第3話 友達

「ふぅ……」


 大学内にあるちょっとお洒落な食堂で私こと有澤叶はため息をつく。

 今は昼過ぎ。今日の大学の授業は午前に詰め込んでいたので午後は大学にいる必要はない。だからここで昼ごはんを取ったあとは自宅に帰ろうと計画していた。


「まだですかね……」


 今日の大学登校時にある人から声をかけられ、ここで待ち合わせの約束をしてしまった。

 その人に合うこと自体は嫌ではなく、むしろ好感を持っている。だが、私の生活ではあまり睡眠時間が取れておらず、昼に帰って夕方まで寝ることで健康を保ってると言っていい。

 正直、眠いから早く帰りたいのだ。


「……遅いですね……」


 今は2時半。約束の2時はとっくに過ぎており、私は不安を募らせていた。

 そこにカッカッカッと足音を鳴らしながら駆け足でよってくる人物がいた。


「ご、ごっめーん!遅くなっちゃァ……」

「30分遅刻ですよ詩織。ちゃんとしてください」


 ――――――――――

 

 【井澤詩織】

 性格はとにかく明るい。元気でないとこは見たことがなく、なりふり構わず人と接している。

 見た目は黒髪黒目の腰ぐらいまでのロングで美形。高校時代はモテモテだったらしく、男の避け方には慣れているよう。


 そんな彼女とは大学入学時に出会った。


 出来事は大学の入学式。そのときにはもう悪夢にうなされ、睡眠もろくに取れなかった。そんなけんこうじょうたいで入学式とかいう長時間の苦痛を味わえばどうなるかは目前で見事に式中にぶっ倒れた。

 そのとき医務室に連れてきてくれたのが井澤詩織だった。


「ん……」

「あっ!目が覚めたんだね!よかったー……」


 知らない天井を見て、病院で目覚めたことを思い出してしまい、喉にゆっくり手を当てる。補佐器具がないことから喉の異常じゃないことに安堵しつつ、先程の声の主の方を見る。

 看護師ではないし、私服のところを見て病院ではなく、大学の医務室だということを再確認し、目の前の詩織に声をかけた。


「……私、式中に倒れたのですか?」

「んふっ!?」


 私が話しかけると詩織は変な声を上げ、頬を薄く紅潮させる。

 どうしたのだろうかと見ていたものの、原因は私にあるとすぐに気づく。

 看護師からも指摘された神秘的な美声。それが彼女をこうさせたのだろう。いつもは声を少し変え、そんな若干いい声というほどにしているが、今は少し油断してしまい。素の声で喋ってしまった。


「あの……」

「はわぁ……ん!?いや!なんでもないよ!」


 いや「はわぁ……」は誤魔化しきれないと思いますけども。


「えぇ~と……そうそう!貴方入学式の最中に倒れちゃったんだよ!」

「え、えぇ……迷惑かけてすみません……」

「いやいや。当然のことをしただけだから大丈夫だよ!」


 そう言うと彼女は両手を振りながらそっぽを向く。


「医務の人が言うには寝不足が原因だって!ちゃんと寝なきゃだめだよ?」

「……そうですね」


 私は睡眠不足の原因である悪夢を思い出してし、とっさに下を向く。

 それを見た彼女は心配そうに私の顔を覗いてくる。


「どうしたの?」

「……いえ。なんでもありません」


 その様子を察した私はとっさに顔を上げ、彼女の顔を見る。

 ベッドから起き上がり、彼女の前に立つ。私は一度彼女に向かって礼をし、ドアの方に向かった。

 

「それでは。私はこれで」

「ま、待って!」


 部屋の外に出ようとする私を彼女が止める。


「貴方!名前は?」

「……有澤叶です」


 そう言うと彼女はニッコリと笑い……


「私は井澤詩織!これからよろしくね!」


 私の手を強く握りしめた。


 ――――――――――


 「しっかしあの教授延長しすぎだよー!だからはげてんだろうねー!」

 「禿は関係ないのでは?」


 食堂で集まった後、私と詩織は一緒に自宅へと向かっていた。

 入学式以来、私達は友達として付き合っている。大学で出来た初めての友達であり、今の私にとっての一番信頼できる存在。詩織はほかにも友達入るかもしれないが、私は親友と思っている。

 

「ねね。叶」

 

 私が改札に入ると先に改札をくぐっていた詩織が話しかけてきた。

 私は詩織の眼を見ることで反応すると詩織はオレンジジュースのストローを咥えながら、こっちの眼を見返してくる。

 私は何だろうと首をかしげ、手に持っていたコーヒーに口をつけると詩織は口を開いた。


 「叶はどんな会社に入るか決めた?」

 「ブフッ!?」


 予想外の質問に私は思わずコーヒーを吹き出してしまう。


 「だ、大丈夫!?」

 「え、えぇ問題ありません……」


 何回か咳き込み、気管に入ったコーヒーを出した。その後、服についたコーヒーをハンカチでふき取り、深呼吸を1、2回する。気持ちがだんだん落ち着いてきたので詩織に話しかける。


 「何故そんな質問を?私たちまだ二年生でしょう」

 「そんなこと言ったってもう大学二年生だよ?確かに大学生活で見れば中間だけどこれまでで見れば終盤も終盤だよー!」

 「むぅ……」


 それを言ったら終わりでしょうに……そんな言葉が頭に浮かんだがそれ以上に納得してしまう。私は高校生以前の記憶を失っているが就職はそれを考慮してくれない。

 腕を組み、頭をフル回転させるが自分の入りたい会社が思いつかない。


 「……詩織は決まっているのですか?」

 「私はもう実質内定みたいなのもらってるからー」

 「なぬ!?」


 これには本当に驚いた。詩織のことだから就活ギリギリで内定もらうタイプだと思っていたのに……。


 「……今失礼なこと考えなかったー?」

 「なんで心の声読めるんですか?」

 「あっ……電車来たよー」


 そんなやり取りをしてると左から電車が来た。その電車に乗り、一番近い椅子に座る。電車の中は昼時だからか、人はほとんどいなかった。


 「んでんでどうなのー?」

 「まだ考えてませんよ。」

 「えぇ!?なんでー?別にいま確定させろってことじゃないよー?」

 「あなたが言いますかそれ!?」


 1回息を吐きだし、コーヒーを飲み、のどを潤す。


 「好きなこととかじゃなくても得意なこととかで考えてみたらー?」

 「得意なこと?」


 その言葉をもとにもう一度考え直す。私の得意なことと言っても私は記憶がない。これまでの生活にも特段特別なことも見いだせない。

 電車のスピーカーから「次は――駅」と言う声が流れる。そこで私はふと思いつく。


 「あ……」

 「?」


 そうだ。私にはこの武器がある。この武器しかない。


 「私、声優になる」

 「え?なんで?」

 「なんでって……」


 私は声のフィルターを外し、詩織の眼を見て告げる。


《私にはこの声しか無いから》


 どこからか息を吞む音が聞こえた。

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