第28話 明日

「ついに明日ですね!」

「まぁ……そうですね」


 坂本さんが私に練習が終わった瞬間に話しかけてくる。

 明日……それは私の初歌ってみたの撮影日である。

 今日の練習はそれのリハーサルみたいな面があり、もう結構な回数通しで歌を歌っている。


「今日は少し早めに切り上げて、明日の午前10時頃にここにきてください」

「了解です」


 今日を少し早く切り上げる理由は歌い過ぎで明日声が出なかった場合元も子もなくなるからだろう。

 私としてはもう少し練習をしておきたいのだが、会社側の判断には従うしかあるまい。


「今歌っていたのを聞いてるかぎり明日のクオリティは高そうですね」

「それなりに練習してきたので……」


 音程やリズムの取り方はほぼ完璧と言って間違いない程度には仕上がってきている。


「でも最後の指摘がですね……」

「あー……あれですか」


 〘感情移入をしろ〙

 これがどうもできなかった。

 さっき話した2つができていたから歌としては完璧なのだが感情が入っていない歌では相手の聞き取り方がまるで違ってくると先生はいっていた。


「でも先生は「歌ってみただから気にしなくてもいい」って言ってたじゃないですか」

「それでもですよ。私にとってはこれは大事なことなんです」


 その指摘が始まってからはこの歌について徹底的に調べ上げた。

 歌の題名は〘勇気ある者〙。由来は題名通り王道RPGだ。

 その由来や題名通り曲の内容はアップテンポでカッコいいものに仕上がっている。仲間との友情などの要素も入っていたり、私としてもこれは歌詞から意味は読み取れた。

 でも私にはこの歌の気持ちがわからない。


「まぁとにかく明日が本番なんですから頑張っていきましょう」

「……はい」


 そう言うと私は手元にあった水を飲み干す。


「これから軽くミーティングをするのでついてきてください」


 坂本さんが私に背を向け、ドアへと向かって歩いていく。私もそれに続こうと立ち上がろうとする。


「ッ……」


 しかし足に力が入らずに少しふらついてしまう。

 歌の練習なのに何故足かと思い、ふと自分の体を観察していると所々に汗が吹き出ている。

 歌の練習は疲れるが汗がでるほどではない。

 取り敢えずバックに入っていたタオルで汗を拭きとる。

 少し嫌な予感もするが今更止まれるわけもないので黙って歩いていく。


 ドアを開き、部屋を出る。


「アリア〜!!!」

「ニーリャですか」


 すると横からニーリャこと詩織が話しかけてくる。

 本社内ではVTuberと不意に接触することがよくあるので本名ではなく、VTuber名で呼び合うことになっている。

 正直アリアで呼ばれるのは違和感しか無い。


「ニーリャは何をしていたのですか?」

「私〜?3期生の合同番組の撮影だよ!」

「番組?」

「そうそう。3期生で集まって一緒に企画するの。会社の全力フォローで」

「へー……」

「アリアも呼びたかったんだけどねぇ……流石に3期生の番組だからダメだって」

「そりゃそうでしょう」


 正論で返事を返した私を詩織がすこし睨んでくる。

 だって3期生だけの番組なのだろう。そこに部外者である私が入るのは場違い極まりない。


 そんな他愛もない話をしながら私達は会議室に向かっていく。

 詩織がなんとなくでついて来ていたが坂本さんがなにも言わないので私も注意をせずに話しながら歩いていった。


「ではここでミーティングをするので入りましょうか」

「わかりました。……ニーリャは入ってきたらダメですよ?」

「そんぐらいわかってるって!じゃーロビーで待ってるね!アリア!」

「はい」


 そう言うと詩織はエレベーターに向かって歩いていった。


「……一緒にかえるのですか?」

「まぁそうですね。家近いんで」

「そうなんですねー……テェテェ」

「なにか言いました?」

「言ってないですよ」

「そうですか……?」


 笑顔でコタエル坂本さんに違和感を覚えるが気にしないでおこう。

 私達は会議室に入り、ミーティングを始めた。


 ――――――――――


――――頭が揺れる

 

「明日だってね〜叶の収録」

「そうですね」


 ミーティングが終わった帰り、私は宣言通りロビーで待っていた詩織と合流し帰路についていた。

 太陽はもう傾いており、夕方ということがすぐに分かる。


「なんだっけ……勇気ある者?」

「はい。歌の音程とリズムは完璧って言われました。カラオケでも93点取りましたし」

「へー!凄いじゃん!私なんかそれ84点ぐらいしか取れなかったよ?」

「まぁ練習してますので」


 そう言うと詩織はこっちを向き笑顔を浮かべる。


「それでも、だよ」


 ――――汗が吹き出す


 私はその笑顔が少し眩しく思える。


「今度はデュエットの歌とかどうよ?」

「……ちなみに私の相方は?」


 そう言うと詩織は詩織に親指を向ける。


「もちろん私よ!」

「知ってました」


 ――――もう限界


 一瞬呆けた顔をした詩織はプッと吹き出し、笑い始める。


「やるときは呼んでね!」

「はいはい……わか、りま……」


「ぇ……」


――――目の前が真っ暗になる

 

 

 

 

 

 

 

ターニングポイントはすぐ近く。 

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