第6話

「アズ、引っ越しの準備は終わった? 大変だよね。家を出ることになるって。しばらくギルドに住むって話だけど、流石にちょっと無理があるよね。もし、もしだけど次に住むところが決まってないなら、ウチに部屋が余っているから、家事とかやる前提になるけど住み込みで働けるかも。アズがどうしてもって言うなら、私からママに住み込みの件、頼んであげようか?」


 ギルドに着くなりレージーラが話しかけて来る。貴族学園の生徒のはずだが暇なのか? 授業とかはないのだろうか。そんなことを考えながら俺は言い返す。


「どうして、俺がお前の家で働かされなきゃいけないんだ?」

「だって、住むところがないんだよね。だったら仕方がないじゃない。いっくらこの都市が安全だとはいえ、野宿をするわけにもいかないし」

「いや、お前の家に居候するなら野宿の方が数倍気楽だろ。あと、今日は学園サボりか?」

「何言ってるの。学園をサボるわけなんかないじゃない。単に今日は始まりが遅い日なんだよ。折角、気を使ってやったのに。バカッ!」


 レージーラは俺のことを睨みつけるとギルドから出ていく。どうせ、こいつはギルドマスター代行の差し金なんだろ。俺を自宅に住まわせてメイド代わりに朝から晩まで働かせてやろうっていう魂胆に違いない。ホントそこまでするかねぇ。って嫌になる。


 反射的にそこら辺のものを蹴飛ばしたくなる衝動を抑えながら自分の席に行く。机の引き出しを漁って旅に持っていくべきものを探してみるが、これというものは一つしか無い。手のひらサイズのナイフ。これ以外は何も役に立ちそうなものはない。


 俺はナイフを胸ポケットに入れる。このナイフは初めて給料を貰った時に買ったもので、大して高いものでもない。それでいて、身の回りのものを切るのに本当に色々と助けられた。ありがたい思い出の品物だ。


 仕事を始める時間になる頃には大体のギルドメンバーは自席で作業の準備をしている。そして、始業時間に合わせて他の人は仕事を始める。だが、俺はその気にはなれない。みんなを横目に俺は机上の整理を始める。と言っても、メモ用紙やら使えそうもないものをゴミ箱に入れ、使えそうなものは共用スペースに移動させるだけのことだけだが。


「なんだ? まだ仕事を始めてないのか? さっさと魔鉱石の選別を始めろよ!」


 ホーテーが部屋に入ってきたかと思ったら俺に近づいてきて命令をする。が、無視。相手にする気はない。雑巾で机を拭きながら、机に対して今までお世話になってきたことのお礼を心のなかで言う。


「聞いてるのかアズ、このグズ。今すぐにでも首にしてやるぞ」

「ホーテー、もしかして俺を首にできるつもりか?」


 俺は手を止めてホーテーのことを見る。


「ああ。俺はギルドマスター代行からその権利を行使する許可を貰った。だから、お前なんかいつでも首にできる」

「冗談じゃなくって? 本当に俺を首に出来ると?」

「ああ、出来るさ。お前は首。はい、決定。ということで、ここから出て行け!」


 ホーテーの言葉を聞いてから俺は周囲を見る。自分の机で仕事を始めていたホーテーの取り巻きたち、そして、一部の俺に対して普通に接してくれるギルドメンバーが、俺たちの会話を聞いているのかを確認したかったのだ。


「首なら首で仕方がないけど、今月の給料を払ってくれないと」

「ああん? どうして首にした奴に金を払わなきゃいけないんだ」

「それが契約だからな。それとも契約を守る気がないっていうのか?」

「ああ、守って欲しければ土下座をしてお願いしてみろ。首を取り消してくださいって、な」

「いや、首で構わない。未払い分は後で代理の人を立てることにするわ」


 俺が掃除を止めて歩き出そうとすると、ホーテーが立ち塞がる。


「何のつもりだ?」

「むしろ、アズ、お前こそ何のつもりだ? 何故、部屋から出ていこうとする。今から仕事があるだろ」

「はぁ? 何いってんの? 自分で言った言葉すら覚えられないのか? 数秒前に、お前に首にされた俺がどうして仕事をしないといけない? 給料だって払われんのに。それとも、土下座でもしてみる? 仕事をしてくださいって」

「ざっけんな。テメェ!」


 ホーテーは俺に向かって拳を振り上げたが、殴ってきたりはしない。単なる脅し。賢明な判断だ。もし手を出されていたら、反撃しただろう。痛みを享受した後、倍返しの威力で。


「俺はここを首になった。だから出ていく。今まで世話になった」

「何だ、テメェ、今日にでも家から出ていきやがれよ。それでもいいのかよ」

「ああ、構わない。明日の朝には家からいなくなるよ」

「はー、はははははぁ。金もないくせにか?」


 乾いたわざとらしい笑いをするホーテー。けれども、目はちっとも笑っていない。むしろ、キョロキョロと挙動が怪しい。脅しのつもりがちょっとやりすぎた。とでも思っているのだろうか。こちらにしてみれば、丁度よいタイミングでありがたい言葉でしかなかったのだが。


「まっ、次に行く宛が決まったんでな」

「何だと。何処だ? 誰だよ。お前なんか雇うやつは」

「さあね」


 俺は軽くホーテーの質問を躱す。まだ、この都市を出ることは黙っていた方がいい。変に邪魔をされるのは厄介だ。それより、俺が他の人間に引き抜かれて雇われたと思わせておいた方が楽に違いない。一番最初に疑われることになるフレディに迷惑をかける事になりそうなのが容易に想像できて少しだけ罪悪感があるが。


 俺はホーテーの制止など無視して歩き出し、ギルドの入口の前で立ち止まる。そして振り返った。ギルドのメンバーはみんな俺のことを注視していた。そこそこ仲が良かったメンバーも、良くなかったメンバーも、ホーテーさえもがこっちを見ている中、俺は深々と頭を下げる。


「今までお世話になりました。ありがとうございました!」


 大きな声でお礼を言う。これは間違いなく俺の本心だ。俺はホーテーにだって感謝をしている。ほんのちょっぴりだし、足し引きしたら巨大なマイナスではあるけど。それはそれ、これはこれだ。ケジメってものだ。


 ギルドメンバーのみんなからすれば、あまりにも唐突に感じたかもしれない。確かにホーテーとのやり取りはちょっとした成り行きによるものだ。けれども俺の中で辞めることは決定事項だった。明日が今日になった程度のことだった。だから、自分の心の中では全てが整理されていた。


 俺はギルドを出た足で、役所に向かう。今日中にどうしても手に入れておく必要のある書類がある。一つは通行許可証で一つは武器携行許可証だ。これが無ければ合法的に都市から出られないし武器を持ち歩くことができない。


 幸いなことに、ダンジョン探索の名目で既に両方とも申請は出してある。ちょっと戻りの日付だけ変更するだけのことだ。それほど大事にはならないだろう。


 それとフレディにだけは出立することを話しておく必要がある。しばらく会えないし、ギルドが迷惑をかけるかもしれないからだ。多分、旅に出るって話をしたら色々と文句と愚痴を言われるんだろうな。お前だけ自由で羨ましいって。でもさ、束縛されることになったとしても家族がいるってものは自由であることより良いものだと思うんだ。俺には五年前に失われてしまったものだからさ。今から母親に会って家族を取り戻そうとかそんなつもりは全く無いけれど、何か自分の中にポッカリと空いている何かを埋められるのかもしれない。とか、そんなことを少しは考えている。幻想かもしれないと分かってもいるけどね。


 俺は歩きながら胸を軽く手で抑えた。ゆっくりと深呼吸をしながら空を見上げると、昨日の雨など嘘のようにカラッと真っ青な空がやたらと広く存在していた。

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