第8話 何かを待つ後輩

 もう人の気配がなくなった学校。


「遅かったですね」


 そこに珍しく、俺のことを待っている人がいた。


「ちょっと先生に資料運ぶの手伝わされてな。桃華はそんなことろで何してるんだ?」


「……誰の下駄箱の前にいると思ってるんですか」


 俺の下駄箱の前だな。


「なるほどなるほど」

 

 一緒に帰りたかったってわけか。

 

 早めにそう言ってくれたら、先生の頼みなんて断ってたのに。

 

「先輩。まさか先生に運ぶの手伝わされたと嘘をついて、女とイチャコラしてたわけじゃ……」


「俺をなんだと思ってる? 異性の知り合いは桃華しかいないんだぞ」


「この前は意地を張ってたのに……。恥ずかしくないんですか? 自分で言って悲しくないんですか?」


「う、うるせぇ」


 いつものようにからかわれながらも、一緒に帰ることになった。

 

 異性と二人で下校、と言ったら甘酸っぱい青春の1ページになるのが普通。でも、俺たちはそうならない。

 こうして二人で一緒に帰ることは度々あるが、散々からかわれ俺が家につく頃にはイライラゲージがマックスになっているのだ。

 

 甘酸っぱい青春なんて、俺たちの前じゃ遠い存在。


 そう思っていた。


「「…………」」


 なんで桃華、一言も喋らないんだ!?

 

 お互い様子をうかがって、目があったら逸らす。

 これじゃあまるで甘酸っぱい青春の1ページじゃないか。

 嫌ってわけじゃないけど。

 桃華の様子がおかしい。

 

「あのさ、何かあったの?」


「なにもないです」


 桃華は不機嫌そうにぷいっと顔をそらしてしまった。

 女性経験0の俺でも、今の質問が良くなかったとわかる。でも、何が良くなかったか検討もつかん。

 

 なんか……気のせいかもしれないけど、何かを待ってる気がする。それも、ものすごく大切な何かを。

 多分、この言葉にできない空気もそのせいだ。


 待たせるようなこと。待たせるようなこと。

 

 ラインか?


 俺はすぐさまスマホを取り出しラインを見たが、何も来てなかった。


「そんな大切なラインなんですか?」


 ちょっと悲しげな顔を向けてきた。


「いやいや。桃華からのライン、またスルーしてるんじゃないかって確認しただけ」


「へぇーそうですか」


 次はちょっと嬉しそうな顔になった。


 表情は変わってるけど、これではない。

 思い出せ。最近待たせるようなことを約束したのはなんだ?

 

「嘘告」


 これだ。

 嘘告中、返事を今度するとか言った気がする。

 てっきりあれはそのまま終わったものだと思ってたけど、まだ続いてたのか。


「桃華。返事を聞きたいんだろ?」


「っ!」


 ビクッと体を震わせた。


 どうやら当たりらしい。


「ずっと考えた結果……」


 俺は桃華の目を力強く見て、


「ごめん」


 断った。


「恋愛対象として見たことないんだ。返事を言うまでの間、恋愛対象として見ようとしたが……無理だった。ごめん」


「そう、ですか。そう……ですか……」


 ちゃんと断る理由までつけた。満足してくれるだろう。


 俺はこれで元に戻るのかと思っていたが。

 

「うっうっうっ」


 目から透明な液体を流し始めた。

 

 これを演技と思うほど、俺は鈍感じゃない。

 本物の感情がこもった涙だ。


「ごめっ、ごめんなしゃい。わっわっ私、用事思い出しっ、たので」

 

 俺に質問する間をくれず。

 桃華は空き教室から飛び出て行ったときのように、俺のもとから去ってしまった。


「…………」


 突然のことで頭の整理ができない。


 でも、唯一これだけはわかる。


 俺はなにか大切なことを勘違いしてるかもしれない。

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