第16話 初配信(3)

「タグも決めたし、マチュマロも読んだので今日の配信はここまでですかね。時間もちょうどいいですし」


 時間は現在23時を指しており、予定の2時間が経ったのが分かる。

 今日の配信の予定はタグとマチュマロ読みだけだったので今日の配信を終わろうかとリスナーに提案した。


 コメント

▷もうそんな時間か……

▷終わってほしくねぇ……

▷明日も配信する?


「明日は……すると思います」


 コメント

▷よし

▷きた

▷なら安心


「ふふ、楽しみにしておいてくださいね。それでは、今日は来てくださりありがとうございました。また縁があったらお逢いしましょう」


 コメント

▷ばいばーい

▷縁来い

▷絶対来るわ


 終わりの挨拶をすると同時に私は用意されたエンディングを流す。

 マイクをミュートにし、配信終了のボタンにカーソルを合わせ、少し待つ。

 すると瞬く間にコメントが沈静化し、それを見た私は配信終了を押す。


「まぁ……及第点ではないでしょうか」


 配信が終了したことを確認し、私は自分のチャンネルの登録者数を確認する。


 登録者16万人


 これが今日の配信でもたらした成果だ。

 配信前に確認した登録者数より1万人増えており、今回の配信がマイナスに動いてないことがわかる。

 他の人からは【1万人が興味を持ってくれた】というように見えるだろう。

 しかしこれは【1万人が興味を持ってくれた】のではなく、【16万人が私に興味を持ち続けてくれている】ということなのだ。


 「その16万人が興味を持ってる部分をこれからもアピールし続けるのが大事なんですけど」


 スマホを机にあるワイヤレス充電器に置いた私はゲーミングチェアから立ち上がり、リビングへ移動する。

 一杯の水を用意し、そのまま飲み干す。配信で少し乾いていた喉を水が一気に潤してくれる。

 そこに1つの電話がかかってきた。


「もしもし」

「もしもし。田村だけど」

「社長。お疲れ様です」


 電話をかけてきたのは田村社長だった。

 きっと社長として新人の配信の終了後の話をしに電話をかけてきたのだろう。


「どうだった?初配信」

「……まぁ上出来だと思います。視聴者の関心も引けましたし、登録者数も1万人増えました」

「うーん。そういうことを聞きたいわけじゃないんだけどなぁ」

「はい?」

「いや、いいや。うん……上手くできたんならいいよ。その調子でこれから頑張ってね」

「はい」


 社長の歯切れの悪さに違和感を覚えるも深く考えないことにし、返事をする。


「それでこれからなんだけど、三ヶ月間は最低でも一週間に3回は配信してもらいたいんだよね」

「えぇ。わかりました……というかそんなに少なくていいんですか?」

「まぁあくまで最低だからね。それ以上配信してもらっても構わないよ。でも配信するときは必ずマネに相談よろしくね」

「わかりました」

「あとは特にないかな。じゃ切るよ」

「はい。ありがとうございました」


 そういうとスマホから電話終了の音がなる。

 私は台所にスマホを置き、コップをササッと洗う。最近は食洗機とかがあるらしいのだが、私は自分で洗うほうがしっくりくる。

 手とコップを拭き、棚に戻す。

 することもなくなった私は棚から睡眠薬を取り出し、スマホを持って寝室へと向かう。

 するとまた電話がかかってきた。


「……もしもし」

「叶ェ!」


 あまりの大声に私は1回耳元からスマホを離してしまう。

 再度耳にスマホを押しあて、その元凶と話し始めた。


「急に大声出さないでください……」

「あっご、ごめん!ちょっと興奮しちゃって……」

「それで。用件はなんですか」

「いやぁ……初配信よかったよ~!」

「ありがとうございます」

「やっぱり叶は才能あるね!」

「そう、ですか……で、用件は?」

「用件ないと電話しちゃだめなわけー?」

「……そんなことないですが」

「じゃあ話そう!」


 詩織が元気そうな声で私に話しかけてくる。

 こっちは初配信で少し疲れてんのに……と思いながらも私は詩織の話に付き合う。

 かくゆえ詩織も私の初配信前に直前配信をしていたはずだ。そこで疲れていないのはやはり歴の差だろうか。

……いや、普通に私の配信1時間半あったから休んだのか。


「あの声で来るのはわかってたけど、それでも驚いちゃったよ」

「あなた聞き慣れてるでしょうに」

「それでも驚くの!……あの声だったら視聴者もきっと釘付けだね」

「現に視聴者数取れてましたから」


 私本来の声を発することに特にデメリットはない。なので私はこの声を最大限に活用することにした。

 ……まぁ社長はこの声を見込んで私の推薦を了承したんですけど。


「それとキャラ付けも良かった!叶って感じがした!」

「叶って感じがしたってどういうことですか……」

「清楚系お嬢様キャラってこと!これで清楚キャラってイメージはついたよね!」

「え?」

「……え?」


 詩織ニーリャが清楚……?


「え?私清楚だよね?」

「……」

「なんか言ってよ!」

「まぁまぁそれは置いといてですよ」

「置くな!持っててよ!」


 私達はその後、小一時間話し続けた。


 ――――――――――


「それじゃあもうそろそろ終わるかね……ふぁー……眠いよぉ」

「もう寝る時間ですしね」


 時計は1時を示しており、もうそろそろ寝ないと明日起きられるか心配になる時間だ。


「おやすみー」

《ゆっくりお休み、詩織》


 私が少しいたずら心で元の声で喋るとスマホの奥からパタンと倒れる音が聞こえる。


「……寝ましたねこれ」


 私はスマホの終了を押し、通話を終わらせる。


「まだ眠くない……」


 私はスマホのトイッターを起動させ、アリシアと検索をかける。


『アリシアの声良すぎる』

『アリシア清楚で好き』

『容姿がマジで好みでやばい。アリシア一生推す』


「……」


 そこには称賛の言葉が並んでおり、私が注目されてるのがはっきりわかる。


「本当に私デビューしたんですね」


 さっきまで湧かなかった実感が今更出てくる。

 私が決意したあの日からずっとこの日を楽しみにしていた。私が私であると証明するため、私の中のアリザワカナエを殺すための一手。


「なのに……」


 私の生活に大きな影響を与えると確信していたもの。


「なのに」


 私の望んだもの。私が渇望したもの。


「なの、に」


 うれしい



 うれしい



 けど



「何なんッ……ですかこれ……」



 私の日常疎外感は変わらなかった。





 

 



 それは私?

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