第12話 重大発表

あれから一ヶ月後、私はいつも通り大学の食堂でコーヒーを啜っていた。

 いつもと変わらない風景、いつものと変わらない味、いつものと変わらない匂い、それらすべてをボーっとしながら感じている。


 しかし1つだけ普段とは違うことがある。詩織が今日はいないのだ。


 傍から見たら私は悲しいぼっちに見えるだろう。……そうだよボッチだよ!

 だから今日はコーヒーの前に醤油ラーメンを昼ごはんとして食べた。詩織がいたら「ここで食べるよりお店行こうよ!」と言ってくるため食べれてなかったのである。


 この状況になったことは少し悲しいと感じるのが普通でだろう。

 だが私はそんなことは1ミリも思っていない。


「……楽しみですね。の一周年記念ライブ」


 今日はニーリャ・ファイブロライトの一周年記念3Dライブなのである。

 そのため詩織は講義が終わったらすぐに帰った。

 ……このライブは事前収録のはずだから別に早く帰らなくてもいいのでは?と思ったがライブ直前配信をしたいらしい。

 まぁ詩織がそうしたいならそうすればいい。それが私の意見だ。


「もうそろそろ帰りますかね」


 私の大学の講義も終了しているため、食堂から出て一直線に駅へと向かう。

 昼時だからか人は程々にしかおらず、人を気にせずにスマホを見れた。

 そのスマホの画面には一周年記念ライブの配信予約画面が写っており、下にはコメントもある。


 コメント

▷たのしみー!

▷待機

▷うおおおおおおお!!!


「……ライブって今日の午後8時からですよね?」


 まだ5時間も時間があるのにコメントを打ち込んでいるニーリャリスナーに私は少し困惑を覚える。

 でもそれほど彼女は愛されているのだろう。


 そんなことを思っているうちに駅に電車がくる。中にはほとんど人はおらず、余裕で席に座れた。

 ライブの待機の上には今やっているニーリャのライブ直前配信の待機があった。

 そちらはあと三十分で始まるので、待機のコメントが高速で流れて行っている。

 その光景を約1年で作れてるのだから彼女は本当に……愛されているのだろう


「ッ……」


 少し頭痛がしたので頭を抑える。

 友達にまでこの気持ちを向けるのは流石に嫌だ。そう思い、スマホを急いで閉じる。

 何秒か下を向いて頭痛を収めようとする。そうすると頭痛はいともたやすく消え、私は上を向く。

 周りを見て今の行動を誰も見ていないことを確認し、安堵する。こんなの見られたら不審者としか見られないだろう。

 もう1回スマホを開き、直前配信を見る。

 今度はイヤホンを繋ぎ、音有りでの視聴だ。


『本当に楽しみだよー!』

「……私も楽しみですよ。こんな重要なこと、楽しみじゃないわけないじゃないですか」


 そう、これはあなたにとって、そして大事なのこと。


 ――――――――――


「みんなー!一年間ありがとー!これからもよろしくねー!」


 大規模なライブ会場の中、オレンジ色の髪をした少女が大声でペンライトを持った観衆に語りかける。

 観衆は興奮が収まりきらない様子でペンライトやスパチャを投げている。

 これはライブ配信の中の話、オレンジ色の髪をした少女は【ニーリャ・ファイブロライト】であり、観衆とはコメント欄にいるリスナーのことである。

 ニーリャ・ファイブロライトの一周年記念配信の最後の曲は先程終わり、もうこれ以上ニーリャがすることはない。

 なのでリスナーたちは段々とこの配信から抜けていくのかと思われていた。しかし、リスナーは減るどころか増えていく。

 その疑問は1つの告知にあった。


 コメント

▷最高だったー!

▷あれ?もう終わり?重大発表はないの?

▷またニーリャのポンか?

▷公式からも発表あるってあったからポンはないと思うんだけど

▷初見です。重大発表ないんですか?


 そう。ニーリャ・ファイブロライトと公式GO!ライブ!のトイッターに告知があった【重大発表】だ。

 他のメンバーの配信でもこのような重大発表あります!は結構ある。しかし、公式からもこの発表があるのは初めてのことだ。


 コメント

▷まさか公式ポン?

▷かいさーん?

▷まさか公式ポンとは……

 

  そんな疑問がコメント欄に蔓延る中、ライブはエンディングに入り、配信が終わる……と思われていた。


 瞬間、エンディングにノイズが走る。


 コメント

▷!?おい!解散組立ち止まれ!

▷なぁにこれ

▷来たか?

▷なんか凄い演出やね

▷どんなのが来るんだろう……

▷こんなのこれまでにあった?


 ノイズはやがて収まり、画面が切り替わる。

 そこには荷物を持ってライブ会場の外に出るニーリャ・ファイブロライトがいた。

 外は夕焼けで全体がオレンジがかっている。


「今日は楽しかったなー!」


 コメント

▷これは……アニメ風じゃな?

▷アニメ化か?

▷そんな経歴を持ってるやつじゃない

▷何だ何だぁ?

 

 少女が歩いているのはタイル模様の道。ライブ会場の外のような装飾がされているが人はあまりいなく、少し寂しい感じがする。


「んーと……何処にいるんだっけ……あっ!あそこだ!」


 スマホを見ながらニーリャは周りを見渡す、途中でなにかに気づいたようでそっちの方に小走りで向かう。


「おーい!」


 その先には一台のバイクがあり、それには女性が乗っていた。

 黒のノースリーブに、青と白のスカートを履き、その下にはタイツを履いている。

 肝心の顔はヘルメットで隠されており、あまり見えない。


 コメント

▷誰だ!

▷ミサキかぁ?

▷いや貧乳だがちがう!


「いやー!助かるよー!」


 バイクのところに辿り着いたニーリャはバイクの後ろにかけてあったもう1つのヘルメットを被り、女性の腹に手を這わせ、後ろに乗る。

 それを察知した女性はバイクを出発させ、道路を進んでいく。

 ニーリャは風を体全体で受けるように顔を上に上げ、目をとじる。

 少ししたら顔をもとに戻し、運転してる女性に話しかける。


「今日のライブどうだった?」

《……えぇ、楽しかったですよ》


 コメント

▷あ

▷は

▷うおっ

▷声良すぎん?

▷すっげー気持ちいい

▷ASMR会場はここですか?

▷てゆうかこの声GOにおるっけ?

 

 初めて聞こえた女性の声に一同は唖然とする。

 その声は神秘的なほどに美しく、例外なくリスナーを虜にする。

 それと同時にこの声がGO!ライブ!の誰のでもないとわかり、困惑を極める。


「ちょっとー、その声を使うときは言ってよね!!」

「ふふっ……すみません。あと配信ではないのですから私の名前言ってもいいでしょう」


 コメント

▷え?

▷今何つった?

▷友人参戦ってま?

▷友人ファンの俺耳を疑う


 女性の顔が徐々に画面に写っていく。

 目はきれいな緑色の瞳で、髪は銀髪の見目麗しい女性。そんな女性がニーリャの配信で有名な友人だとわかり、コメント欄は唖然とする。


「そうだね。アリア!」

「えぇ。ニーリャ、これからは先輩として、宜しくお願いしますね」

「うん!……友達に先輩と言われるときついなぁ……」

「わたしのほうが2個年上ですけど」

「そんなの関係ない!」


 そこで映像は段々とフェーズアウトしていく。そして、そこからまた画像が浮き上がっていく。

 真ん中には先程の女性がヘルメットを被っていない姿が映る。

 そして右上にはその人物の名前が載っていた。


 【アリシア・アンモライト】と。 

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