翼をもらったミミズク
小深みのる
大御所先生
人間は今日もせかせかと生きている。
鞄を持ち、音の鳴る箱を耳に当て汗ばみながら歩いている。それも全く楽しくなさそうに。元気がないというかなんというか。
暗い顔には馬を見るのが一番なのにな。
そんなことをついこの間まで俺は思っていた。馬を見ていれば気持ちが安らいでいく。でも今日はそうも言ってられない。大事な先生が来るんだから。
有隣堂・伊勢佐木町本店六階、有隣堂撮影スタジオ。ここが今の俺のテリトリー。自分で言うのもなんだけど俺は世界一、いや、ミミズクの中では一番忙しく働いていると思うのだ。そんな俺が緊張という文字を感じている。なんでかって?
ここに来る前に広報担当のワタナベイクに言われてしまった。
「ブッコローさん、今日は本当にふざけないで真面目に司会進行してくださいよ」
「失敬だな。俺はいつだって真面目にやってるよ」
黄色い髪をなびかせながら俺は言ってやった。
「とりあえず頼みますよ。社を上げて丁重にお迎えする出演者さんですから。大御所さんが来てくれますから。本当に失礼のないように」
そう言ってソワソワと準備を始めたからにはこっちだって気合を入れるしかない。
一発かましてやるぜ!
なんて思って挑んだのに。
「なんでここにいるんですか? 問仁田さん」
それを言われた問仁田はこちらをちらりと横目に見るとニヤッと笑って言った。
「私が大御所だからですよ」
「はあ……?」
この男の言いたいことが、言っていることがてんで理解できない。
俺は吹き出してしまう。
「はい? 何言ってすか問仁田さん。大御所って俺はてっきり大ベストセラーの先生でも来るのかと思っていくさんの言葉にちょっとビビってたのに。笑わせないでもらえますか!」
「私がその大御所で間違いないですよ。なんたって私の著書『文房具のいかがわしい世界』が十万部を超えたんですから」
「え……? いやいや、そんなバカな」
笑いを漏らすが問仁田は自慢げに机の下から一冊の本を取り出した。
【文房具のいかがわしい世界】
そうしっかりと印刷された本がそこにはあった。
「ということでですね。いっぱい話しますから、なんでも答えさせてくださいよ。あ、あと岡崎さんはもう文房具のことすきにかたらせませんからねー!」
そう言うと問仁田は撮影前だというのにおもむろにレットブルーを飲みだした。
「何やってるんですか」
「最近僕これしか飲んでないですから。憧れの先生を身らなって! ぶっころーさんもどうです?」
「飲めないよ……」
ピピピピピピピ
「ゆ、夢か」
今日も今日とて行く先は一つ。
伊勢佐木町本店六階。まだ知らない世界を世の中のファンに届けるのだ。
「プッコローさんにお届け物が来てましたよ」
そこにあったのはレットブルー。それに書置きも。
返礼品のおすそ分けです!
「だからミミズクだから飲めないって!」
黄色い髪をなびかせて今日も俺は世界を見る。
了
翼をもらったミミズク 小深みのる @minoru-komiti1104
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