第5話 お誘い

「……珍しいですね。私よりも前にいるなんて」

「それバカにしてる?」


 食堂に着いた私は第一声に率直な感想を選ぶ。その感想に対して詩織は青筋を立てた。

 午前の講義と午後の講義が終わり、殆どの人が家に帰る、または誰かとどこかに行こうとしている中、私は大学の食堂にいた。

 周りには程よいぐらいの人がおり、各々食事をとっている。

 そんな中私は詩織の対面の席に座る。


 「それで昨日はどうしたのですか?」

 「まぁまぁせかさないで!はい!コーヒー」

 「むぅ」


 私が昨日の行動の意味を探ろうとすると、それを遮るように事前に頼んであったであろうコーヒーを渡してくる。


 「そういえば叶ってコーヒーしか飲まないよねー。なんで?」


 その質問に私は答えを持っていなかった。本当になんとなくで飲んでいたのだ。


 「……なんででしょうね」

 「なにそれ自覚してないわけー?」


 ……そうですとは言えませんね。


「さぁ……」

「変なのー」


 そう言うと詩織はムスッとした顔をしながらも手元あったサンドイッチを取って口に咥える。


「んー!美味しい!ここのサンドイッチはやっぱ絶品だね!」

「……それ以外のメニューは普通ですけど」

「だよね~他のメニューもこれぐらい力を入れればいいのに」


 詩織はサンドイッチを食べ進める。先ほどの質問も忘れてるように食べている姿に少し苛立ちを覚える。


 「……いい加減教えてくれませんか?」

 「んー?何のこと?」

 「だ!か!ら!昨日のことです!」

 

 その声に反応し詩織はサンドイッチを皿に戻し、首を横に振りながら「しょうがないなー」と呟いた。

 身を前に乗り出し、私の目を何かを品定めするように見つめる。私は何か真剣な空気を感じ顔を強張らせる。

 その様子を見て何かを確信したのか詩織は体を戻す。


 「叶って声優になりたいんだよね?」

 「まぁ……でも私に向いてるのがそれだけって感じです」


 詩織が「ふむふむ」と頷く。


 「それって声が活躍できる仕事だったらなんでもいいし、プラスで得意な面があればその仕事になるってことだよね」

 「ええ……」


 私はぎこちなく頷く。その様子を見て詩織はニヤリと笑う。


 「叶さぁ……」


 詩織はどこか引き込まれる雰囲気を出しながら私に語りかける。


 「私と同じ会社……来ない?」


 ――――――――――


 「ここが……」


 翌日、私は詩織に渡された名刺の住所に向かっていた。

 住所に示されていた場所は最寄りの駅からの電車で何駅か通過し、徒歩で15分ほど歩いたところにあった。

 詩織を採用した会社だから小さめなのかな、という偏見を持っていたが結構大きめの施設であったことに驚き何分かフリーズする。

 

 「……よし」


 しかしこうしていては何にもならないと心の中で思い、意を決して中に入る。

 中は至ってシンプルな作りになっており、混乱せずに事が運んだ。

 まず入った目の前の受付の人に事情を伝えると「あっ有澤叶さんですねー」と答えてくれ、立ち入り許可証をあっさりくれた。

 奥のエレベーターから2階に上がり、応接室1に行くように言われたので素直に従う。

 途中で私服の社員さんとかに会ったりしたがなんとか応接室の前までたどり着くことができた。


「結局ここはなんの会社なのでしょう?」


 実を言うと私はこの会社について事前調べもなしに来ていた。

 まぁその理由は詩織が「別に調べなくてもいいよー」と言ってきたからなのだが……


「失礼します……」


 中に入るとそこには対面でおいてあるソファが2つ、その間にテーブルがあり、部屋の隅には植木鉢があった。

 それ以外の装飾といえば壁に貼られたポスターだけでなんとも……まぁ……シンプルな部屋だった。

 そんなことを思っているとテーブルの上に何かが置いてあることに気づく。

 

「[読んでおいてください]ですか」


 置いてあったのは2つ。[読んでおいてください]と書いてあった紙となにかのパンフレットだ。

 これ以外に特に何も用意されていなかったのでパンフレットを読めということなのだろう。

 そう思い、私はパンフレットを手に取る。


「[貴方も憧れの姿に!GO!ライブ!]……」


 パンフレットを開き、中身を拝見する。

 そこには何人かの女性キャラクターが乗っており、みんなこっちを笑顔見ている。


「アニメ会社かなにかですかね?」


 そう思いパラパラっとページを飛ばして読むと その女性たちがライブ会場みたいなとこで歌ってる写真も発見した。


「ふぅ……」


 ますますここがなんの会社かわからなくなった私は一旦パンフレットを置き、深呼吸をする。

 キャラクターの画像ってことはやはり声優関係?あんなに声優じゃなくて別の仕事ってアピールしてたのに?

 そんなことを思いながら私はまたパンフレットを読もうと手を伸ばす。


「失礼するよ」


 そんなときに部屋のドアが開き、そこから人が二人入ってきた。

 一人は長身の男性。カリスマ感溢れる男性で黒髪。目は少し鋭い。

 もう一人は書類を持っている女性。いかにも美人秘書!という感じで茶髪ロング。

 そんな2人に目を取られわたしは……少し硬直してしまうが挨拶をしなければと思い即座に体勢を立て直す。


「初めまして。井澤詩織さんからの紹介で訪問させていただきました。有澤叶です」


 男性と女性に向かって丁寧にお辞儀をする。そうすると男性の方は意外な表情を作った。

 

「おや。ニーリャくんが紹介してきた子だからもう少しはっちゃけてると思ったら清楚系とは……」

「それは少し偏見が過ぎますよ」


 女性の方が呆れ顔で隣の男性を軽く咎める。それを男性は「ハハッ。すまないね」と流しながら私の目の前には座る。


「僕は田村井久たむらいくと言う。いちようこの会社の社長を務めているものだ。よろしく」

古鉄美里ふるがねみさとです。社長秘書をしています」

「あっはい……よろしくお願いしま……」


 ん?今この人たちなんて言った?


「えっと……社長……?」

「うん。そうだよ」


 ……え?


「えぇぇぇぇぇ!?」

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