第21話 ボイトレ
「ボイストレーニング……ですか?」
あのあと、詩織と一緒にGO!ライブ!本社に来ていた私は坂本さんにあることを話されていた。
「はい。Vtuber活動においてボイス……声というものは超重要になってきます。なのでこれからはアリシアさんのスケジュールにボイストレーニングを入れていこうかと考えているのです」
確かに詩織もたびたび「今日ボイトレあるからー!」と言って先に帰ってしまうことが多々あった。
私は何も言われてないし、詩織だけが必要なものだと認識していたが違っていたようだ。
「まぁ別に用事もないので大丈夫ですが……」
「そうですか!なら良かったです!」
そう言うと坂本さんは手元にあったタブレットを操作していく。
「来週はいつが空いてますか?」
「いつでも」
「それなら希望の日はありますか?」
「……それじゃあ月曜と火曜で」
「わかりました」
こちらを確認した坂本さんが1つの紙切れを渡してくる。
「それでは月曜と火曜にこの住所に来てください」
「了解です」
――――――――――
「ここですか」
次の週、私は大学の講義が終わった後詩織に事情を伝え、指定された住所に来ていた。
指定された住所にあった建物は五階建てのビルの二階。ガラス張りの全自動ドアがあってその中に受付がある。
ここが目的の場所と確信し、私は中に入ろうと一歩踏み出そうとした。
その時、ふとドアの上を見ると看板があった。
「マジカル★ボイス……」
踏みとどまってしまう。
確かにこれ程ボイス関係の施設であることを示唆する名前はない。だけどこれはさすがに……
「ダサイ……」
その姿勢で私は数分間ほどかたまってしまう。
さっきまでは普通のボイトレ教室をイメージしていたがこの名前のせいではっちゃけた内装をいめーじしてしまう。
1回メモを取り出し間違っていないかを確認する。願わくばここじゃないどこかがいい……と思いながらもここがその場所だという事が分かる。
「ま、まぁ施設の名前で決めつけるのはよくないですね……」
そう思い私はその施設に入る。
中は清潔感が保たれており、全体的に白い印象がある。
案外普通の施設ですね……と思いながらも目の前にあった受付へと歩み寄る。しかしそこには人はおらず簡易的な名簿とベルしかなかった。
「いらっしゃらないのですかね?予約は坂本さんがしているはずなのですが……」
受付の奥の方を覗いてみるが人がいる気配はない。
もう1回受付のカウンターを見てみるとベルの上に書置きがあるのに気付いた。
「受付がいない場合このベルを鳴らしてくれよ★……なんですかこれ」
少しふざけたような書き置きに私は困惑してしまう。
まぁでもこのまま突っ立ってても埒が明かないのでそのベルを押してみることにする。
「すみませーん」
ベルを押すとチリンと軽快な音がなる。
案外普通のベルなんだなぁと思いながらも奥を覗く。ベルを鳴らしても人っ子一人いる気配もなく、私は首を傾げてしまう。
もう1回押そうかと指をベルに置いた瞬間、全自動扉の向こう側からドタドタっと階段を登る音が聞こえた。
「!……なにごとですか?」
その急ぎっぷりに私は少し警戒をして後ろを向いてしまう。
しばらくすると階段から黒い天然パーマの頭が見えてきた。
「へーい!そこの彼女がアリsぶへっ!……この扉おせーよ!」
その男はこちらを見るやいなや両手を上げダッシュしてきたが半開きの全自動ドアに当たってしまう。
「あの……大丈夫ですか……?」
「チッこのノロマが……あぁ。大丈夫デース!」
なんか文句言ってたような気がしますけど……という言葉は口に出さないでおこう。
「えぇと?君がアリシアですカ?」
「あっはい。アリシア・アンモライトを担当してます有澤叶と申します」
「私はジャスティン・ミカエルと言いマース!よろしくお願いしマース!」
日本語が上手なのか下手なのか、はたまたただそういうキャラ付けなのかわからない発音で男……ミカエルさんは話しかけてくる。
その喋り方にさっきのは何だったのかと思いながらも私は彼を見ながら話し続ける。
「今日はボイストレーニングで来たのですが……」
「えぇ知ってますヨ。予約はもうされてマスのでどうぞこちらに入っててくだサーイ!」
「わかりました」
案内されたのは受付の横にあった通路の一番手前の部屋だった。
中にはよく見る規則的に穴か空いた防音室。本格的な設備を見て私は少し安心する。
そんなことを思っているとドアからミカエルさんが入ってきた。その腕の中には大きい機材が抱えられている。
「くそおめぇな……それではボイストレーニングを始めていきたいと思いマース」
「よろしくお願いします」
やっぱりなんか言ってると思ったが彼がそんなことはなかったかのようにふるまっているのでふれないようにする。
「まずアリシアはボイトレとはどのようなものだと思ってますカ?」
「えぇと……声の調子を整えたりすること?」
私は素直に思ったことを口に出す。
それを聞いたミカエルさんは首を横に振り否定する。
「まぁそれもあるんですガ……ボイトレは発声方法を学ぶものだと思ってくだサーイ」
「発声方法ですか?」
「そうですネ。いつもより綺麗に、負担がかからず、長時間話せるようにするようなものデース」
そう言うとミカエルさんは黒い機材にあったボタンを押した。
「まずは私が貴女の声を聴いてみマース。なので私と会話してもらいマース。それをこれに録音するのデー」
「あっはい」
「あと話すときは元の声でしゃべってくださいネ」
《了解です》
――――――――――
「ハーイ!取り敢えずはここで終わりましょうカ」
「はい」
あれから約30分が経ったころに私達は会話をいったんやめた。
交わされた会話はいたって普通の世間話で、何か特別なものはなかった。
「ウーム……」
ふとミカエルさんの方を見ると顎に手を当てて下を向いている。
なにか思うところがあったんだろうかと思っているとミカエルさんはゆっくりと此方の方を向いてきて口を開いた。
「あなたのその声って元々の声デスカ?」
「ぇ」
「いやのどが少し違和感のある様な動きをしていたのデ……」
私はその問の答えは持っていない。こちらを向いていたミカエルさんはそっぽを向き「なんででショー」と唸っている。
その様子を見ながら私は自分ののどに手を当てる。
「……どうなんでしょうね」
ポツリと呟いた。
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