第一話 『お隣の席のギャルは幼なじみの義妹だそうです!』(前編)

 朱音あかねの驚くべき相談から二日後。


 新学期を迎えたオレは新しいクラスを確認するために、正門の奥にある、大きな掲示板へ向かっている。


 本日は快晴、雲がひとつもない日本晴れ。

 天気がいいからなのか? それとも新生活への不安や恐れを誤魔化すためなのか? どちらにせよ、多くの在校生たちはいつも以上にテンションが高く、楽しそうな会話を交えながら、掲示板の方へ向かっていた。


 その逆に新入生の一年生たちは、昨日、入学式でクラス分けなどを済ませているようで、掲示板をスルーして、そのまま校舎へ向かっていく。


 そして、オレも掲示板の前へ来た。

 たどり着いたまではいいのだが……掲示板の前には、在校生たちの大きな人垣が出来ていた。

 この生徒たちかきわけて、自身のクラスを確認するのは至難の業だな。

 素直に白状すると、このまま回れ右をして、我が家へ帰宅し、アニメ鑑賞をしたいのだが、残念なことに学生にその選択肢はなく、否応なくあの集団の中に飛び込まなければならない。

 

 さて、どうしたものか? そんなことを考えていたら、背後から「――和泉生徒会

 長だぁ!」という女子生徒の黄色い声が響いた。


 振り返ると、ひらひら舞い散る桜を背に、並木道を英姿颯爽えいしさっそうとした足取りでこちらへ向かって歩く和泉朱音いずみあかねがいた。

 

 新入生たちはその場で足を止め、凛とした表情をしている和泉朱音をじっと目で追う。

 そして、

「やっぱり、すげぇー美人!!! 俺の彼女とはレベルが違いすぎる!!!」

「紺のセーラー服、似合いすぎだろ……」

「……本当にまるで、お姫さまのようだ……」

「俺、昨日の生徒会長の歓迎挨拶でめちゃ感動したよ。この学校を選んでよかったと心底思えた!」

「あれだろ? 『ニョキ・ピョンのきずな』ってドラマに出ていた天才子役だろ?」

「え!? じゃあ、芸能人!? あの人、リアル芸能人なの???」

「なるほど。だから、私たちとはオーラが違うんだ!」

「私も生徒会長みたいにワンポイントの三つ編みを真似てみようかな?」

 新入生たちが朱音を見て、賞賛の言葉で称えている。


 まあ、幼なじみの贔屓目ひいきめを抜いても、和泉朱音の容姿はまごうことなき美少女で間違いない。

 だから、誰もが彼女に見とれてしまうのは無理がないことだろう。


 母親譲りの、りんごのように真っ赤で長い髪に、きりりとした鋭い瞳。

 雪のように白い肌に、知性を感じる顔立ち。

 それでいて、スタイルもモデル顔負けで、運動神経もよくて、性格もそこまで破綻していない。

 なによりも、天才子役という、並の美人では逆立ちしても敵わない、輝かしい功績を持っている。


 はっきり言って、オレの幼なじみは反則級のスペックの持ち主だ。

 まさに非の打ち所がないとは朱音のためにある言葉だとオレは思う。


 白状すると、鼻が高い反面、この幼なじみと同性でなくてよかったと心底思う。

 同性なら間違いなく、オレは朱音に劣等感を抱いていたと自信を持って宣言できる。

 まあ、それでもですね……アイツも人間なので、当然ながら、人並みの部分は存在していたりするのです。


「ホント、理想そのものだよな。、顔もとびきりの美人。あんな人を恋人にしてみたいよ」

「和泉会長の胸、何カップあるんだろうな?」

「あれは、たぶんEカップはあるな……」

 とっても、男子生徒らしいゲスな会話が、オレの耳に届く。

 さて、和泉会長のお胸は何カップあるんだろうね?


 オレは幼なじみの胸をじっと見つめる。

 ご本人の自己申告では、胸のサイズ、Dカップ以上あるらしい。

 確かに、あの膨らみなら、Dカップ以上あるように見える。

 ――だが、騙されてはいけない。

 あの膨らみは、和泉朱音の得意忍術『血々不夜栖ちちふやす』だ。 

 『血々不夜栖ちちふやす』とはその名の通り、シリコンパッドなどで、小さき胸をあたかも大きな胸のように見せる、姑息極まりない忍術のことだ。

 まさか、清廉潔白で有名な和泉生徒会長様が、実はスゲー見栄っ張りな女子だということを知る由もないだろう。


 まあ、朱音の胸のサイズはさておき、新しい妹の年齢が離れていて、本当によかったなと思う。

 年の近い姉がこんなデタラメなスペックをしていたら、比べたりして、絶望してもおかしくはない。

 

 まあ、そんな感じだからか、美人の幼なじみはどこに行っても、よく目立つ。

 そんな、誰もが羨む容姿の持ち主は、目がハートマークになっている女子生徒たちに囲まれていた。

 ちなみに、朱音は女子高生の身長平均より十センチほど高いので、囲んでいる女の子の中で一番高く、誰よりも目立っていた。


「相変わらず、モテモテな奴だな」

 学校では極力、オレから朱音に声をかけないようにしている。

 別に卑屈になっている訳ではない。

 朱音に近づいたり、声をかけようものなら、いま彼女を囲んでいる『朱音親衛隊』と呼ばれている超過激派の連中に、武器を持って追い回されるからだ。


 …………そういえば、新しい家族とは上手くやれたのだろうか?

 初日から、オレが介入するのもどうかと思ったので、昨日は静観することにした。

 それでも、なんだかんだ心配はしていたので、昨日の夜にラインで【新しい家族はどうだった?】と短いメッセージを朱音に送ったんだが、スマホには既読すらつくことがなかった。

 基本的にすぐ返事を返す律儀な奴なんだけど……それができないぐらい忙しかったのだろうか? 

 まあ、お隣の和泉家から、小さな女の子の笑い声が聞こえてきたんだ。

 きっと、楽しい一日が過ごせたのだろう。


 そんな朱音は親衛隊から、新しいクラスの情報を教えてもらえたようで、掲示板を無視して、そのまま昇降口へ向かって行った。


「さて、オレはなん組みだろうか?」

「――テメェはF組だぞ」

 またも背後から女の子の声が聞こえた。

 当然ながら、声がした方を振り返る。

 振り返った先には、どこからどう見ても、学ランを着た茶髪の女の子にしか見えない野郎が腕を組んで立っていた。


 この口の悪い彼の名前は王寺一馬おうじかずま

 中学の時からの悪友で、中性的な容姿をしているのが特徴だ。

 ちなみに、手品がとても得意な従兄弟いとこのお兄ちゃんがいるらしい。


「王寺は相変わらず口がわりぃな……」

「うるせぇ! テメェも相変わらず学ランの下はパーカーだな」

「これがオレのトレードマークだからな」

 ちなみにこの友人の言葉通り、オレはいつも学ランの下に萌えアニメのパーカーを着ている。

 そう、この赤いパーカーがオレの特徴だと言っても過言ではない。


「ちなみに、和泉と近田はC組だぞ」

「そっか、朱音とは、はじめて違うクラスになったな」

 まさか、小学校からずっと同じクラスだった記録がここで途絶えるとは……。

「とりあえず、新しい教室へ行くぞ」

「だな」


 そして、オレと王寺は昇降口へ向かう。

 下駄箱の扉を軽く叩き、カギで扉を開き、黒のローファーから、上履きへ履き替え、そのまま教室へ向かうと思っていたのだが……黒髪の女の子が視界に入る。

 何故かオレは、カギを持って、一年生の下駄箱の前でオロオロと焦っている女の子が気になった。

「おい、どうした?」

「わりぃ! 先に行ってくれ!」

 そんなオレの言葉に王寺は怪訝な顔をしながらも、オレを置いて新しい教室へ向かって行く。


 そして、オレはその髪を二つ結びしている女の子に近づき、

「どうかした?」

 めずらしく、自分から声をかけた。

 見た感じ、真面目でおとなしそうな子だな。

 少し地味だけど、間違いなく可憐という言葉がぴったりな容姿をしている。

 うん、この子、朱音とは違うベクトルで、かわいいルックスをしているな。


 そして、何よりも……赤髪の幼なじみなど、足下にも及ばないほどのものが、胸に二つ付いていた。

 これが、正真正銘の巨乳というやつか……。と、これ以上、彼女の胸を見るのは、めちゃくちゃ失礼だ。


 もちろん、その女の子はオレを見つめ、これでもかと警戒をしていた。……胸をチラ見していたのが、バレてしまったか?

「ごめんなさい。困っているように見えたから、先輩として、君に声をかけました」


 別にかわいい女の子だから、口説く目的でこの後輩に声をかけた訳ではない。

「もしかして、カギが入らない?」

 オレの問いに女の子はコクコクと何度も頷く。

 やっぱり、下駄箱の扉のカギが閉まらなくて、困っていたようだ。


「……カギを突っ込みまえに、こうして、カギ穴の場所を軽く叩く。そうすればカギがちゃんと入って、扉の開け閉めできるよ」

 女の子の前で、実演する。

「ほら、カギ突っ込んでみて」 

 女の子は恐る恐る、カギ穴にカギを突っ込み、

「あっ! 本当だ、上手く入った……」

「下駄箱、古いから立て付けが悪くなっているんだよ」

 オレが使っている下駄箱も古く、この子と同じように調子が悪い。

 

 そんな女の子はオレを見つめて、

「……あ、ありがとうございました」と、何度もペコペコとオレにお辞儀をした。

 なんだろうか? この守ってあげたくなる、健気で儚い子は……。


「じゃあ、オレは新しいクラスへ行くから」

  かわいい後輩にオレは軽く手を振り、この場を後にした。


 そして、2年F組の教室にたどり着いたオレは正面の黒板に書かれている自分の席を確認する。

  ……どうやら、窓際の1番後ろがオレの席らしい。

 ちなみ、オレの前の席が王寺一馬だった。


 そんな、オレは腕を組んで、オレをにらみつける王寺と目が合い、

「……匠海が俺の席の後ろかよ」

「みたいだな。まあ、次の席替えまでは、よろし……く……」

  ――言葉が詰まった。


 とある金髪の女の子に目が奪われて、言葉の続きが出てこなくなった。

 オレの目を奪った、その子はとにかく可愛かった。とにかく美しかった。

 金髪のゆるふわウェーブに、顔立ちは人形のように綺麗で整っている。

 左の耳には大きなリングタイプのピアス。

 手の爪も、いかにもって、ネイルがしてある。

 あと、さっきの後輩ほどではないが、なかなかサイズの胸の持ち主だな。

 ……まあなんだ、どの角度から、どう見ても、まごうことなき、エロギャルだ。

 だって、紺色のセーラー服を着崩し、短いスカート丈に、腰にはギャルの象徴と言っても過言ではないカーディガンが巻かれているのだから。

 これをギャルと言わず、何をギャルと呼ぶのだろうか。

 そう思えるぐらい、お隣の席で、足を組んでいる女の子はギャルそのものだった。


 しかし、うちの学校にこんなエロいギャルっていたっけ???

 少なくとも、オレの記憶の中には存在していない。

 あれか!? 一年遅れの高校デビューってやつか!?

 それか、転入生か? 転入生なのか???

 それなら、今までこの学園で、見かけたことがなくても納得できる……。

 とにかく、オレはこの女の子をまったく知らない。

 それはオレ以外の生徒たちも同じようで、みんな白ギャルをジロジロと好奇な目で見ていた。


 そんな白ギャルと目が合う。

「あたしになにか用かな? パーカー君」

「……パーカー君? もしかして、それってオレのこと?」

「だって、赤いパーカーを着てるじゃん」

 ええ、その通り、オレこそがパーカーで『地獄からの使者――スパイダーマッ!」って、これはピーター・パーカーではない方のだった。

「そんなことよりも――」

 ――君は誰だ? そう、質問しようとしたら、チャイムが鳴った。


「おい、立っているバカは今すぐ、自分の席に座れ!」

 女教師が二人現れた。

 そして、担任と副担任が簡潔な自己紹介が終わり、

「じゃあ、次は一人ずつ自己紹介していこうか」

 窓際の方から一人ずつ自己紹介していく。

 そして、王寺の箸にも棒にもかからない、普通の自己紹介が終わり、オレの番が回ってきた。

 オレは立ち上がり、

大和匠海やまとたくみです。皆さん、ご存じでしょうが、むかし子役をやっていました。趣味はアニメ、ラノベ、マンガ、ゲーム、フィギュア等のオタクグッズを集めることです。よければ、オレが厳選した、今期のアニメ・ランキング、ベスト10を語らせて――」

「――つぎ」

「――先生、せめて、今期のオレの嫁さんだけでも、紹介をさせ――」

「――はい、つぎ」

 お、おお……。す、スルーされた。

 オレはがくりと肩を落とし、席についた。

「うん?」

 何故か、隣の席のギャルが驚いていた。

 うんん? もしかして、このギャル、オレが厳選した、今期のアニメ・ランキングがそんなに気になったのか? 

 だとしたら、大変だ。あとでこっそり教えてやろう。


 そんなことを考えていたら、いつの間にか、隣のギャルの自己紹介の順番がきた。

 そして、彼女すっと立ち上がり、


和泉凛子いずみりんこです。趣味は音楽鑑賞。よろしく」

 と、めちゃくちゃ簡潔な自己紹介をし――――えっ!? …………うん!? 今、このギャル、……って、言ったよな???

 和泉といえば、オレの幼なじみと同じ苗字だぞ……。

 あれ!? この学校に朱音以外で和泉って苗字の生徒はいたか???


 そんなギャルは頬杖をつき、小悪魔のような笑みを浮かべ、オレを見つめて。

 そして、

「――久しぶりだね、


 え!? はぁ!? お、お兄ちゃん???

 …………いったい、どういうことだ???

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