第4話 違う私
「もー!その声使うときはなんか合図してよねー!びっくりしたんだから!」
「すみません……」
さっき乗ったであろう電車が線路を走る音を鳴らしてる中、私達は家の最寄り駅の北口でそんな会話をしていた。
「貴方の声は心構えなしに聞くと頭空っぽになっちゃうぐらい美声なんだからこれからは教えてよね!」
「はい……」
「頭が空っぽになっちゃうぐらい美声」これはホントのことなんだろう。
その理由として、あの声を出した電車を降りる直後から改札を出るまで私達の間では一切会話がなかった。
気まずさを感じていながらも詩織はそっぽを向いているし、どうにも話しかけづらかった。
「ったく……こんな美声があったなんて貴方に出会うまでは信じもしなかったよ」
「……そう」
詩織の言葉に私は適当に返事をしてしまう。私の生い立ちを覚えてないから以上、私はこの声が天性のものなのか、それともあの事件で手に入れたものなのかは私にもわからない。
だからこれを誇ってもいいのか私も迷っているんだ。
「……叶は声優になりたいの?」
ふいに詩織がそんな質問を投げてくる。
「いえ……今の私にはこの道しかないと思ったので……」
そう答えると詩織は顎に手を当てた。
「それって声以外の理由ある?」
「……声だけですよ。理由は」
「ふむふむ」
私が答えると詩織はスマホをいじり始める。何かをタップしたと思ったらこっちを向き視線向け口を開く。
「声優って演技とかいると思うけど自信ある?」
「やったことないのでわかりませんよ」
「声優界に知り合いとかいるの?」
「いません」
そんな質問攻めが五分ぐらい続いたと思ったら、詩織はスマホに視線を戻し操作し始める。
「あの……どうしt」
「よし!」
「うひゃあ!?」
その様子に疑問感を持ち首をかしげると詩織が急にこちらを向く。それに驚き私はそっとんきょうなこえを出してしまった。
「今日はちょっと帰るね!じゃ!」
「さ……さようなら?」
詩織がこっち走りながら手を振ってくる。詩織の行動のスピードに追いつけなくて私は困惑の色を醸し出しながら手を振る。
「何だったのでしょう……?」
詩織の行動の意味を考えてみる。しかしどうにも分からない。
結局何もわからないまま私は自分の家の方向を向く。
「ッ……」
急に襲ってきた倦怠感でフラッとしたが、踏みとどまる。体の体勢を整え私は歩き始めた。
――――――――――
「……」
静かに鍵を捻り、ドアを開ける。
いつもと変わらない部屋が私を出迎え、音は決してない。光源は薄いカーテンから来る微妙な日光しかなく、部屋はどこか儚い空気をまとっている。
私は寝室に入り、そこにあるロッカーの前に行く。ロッカーの中の部屋着に着替え、乱雑に脱ぎ捨てた私服を持ち、脱衣所の洗濯機に放り込んだ。
台所にある
「何やってるんですかね私」
ふと思いつくのは今までの私。何かにビクビクしながら信頼している友達とも敬語を使い、微妙に距離を置いている。
私の標準語が敬語なのは理解しているが、私自身の認識で疎遠にしているなぁと思っているのだ。
「……もういいや。寝ましょう」
そのまま瞼を閉じ意識を沈ませる。脳内には幾つもの情景が湧いてくる。
詩織と話している――私。
違う
大学の教授を聞いてノートを取っている――わたし。
違う
大学のサークルに入りと切磋琢磨している――ワタシ。
それは
詩織以外にも友達を作っている――
それ、は
そして私のほうに向き普通の声で「――――」と言ってくる――
「ぅ……」
そこで目を覚ました私はおもむろに起き上がる。時計を見ると先ほどから1時間しか経っていない。
私はソファから降り、ふらふらとした足取りで台所に向かう。
棚からコップを取り出し蛇口をひねって水を出す。コップに水を注ぎ一気に飲み干した。
刹那、先程の記憶がよみがえる。
「うっ……」
吐き気がこみ上げてき、思わずソレを流しに吐き出してしまう。
「う……うぇ」
自分で吐き出したソレにまた吐き気を覚え、口を抑える。
私のこの症状が現れたのはあの悪夢と高校生以前の私について考えた時だ。
私の前世の記憶の終わりは死亡の瞬間。だから前世の私は確定で死んでいる。そしてその記憶があるのは多分交通事故以来で高校生以前にはなかったのだろう。
これは私の部屋からそういう痕跡がなかったことから予想した。
そこで私は1つの可能性に行き着いた。
――前世の私がこの体に入り込んだことで今世のわたしが搔き消えたのでは?
私はこの世界にいていいのだろうか。この世界から疎外されているのではないか。私はこの世界から消えるのを望まれているのではないか。
そして元の人格が戻り、私は一時の敵として誰にも刻まれずに消えていくのではないのだろうか。
そんな考えが私の中で渦巻き始めたころに
「ッ……ぁ……」
いやな想像をしさらに気分が悪くなったから、台所で睡眠薬を服用する。そのままソファに向かい、寝転がった。
今度は目を閉じてその上から光が入らないように腕をかぶせる。
徐々に薬が効き始めたのか眠気が襲ってきた。
「ん……」
その眠気に乗るように意識を沈めていく。意識が徐々に薄れていき思考もシャットダウンしていく。
あぁ……今回はいい夢が見られそうだ。
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