第2話 交通事故
私【有澤叶】は交通事故にあった……らしい。
一般自動車による信号無視による人身事故。その唯一の被害者が私。現場は悲惨だったらしい。車は凹み、私は衝撃によって道路に突っ伏していた。何より酷かったのは
しかし私は奇跡的に生き残った。細胞の回復スピードが尋常じゃないほどに早まったらしい。
私が起き上がったとき、医者は目玉が飛び出るのではないかというほど目をがん開きにし、隣りにいた看護師は危うく点滴を落としそうになるほど驚愕していた。
喉の声帯は治っておらず気管も不安定だったため喉の補佐器具は取れなかったがまず意識が戻ること自体ありえないのだろうと言われていたのだ。それはそうなる。
次に病室に入ってきたのは加害者だった。
加害者は私が死亡したものだと思い、牢屋に入る覚悟をしていたが私が目覚めたという知らせを聞いて急いで病室に来たらしい。もちろん賠償金は払ってもらったが加害者は
「良かったッ!人殺しにならなくて……良かった……」
と言っていた。あのときの涙は未だに印象に残っている。
その出来事以外で印象に残ってることはない。逆に親が来ないこと、あと友達とかも来ないことは印象に残った。
私が目を覚ました一週間後、補佐器具はすんなり取れた。その時の医者はどこか安堵したような雰囲気を醸し出しつつ私に色々な質問をしてきた。「体に違和感はありませんか?」「自分の名前と年齢、職業は?」「呼吸に違和感とか……」
しかし私はどれも答えることができなかった。なぜなら自分の今の状況が分からないから。そう……
「あの……名前……思い出せないんですが……」
記憶がまったくなかった。
――――――――――
その後のことはあまり覚えていない。
普通に喉のリハビリをして、体を動かして、食事を摂るだけの日々。医師の助言に従い健康的な生活を病院内で送りながら回復を待った。
回復には一ヶ月かかり、その間はずっと窓の外を見ていた気がする。
退院日当日、看護師さんから声をかけられた。
「退院おめでとうございます」
「あ……ありがとうございます」
急に話しかけられてちょっと驚いたが看護師さんは笑顔でこちらに話しかけてくる。
「あの怪我からの復帰には本当に驚きました。調子が悪くなったらすぐに来てくださいね」
そう言いながら病院の連絡先が書かれたメモを渡してくる。それを私はぎこちない仕草で受け取り、ポケットにしまう。
この人からは結構話しかけられたなぁ……と思いながら看護師さんの話を聞いていると1つ気になることを言っていた。
「しかし、有澤さんの声が毎日聞けなくなるってなるのは残念です」
「……はい?」
「?」
「いや……なんで私の声が聞けなくなると残念なのですか?その……名残惜しさを表現するためだったら聞き返して申し訳ないのですが、その……言い方になんか違和感があったので」
私は思わず違和感を感じたところを指摘してしまう。少し失礼だったかなと後悔しながら相手を見ると、相手はちょっと困った笑顔を浮かべながら首を傾げている。
「え?だって貴方の声すごくキレイじゃないですか!最初に聞いたときは頭が真っ白になりましたよ。内容はマイナスでしたけど……」
そういうと看護師さんはフフッと薄っすら笑いを浮かべた。
――――――――――
その後、私は財布に入っていた住所が書かれた紙を手掛かりに自宅へたどり着いた。
「ここが私の……家?」
簡素な10階建てのマンションの一室。住所どおりの家に着いたが、私はその家に親近感を抱くのではなく、むしろ違和感を抱いてしまう。
「……ふぅ」
鍵穴にカギをいれ一度深呼吸をする。今一度この家に関することを思い出そうとするも、何一つ浮かばない。思い出すのをあきらめた私はゆっくり手の中のかぎを捻る。
「ッ……!」
カチッ……と軽快な音が鳴り、ドアの錠を空いたのを知らせてくる。私はゆっくりと家のドアを開け、中に入る。
「……そっかぁ」
そこは簡素なソファとパソコン、テーブルが印象着く部屋だった。それ以外は特に装飾もされておらず、シンプルな部屋。
私が前に住んでいた部屋。誰しもが安心するであろうマイホーム。
だけど私は。
「なにもかも……見覚えがない……」
この世界からの疎外感しか感じられなかった。
――――――――――
あの日から一年。私はずっと悪夢を見続けている。でも大学をおろそかにするわけにはいかず、寝不足ながらも二度寝はせず大学に行っている。友達からはそのせいでクマができていると何度も言われているが、解決のしようがないので聞き流している。
「もうそろそろ家でないと……」
時間は8時を過ぎており、時間的にも登校しなければいけない時間になっている。私はゆったりとソファから起き上がり、玄関に向かう。
玄関前に用意してあったバックを背負い靴を履く。ドアに手をかけ外に出ようとするが一瞬あしがとまる。
自分の部屋を一瞥し、言葉を口にしようとするがそこで口ごもってしまう。
「……」
ドアを開け外に出て鍵を閉める。結局私は家を無言で出てしまった。下に降りるためのエレベーターに乗りエントランスを出る。
ふと空を見上げると、そこには気持ち悪いぐらい当たり前の青い空があった。
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