気になったのだ。俺が腕組みをしながらレージーラが口を開くのを待っていると、彼女は肩を落としながら大きく息を吐いた。
「アズ、騎士団があんたのこと追いかけているから。今から戻って出頭すれば問題にならないって」
「ちょっと待てよ。どうして騎士団が俺のことを追うんだ? 理由がない」
「それが、あるのよ」
レージーラは小さく首を振って俺の考えを完全に否定した。
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