隣の和泉さんと結婚するまでのお話!それで、お兄ちゃんは幼なじみと義妹どっちと結婚するの!?

ニャンコの穴

プロローグ 幼なじみに赤ちゃんができたそうです!

「――匠海たくみ、赤ちゃんができた……」


 その日、オレはお隣に住んでいる、幼なじみの和泉朱音いずみあかねに『大事な報告がある』と電話で呼び出されたので、約束の夕方に和泉家の自宅にお邪魔をしていた。

 白状すると、この時のオレは幼なじみの大事な報告とやらの内容を完全にナメていた。

 どうせ、この前、拾ってきた黒猫が自分になつかないとか、スマホが故障したとか、そんな取るに足らない、些細な相談内容だろうと思い込んでいた。

 だから、まったく身構えずにオレはこの家へ来た。


 ――なのにだ、開口一番、この赤髪ロングの美少女から、心折れそうな単語が飛び出た気がする?


「……赤ちゃんができた……」

 

 ……うん、やっぱり耳を疑うワードが、余裕のない表情をする朱音の口から飛び出てきた。 

 オレの聞き違いでなければ、今この幼なじみ、オレに向かって「赤ちゃんができた」と言ったよな???


 オレはテーブルの向かい側に座る女の子をじっと見つめ、もう一度、聞き返すことにした。

  そう、なにか間違いだ。きっとオレの聞き違いだと信じて……。


「ご、ごめん。もう一回、聞かせてくれる???」

「……赤ちゃんができた。妊娠八ヵ月。たぶん、女の子だそうだ……」

 とのことです。


 …………………………………………ど、どどど、どうしよう、予想の斜め上を行く相談内容だったぞっ!?!?!?


 オレが言うのもなんだが、この幼なじみはドが付くほどの生真面目な奴だ。

 決して、この手の冗談を面白半分で口にはしない。

 つまり、これはオレをびっくりさせる為のタチの悪いジョークなどではなく、嘘偽りのない発言になる。


 そんな幼なじみの朱音は潤んだ瞳でオレに助けを求めていた。

 オレは朱音からいったん視線を外し、テーブルの下に顔を潜らせ、彼女のお腹を注視する。


 確か、赤ん坊って十月十日ぐらいで、産まれてくるんだよな? 

 妊娠八ヵ月ってことは、それなりにお腹が膨らんでいてもいいはずだ。

 なのに朱音のお腹はいつも通り、世の女性たちがうらやむ理想のウエストそのものだった。


 うーん、どう好意的に解釈しても、朱音のお腹の中に生命が宿っているようには思えない。

 というか、赤ちゃんを作るには、男と女でをしなくてはならない。

 

  つまり、朱音は赤ちゃんを作る為に……どこかの野郎と……その……行為をしたことになるのか???

 ……知らなかった、コイツにそんな相手がいたなんて。

 てっきり、彼氏いない歴=年齢の高校生だと思っていたのに……。


 まさか、いつの間にか、オレの知らないところで、どこぞクソ野郎と子どもを作る行為をしていたなんて……。

 ……なんだろう、この疎外感というか、仲間外れされたような気分は……。


 あと、補足しておくが、オレは朱音と違い未経験のオタク・チェリーボーイなので、朱音のお腹の赤ちゃんの父親ではないとはっきり断言できる。


「何をしているんだ?」

「いや、普通の腹の膨らみだなと、思って……。それと相変わらず、朱音は足が長いな」


 ちなみにこの幼なじみ、基本的に下はジーンズしか履かない。

 なので、本日も当たり前のように、黒いニットのセーターに七分丈の青いジーンズを履いている。


 テーブルの下から顔を戻すと、朱音は眉間にしわを寄せ、ジト目でオレを軽く睨みつけてきた。

 オレはそんな彼女の鋭い視線を受け流し、壁に掛けられているカレンダーを見つめる。

 本日は四月五日。……悲しいことに明後日には新学期がはじまるな。


「なあ? 冗談とか言わないタイプなことは知っているが、一応言わせてくれて、エイプリルフールは四日前だぞ」

「知っている。本当に赤ちゃんができたんだ」

「……ちなみにお腹の父親は?」

「うん??? 父さんだけど???」

「……なるほど、なるほど。お腹の父親はオヤジさんなん――――お腹の父親はオヤジさんなの!?!?!?」

「ああ、父さんだ。当たり前だろ???」


 さらっと、すごいカミングアウトをされてしまったんだが……。

 確かに朱音のオヤジさんは娘を溺愛できあいしているけど、そんな目で大事な愛娘まなむすめを見ていたのか? 

 うーん、受け入れがたい情報が、ぽんぽんと溢れ出てくるな。


「うん? ――あっ! おまえ、なんかすごい勘違いをしているだろう!」

「あん??? ……おまえに赤ちゃんができたんだろう???」

「――バカぁ! そんなわけあるか! そもそも……私はしょじ…………なんでもない……」


 幼なじみは顔を真っ赤にして、未経験であることをオレに申告をしてきた。

 そして、朱音は「コホン」と軽く咳払いをして、


「いや、今回ばかりは私に非があるな。うん、少し言葉足らずだった。これだと匠海が勘違いしても仕方がない」

「……話がまったく見えないんだけど?」

「すまない。どうやら、思っていた以上に、私は錯乱していたようだ」

 だそうだ。とりあえず、朱音が赤ちゃんを妊娠した訳ではないらしい。

 まあ、そのなんだ……よかった、よかった。

 それにしても、疑問が一つ生まれてしまったな。

 朱音が妊娠した訳ではないなら、いったい誰が妊娠をしたんだ?

 

 朱音はテーブルに置かれた水入りのコップを手に取り、その水をごくごくと、少し行儀悪く飲み干して、

「――ぷっはっ! 匠海、父が妊娠したっ!」

「……朱音、オヤジさんは生物学的に妊娠はできないと思うぞ」

 この子、まだテンパっているな。


「また、間違えてしまった。……匠海、父が再婚することになった」

「そうか。オヤジさん再婚するのか」

「お、おい、ここは驚くところだぞっ!」

「十分に驚いている。驚いてはいるが……さっきの妊娠宣言の衝撃に比べればな……」


 ちなみに朱音の母親は朱音とオレが小学校の低学年の時に病気で亡くなった。

 それからは悲しむ間もなく、オヤジさんは男手ひとつで、朱音を子育てしてきた。

 それがどれほど大変なことなのか、ずっと近くで見てきたつもりだ。


「まあ、なんだ……その……おめでたい……ことなのか???」


 そんなオヤジさんが、どうやら再婚をするらしい。

 それはとてもおめでたい事柄だとオレは思いたい。

 もちろん、まだまだ時期尚早で、ちゃんと祝福をする為には相手次第って条件は付くけど。


「しかし、再婚するなら、朱音が高校を卒業してから遅くは――うん? ちょっと待てよ。……妊娠八ヵ月??? え? おまえもしかして、二ヶ月後には、お姉ちゃんになるのか!?」

 オレの問いかけにコクリと頷く朱音。

「マジかよ……」

 

 流石に驚いた。しかし、これでようやく話が全て繋がってきたぞ。

 つまり、妊娠したのは朱音でもなければ朱音のオヤジさんでもない。

 そう、妊娠したのは朱音のオヤジさんの再婚相手だ。

 なるほど。相手に子どもが出来たのなら、急な結婚も仕方がないと頷ける。


「そんな大事なことなら、もっと早く報告しろよ」

「――わ、私だって、今日の昼前に電話で聞かされたんだっ! 本当に自分の耳を疑ったし、おまえみたいに今日はエイプリルフールなのかとカレンダーを何度も確認してしまったぞぉ!」

「それは災難だったな……」

 

 しかし、この前、オヤジさんと電話で会話した時はそんな素振りはまったく感じなかったけどな……。

 ちなみに朱音のオヤジさんは超がつくほど有名な映画監督で、オレたちが高校に入学してからは『これからは仕事に専念する。家のことは二人に任せる』という無責任極まりない言葉を残して、今は撮影の為に世界中を飛び回っているらしい。


「その新しい継母ままははとは話し合いをしたのか?」

「少しだけ電話でな。何故か、私のことをよく知っていたよ。……まあ、たぶん、いい人だと……思う」

 よく知っていたか……。オヤジさんが事前に朱音のことを説明していたのかな?


「しかし、朱音に妹ができるのか。こういうのを青天の霹靂って言うのかな……」

「まだ、話は終わっていない。匠海、相手の女性、シングルマザーみたいで、どうもお腹の中以外にも、小さな子どもがいるようなんだ」

「――え!? マジ???」

「大マジだ。スマホ越しから、女の子の声が聞こえた。たぶん、声からして、四歳か、五歳ぐらいだと思う」

 つまり、この幼なじみ、近々お腹の赤ちゃんと小さな女の子のお姉ちゃんになるってことか……。


「……まあ、びっくりどっきりの報告だった。うん、久々に驚いたよ。それで? これからはこの家で、みんな暮らすことになるのか?」

「ああ、明日あすからな」

「…………そうか。…………うん? うんん? ……ええええっ! 明日あすからぁ!?」


 本当に急な話だな、おい! 

 そんな大事な報告をなんの前触れもなくオヤジさんから話された。

 流石に今回だけは朱音に同情をしてしまう。


「しかし、この無駄にだだっ広い家に、新たな家族が明日あしたから増えるのか」


 オレはまだ見ぬ継母ままははと小さな妹に囲まれている朱音を想像してみたけど、実感がまったく湧いてこないな。

 それはこの幼なじみも同じようで、ただただ困惑した表情をしていた。


「匠海、私は子どもが苦手だ。いや、厳密に言えば、これまで一人っ子の私には子どもと接する機会がまったくなかった。だから、急に姉になると言われても……どう連れの子どもと接すればいいのか皆目見当がつかない」


 朱音は頭を抱えながら、めずらしく弱気な発言をした。

 まあ、今回ばかりはしっかり者の幼なじみでも、弱気になるのは無理もないか。


 なにせ、心の準備をする間もなく、急に家族が増えるなんて告げられたら、大抵の奴は同じように困惑し、頭を抱えてしまうだろう。

 さらに、新しい母親のお腹には八ヶ月目になるベイビーがいるときた。

 やっぱり、心折れそうな相談内容だったな……。


「はあ〜〜。上手くやれるだろうか……」

「一応聞いておく。オヤジさんの再婚は反対なのか?」

「……いや、母さんが亡くなって、十年が経つ。そろそろ身を固め直してもバチは当たらないだろう。それにお父さんが好きになった相手なら、素直に祝福してあげたい。もちろん、変な相手ではなければという条件は付くがな」

「なるほど。なら目下の問題は新しい家族と上手くやれるか、だな」


こればかりは試行錯誤を繰り返して、色々と学んで、互いに悪いところも、素晴らしい部分も尊重していくしかないだろう。


「まあ、オレから助言を一言ひとこと……」

「うん?  助言?」

「幼なじみのオレから言わせると、お前は口うるさいし、細かい奴だよ。はっきり言って、合わない奴はまったく合わないし。新しい妹にも、煙たがられ、嫌われる可能性は大いにあるかもな。それでも――」

「――お、おい! ぜんぜん、一言ひとことじゃないぞぉ!」

「……それは失礼した」

 おかしいな。言いたいことは一言だったはずなんだが、普段から思っている、朱音への不満がダダ漏れしまったようだ。


「まあ、それでも、真面目なのが、おまえの一番の取り柄だし、最大の武器だ。オレは愚直なおまえを大好きだぞ。だから、自信を持って、新しい家族と向き合えばいいと思う。うん、そのままで大丈夫。きっと、おまえの魅力を新しい家族にも理解してもらえるはずだ」


 うんうん、我ながら、いいアドバイスをするな、オレ。


「それと言いたかった一言ひとことは実にシンプルだ。――オレはいつだって和泉朱音の味方だ。それだけは何があっても不動だと思ってくれていい」


 そんなオレの励ましが恥ずかしかったのか、朱音の頬がほんのり赤く染まり、めずらしく照れていた。

 どうやら、思っていた以上に歯の浮く台詞だったらしい。


 そして、朱音はオレからそっと視線を外し、


「……まあ、ありがとう」

「でもまあ、不安に思っているのは、お前よりも向こうの方が上だろう。なにせ、知らない土地で、知らないお前と暮らすんだ。ストレスも半端ないだろうな。だから、今みたいに、おまえが不安そうな顔をしていたら、向こうに不安が感染すると思うぞ。だから、いつも通りにしていろよ。オレの知っている和泉朱音はいつも威風堂々した女の子だろ」


「……快適な環境を提供できるのは、私……次第か……。確かに匠海の言う通りだな。不安そうな態度だけはしないでおく」


 うんうんと何度も頷き、自分に言い聞かせる朱音。

 どうやら、前向きに新しい家族に会って来るつもりのようだ。


「そうしろ、そうしろ。まあ、力になれるか、わかんねぇけど、オレも協力してやるよ」


 なにせ、オレは和泉親子に返したも返しきれない恩義がある。

 そういう意味では今回の件はオレにとっても他人事ではないな。

 そう、ようやく、この幼なじみに、あの日からの恩返しができそうだ。


「まあ、継母ままははと反りが合わないなら、オレの家に避難してこいよ。朱音ならいつでも歓迎する」

 そんなオレの言葉に、露骨に嫌そうな顔をする朱音。


「……あのオタク部屋にか」

「そう、オタクグッズに囲まれたオレの部屋にだ」

「…………まあ、あまりうれしくはない提案だが、その時は……お前に頼るかもしれない……」

 だそうだ。もし、朱音が家に家出をする日がきたら、オレご自慢のグッズを紹介してやろう。

 

「しかし、血の繋がらない家族か……。そのワードを耳にすると、どうしてもあのドラマを思い出すよな」

「……そうだな。あのドラマも血の繋がらない家族をテーマにした物語だった」


 こう見えて、オレも朱音も子役をしていた時期がある。

 そんな子役時代にオレと朱音は、運良く、とあるドラマのメイン子役に抜擢されたことがある。

 そのドラマが驚くべきことに社会現象を巻き起こすほどの大ヒットしたのだ。

 いやぁ~、あの時がオレにとって一番輝いていた時期かもしれない。

 なにせ、平均視聴率が55%以上で、最高視聴率に至っては71%以上という驚異的な数字を叩き出した、伝説のドラマだからな。


「あっ! 新しい妹の前で、ニョキ・ピョン・ダンスを披露してみたらどうだ? たぶん、気に入ってもらえるはずだ」

「す、するか、バカっ! 恥ずかしい」

「もったいない。絶対に大ウケするのに……」 

 まあ、朱音本人が披露したくないなら、無理強いはできないな。


「そういえば、アイツは今どうしているんだろうな?」

「あいつ?」

「同じ子役仲間のリンリンだよ。ほら、双子の姉役の……」

「ああ、あいつか……」

「おまえ、連絡とか取ってないの?」

「いや? ドラマ終了後から一度も会っていないぞ」

「そうなのか?」

「そもそもあいつは私を毛嫌いしていたんだ。間違っても連絡を取り合うことだけはない」

「そういえば、おまえとアイツ……死ぬほど仲が悪かったな」

 収録中は仲の良い双子の姉妹しまいを演じていたが、それ以外の場所では四六時中ケンカをしている犬猿の仲だったな……。


「なんか、ドラマのことを思い出したら、久しぶりにもう一人の妹の顔を見たくなったよ……」

 整った顔立ちをしていたから、きっと美人になっているんだろうな。

 

「そんなことよりも、匠海。今日はカレーを作ったんだ、食べていくだろう?」

 言われてみれば、キッチンからスパイシーなカレーの匂いがする。

 その香ばしい匂いの所為か、オレのお腹が『ぎゅるぎゅる』と鳴った。

 どうやら、肉体がカレーを欲しているようだ。

「どうする?」

「ああ、食べる」と返事した。

 驚きの連続だったが、とりあえずオレたちは夕食を食べることにした。

 

 笑顔でカレーライスを食べている朱音を見てオレはもう一度想像をした。

 このテーブルにまだ見ぬ新しい家族が座り、その家族が朱音の作った得意料理のカレーライスを笑顔で美味しく食べている。

 そんな場面をオレは想像した。

 それはとても幸せことだ。

 そんな、笑顔あふれる日常が訪れることをオレは心から祈った。

 だが、悲しいことにオレの祈りは神様へ届くことはなかった。

 

 そう、この日のオレたちはまだ知らない。朱音にできた妹が二人ではないことを。

 その妹の一人が朱音にとって、切っても切れない宿敵ライバルなことを、この時のオレたちはまったく想像すらしていなかった。

 ……まあ、そのなんだ。ここまでの話を簡潔にまとめるとするなら『情報』ってすごく大事って話。








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