第3話

 父の時代、ダンジョンの中には強力な魔物が棲んでいて近寄るのも難しかったという。だが、今となっては強力な魔物は駆除され、残ったのは魔力の弱い狩られる立場だった魔物だけ。勿論、人間の脅威になるほどの魔物はいない。もしかしたら、地中の奥深くに眠っているかもしれないと思うときもあるが、賢者によってそれは否定されている。


 幼少の頃、ダンジョンの話が好きで良く父に聞かせてもらっていたから知っている。どうやって勇者らが魔物を殲滅したかを。ただ、小さい頃の話なのでどこまで事実だったか曖昧な部分がある。ちょっと英雄譚と混じっているかもしれない。「俺たちはちょっとやりすぎちまったんだ」って父がボソッと呟いた記憶があるけど、あれは本物の記憶だったのだろうか。



 婚約破棄された翌日、つまり家を追い出されることになった次の日、無くなった魔鉱石の採掘を行うためにダンジョンに俺たちは潜っていた。


「何トロトロやってんだアズ!」


 俺たち勇者パーティーしかいないダンジョンの地下三階層でホーテーが偉そうに言ってくる。が、その言葉は俺が言いたい。テメーは何もやっていないだろうが。と。だが、そんな事を言っても無駄だ。パーティーのリーダーとしての仕事をしているとか言われるだけだ。


 別に採掘をしないならしないで構わないんだけど、それなら周囲の警戒くらいはしてもらいたい。確かに強力な魔物はいなくなったが、脅威がゼロってわけでもない。今年もダンジョン内で一人死んでいる。吸血コウモリに噛まれたときのショック死とかで。


 危険がゼロってわけじゃないから、魔鉱石を採掘している時は魔物を近づけさせないようにしてもらいたいのだが、ホーテーはのんびりと岩に座って仲の良いギルメンと雑談している。元から信頼なんかしてないけど、安心なんかできない。俺が魔物に不意打ちを喰らって死んだとしてもこいつは何の責任も取らないだろう。それどころか、悲しみすらしないに違いない。だから自分の身は自分で守るしか無い。


 確かにホーテーから見れば俺は神経質って思えるのかもしれないが、それくらいの用心深さがないと生き残れないのだ。少なくとも父の話では。


「俺たちはお前の倍は集めたぞ」


 自慢気に言うホーテーたちが集めた魔鉱石が入っているカゴを一瞥する。思った通り、質の悪いけど見た目にわかりやすい魔鉱石を集めている。そんなの持ち帰っても重いだけで効率が悪い。取り出せる魔力量が少ないのだ。軽く魔力を流せばすぐにそんな魔鉱石はゴミってわかるんだが、こいつらにそんな技術はない。一度、それとなく教えたにもかかわらず、どうしてそんな面倒なことをする必要があるのだ? と理解すらできなかった。いや、上手く魔力を流せないから、必要ないって言い切っただけか。


「そろそろ戻るぞ」

「まだ、集めている途中だけど……」

「相変わらずグズだな。名前をアズからグズにしたらどうだ?」


 ホーテーが取り巻きと笑っているが、そのネタ、面白くもないし聞き飽きた。


「先に戻ってもらって構わないけど」

「そうやってサボる気なんだろ」


 うぜぇ。誰も見ていないここでしばいてやろうか。と一瞬思うが、人殺しになりたいわけでもない。奥歯をギュッと噛み締めて我慢をする。


「じゃあ、一緒に戻ることにするよ」

「お前、少ないから俺たちの分、持たせてやるよ」


 ゴミを入れるんじゃねー。と思うが何も言わない。もう、こいつらのやり方はわかっている。着いたら、「返してもらうぜ」とか言いながら俺の採掘した魔鉱石を取っていくんだ。混ぜて平均化すれば、ある意味、採掘者の魔鉱石の質が同じ程度になるわけだ。


 昔は、かなりムカついていたが、最近では怒る気すら起きない。なにせ、どれだけ頑張っても給料は増えないからな。それに、ギルドマスター代行じゃ魔鉱石の質の区別なんかつきはしない。多く持って帰ってきた方が偉いと思っている。あのギルドマスター代行がいて勇者パーティーのリーダーのホーテーがいる。ここの冒険者ギルドのレベルってのはそんなものだ。


「そういや、アズ、お前、婚約破棄したらしいな」

「そうだけど?」

「そりゃそうだよな。お前なんかみたいなのとレージーラじゃ合わないよな」

「そうだな」

「ああん?!」


 俺が同意すると、ホーテーは不機嫌そうな声を出す。今すぐにでも胸元を掴んできそうな勢いだが、俺が睨み返すと、ケッっと吐き捨てる。


「帰るぞ」


 そう言うとホーテーは歩き出す。殿しんがりは俺の仕事だ。魔物に襲われる可能性が一番高いからだ。ちなみに、ダンジョンに潜る時は俺が先頭だ。魔物が出ても憂さ晴らしにちょうどいいからその事自体に不満は全く無いんだけど。


 地上に出てみるとまだ太陽は高い位置にある。もう少ししっかりと魔鉱石を採集しておけば、一週間は余計に持つだろうに。非常に効率が悪いことだ。でも、こいつらには給料さえ貰えればどうでもいいことなのかもしれない。


 ギルドに戻るとホーテーらは、俺に魔鉱石を預けるとギルドから出ていこうとする。今日の仕事は終わりってわけだ。


「もう帰るのか?」


 俺が声をかけるとホーテーは立ち止まって振り返った。


「そうだ。俺たちは終わり。けど、お前は今から魔鉱石の整理の仕事があるけどな」

「そうかわかった」


 俺が返答をすると、ホーテーが目を細める。


「何だ、その態度は。お前なんか、いつでもギルドから追放してやるぞ」

「ギルドマスターでもないのに?」


 俺が反論すると、ホーテーは俺に近づいてくる。


「ああ、安心しろ。俺はもうすぐギルドマスター代行になるからな。そうしたら、お前なんか即座に首だ。どうしてもって頭を下げるんなら、許してやらなくもないけどな」

「今のギルドマスター代行は?」

「勿論、もう話は大体ついている。当たり前だろ」


 俺は次の言葉が思いつかない。もしかしたら、ホーテーとレージーラが結婚する話が決まっているのかもしれない。以前からギルドマスター代行は、ギルド運営の仕事を嫌がっていた。婚姻関係ができ家族となれば、ギルドマスター代行がその仕事をホーテーに渡すことは自然流れだ。ホーテーも今までのようにギルドマスター代行の機嫌を伺う必要なくなる。ギルド内で好き勝手なことができるようになる。お互いにウィン・ウィンの話だ。


 そうなれば一番のピンチは俺だ。家を追い出され、その上でギルドを追い出されたのならば本当に行く場所がなくなる。やり方が詐欺に近い。


 もし、ホーテーに頭を下げて靴でも舐めるようなことをすればギルド内に残れるかもしれないが、それは勘弁願いたい。プライドの問題だけじゃない。奴隷のような扱われ方をされるのが目に見えている。


 かと言って、他で働くことが出来るかは未知数だ。ギルドを掌握したホーテーが嫌がらせをしてくることだけは間違いない。それだけは確信できる。嬉しくないことに。


「そうだ。ギルドマスター代行に片付けをするように命じられていたのを思い出した」


 俺はホーテーらに向かって呟くように言ってから、帰り支度を始める。さっきまで帰る気満々だったホーテーと取り巻きらであるが、俺の動揺を楽しんでいるのだろう。ニヤついた顔で俺のことを見ている。聞こえないようにこそこそ何やら話しているのもやたらと俺を苛立たせる。


「お先!」


 終始、馬鹿にするような視線を向けていたホーテー達から逃げるようにギルドから出た。少しだけ建物から離れてから走り出す。


 さっきまで明るかった空はいつの間にか薄暗くなっていた。日が落ちるには早い時間だが、絨毯のような雲が空を覆っている。ポツリポツリと降り出した雨が頬に当たるのを感じて、俺は走る速度を上げた。


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