第4話

 家に帰る気にはなれなかった。誰かに話を聞いて欲しくて、気がついたら親友であるフレディの魔法店の軒先に立っていた。けれども、中に入ろうとして気づいた。俺はギルドからここまでの道で雨に濡れて酷い状態だ。こんなずぶ濡れの状態では店の中を汚してしまう。魔物が跋扈していた時代と違い、今の魔法店は黙っていても装備が飛ぶように売れるって時代ではない。それにボウっとしていれば近隣の魔法店に客をどんどん取られてしまう。店を汚せばそれだけ客からの評判が悪くなる。そんな迷惑なことはできない。苦しいのは俺だけじゃない。


「あれ? アズ? 何してるの?」


 俺が立ったままでいると、突如、ドアが開き女性が顔をひょっこりと出す。フレディの妹のヒルデだ。


「雨宿り」

「そこにいても濡れるでしょ。入ってよ」

「いいよ、店を汚しちゃうから」

「今日はもうお客さん来ないから大丈夫だよ。って、ごめん」

「えっ? なんでヒルデが謝るの?」

「だって、濡れたままなのに話をしちゃって。タオル持ってくるから入ってて」


 ヒルデはそう言うと店の中に入ってしまったので、このまま帰ってしまうのもかえって失礼だと思って意を決して店の中に入る。


 店の中は落ち着いた雰囲気だ。三列ほどの棚に置かれているのは、生活に役立つような魔道具が多い。ギルドから卸しているマッチや洗濯水クリーンウォッシュは売れ筋の商品らしく、一番良い場所に並べられている。


「よぉアズ、相変わらず体力3程度の顔をしているな」

「しゃーねーよ。酷いもんだからさ」

「おお、愚痴りに来たんだろ。わっーったわーた。こんな時間だし雨だし、客はもう今日は来ないだろ。ってわけで暇だから安心しろ全部聞いてやるから。たっぷり話せ」


 ヒルデに渡されたタオルで全身を拭いてから、店の一番奥にあるお客さんとの交渉用の椅子に座る。ヒルデが入れてくれた温かい紅茶を飲みながら、昨日と今日の出来事を身振り手振りを交えて話す。


「で、どうするんだ? 婚約破棄ってのは望むところかもしれないけど、家を追い出されるのは大変だな。ギルドに住み込みってのも酷い話だし、何処にも行き場所がないならここに住んでもいいぜ」

「それだけは、な。迷惑をかける事になるから」

「遠慮するな……って言いたいところだけど、ウチも部屋が余っているわけでも、そんなに裕福ってわけでもないからな。この店も貴族頼みで何とかやってってるって感じだし。そのためには貴族様の機嫌をとらなきゃいけないしな。いい加減、貴族様のお相手は勘弁してもらいたいって親父も泣き言を言ってるしな」

「何処も同じか」

「二世ってのも難しいところだよな。色眼鏡で見られるけど、俺たちが何かを成し遂げたってわけでもない。つまんなえ時代だよな。俺たちも親父と同じ時代に生きてたなら活躍できただろうに。アズが前衛やって、俺が後方支援で大暴れしてやったのにな」

「それも楽しそうだな」

「いつでも戦えるように鍛えてるんだろアズ」

「親父に言われてた分はやってるよ。フレディ、お前もだろ」

「まあな。この平和な時代に何の役に立つのかさっぱりわからないけどな」


 フレディがニヤリと笑う。確かにこの平和になった世界で体や魔力を鍛えても役に立たないかもしれない。下手をすれば、貴族や騎士団に睨まれる要因でしか無いかもしれない。それでも俺たちは何故か鍛えている。元々、俺たちが仲良くなったのは、お互いの父親が仲良かったってこともあったが、お互いの境遇や考え方が似ていたことによる。


 と言っても初対面では、なんだコイツ。って印象だった。どうせ、二世ってことで調子に乗ってんじゃねえのか。って。でも、話してみてわかった。こいつ、メチャ良いやつだし、気が合うなって。


「で、どうするんだ? まだギルド続けるのか?」

「ああ。他に行く場所がないからな」

「でも、もう限界だろ?」

「いや、まだ限界じゃねーよ。でもな……」


 俺は何か良い考えが浮かばないかと考えてみるがちっとも浮かばない。この都市は平和で素晴らしいが、俺たちの持っている戦闘能力は何の役にも立たない。もし、父が生きていて貴族学校にでも入れてもらえれば、騎士団員にでもなれたのかもしれないが、今となっては年齢的にも無理だ。


「そういや、フレディはどうして貴族学校に行かなかったんだ? 一応、お前のところは男爵家扱いだろ」

「そんなこと言ったら、アズだって伯爵家だろ」

「俺は伯爵家を多分、継いでいない。なんか、そこら辺のこと良くわからねーんだ」

「ウチだって同じさ。男爵家って言っても国から何か貰っているわけでもないみたいだし、領地だって領民だってあるわけでもないし。だから男爵家って言われても実感なんかさっぱりだよ。だから、貴族学校なんか行く気にもなれなかったし。そもそも俺、貴族学校に行っている奴ら嫌いだからな。それに親父にも止めておけって言われたんだよ。成り上がり者って扱いを受けるだけだって。卒業したら騎士団に入ることになるだろ。そんなんになったら死ぬまでずっとそんな偽物の貴族扱いをされるわけだしな」

「騎士団じゃなくって魔導院は? あっこなら騎士団よりはマシだろ」

「そっちも騎士団と同じだよ。それに魔導院には入れさせないって賢者の息子に止められたらしいからな」

「はぁっ? 何で賢者の息子に邪魔されるんだよ! お前には魔法の才能があるじゃないか!」


 俺が怒りをぶつけるとフレディは少しだけ困ったような表情を見せる。


「いや、良いんだよ。俺は別に魔導院に入りたかったわけじゃないからさ。のんびりと店をやりながら魔道具に充填チャージをしている方が好きだしさ。それに賢者の息子――っても、親父と同じくらいの歳だけど、あの人は悪い人じゃないって話で、魔導院の件はそのうちにタイミングを見て詳しく説明するから今は聞くなって言われているし」

「そっか」


 俺がまだ少しだけ怒っていると、フレディは嬉しそうに右拳を突きつけてくる。だから、俺も同じように握り拳を軽くタッチするように当てる。


「何、嬉しそうにしてるんだよ」

「お前って自分のことより俺のことで怒るんだよな」

「気のせいだろ」


 俺は立ち上がる。ちょっとのんびりしすぎた。もうそろそろ店じまいの時間だ。それに濡れていた服も髪ももう乾いたことだし。


「帰るのか?」

「ああ、引っ越しの準備があるからな」

「手伝いに行くか? どうせ暇だし」

「大丈夫だよ。別に今日だけでやるってわけじゃないし。それに、変なものは山ほどあるけど、嫌がらせ代わりに置いてくつもりだから」


 くけけけけと俺が笑うと、フレディもニヤリと微笑む。


「売れるのがあれば安く買い取るぜ」

「金になりそうなのは、もう全部売ってら」

「それは残念。俺は意外とお宝が眠ってるんじゃねぇかって思ってるんだけど」

「親父が死んだときにさ、お前ら誰だよ。って奴らがわらわらと集まってきて、色々と持ってかれたんだよ。賢者が先頭で目利きをしていたから、めぼしいものは残ってないと思うぜ」

「そっか。賢者がねぇ」

「いや、恨んでたりするわけじゃないんだ。あの人がいなかったら、本当に全部持ってかれてもおかしくない状況だったから。今まであの家に住めていただけでも俺はラッキーだったとも言えるな」

「お前、ホント自分のことになると甘いよな」


 そうでもないけどな。と思いながらフレディとヒルデに挨拶をして店を出た。外は完全に夜の帳が下りており、暗くなっている。だが、雨は既にやんでいた。満月に近い月が、足元を見失わない程度に地表を照らしている。これなら、家まで楽に帰れると考えながら俺はゆっくりと歩き始めた。

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