第31話 堅実・忍耐・実直の悪い使い方
「おはようございます。 さぁ冒険を続けましょう!」
「うん。いこうか」
リリエリとヨシュアは"エリダの枢石窟"で夜を明かした。魔物避けがあるとはいえ、ここは壁外。互いに寝るタイミングを交代し見張りをたてながら、それでも十分な休息は得られたと思う。
目指すは洞窟の最深部。昨日見つけた洞穴の奥を、今日こそは踏破する。
「足はどうだ。魔力は回復したのか?」
「結構復活しました。無茶な使い方をしなければ、今日一日は大丈夫と見込んでます」
昨日はヘトヘトを通り越していっそ疲れを感じないレベルまで来ていたが、睡眠は偉大だ。一晩寝たおかげで快調……とは言わないまでも、十分動ける程度まで回復していた。
……というのはリリエリの話だ。昨夜のヨシュアは疲れた様子など一片たりとも見せなかった。まるで疲労の概念すら知りませんとでも言うような振る舞い。彼が"化物"呼ばわりされているのは、きっとこういう要素がたくさん積み重なった結果なのだろう。
リリエリはもうヨシュアのことを怖がってはいない。ただ、皮肉なことに、ヨシュアと時間を共にするたびに、彼の悪い噂の信憑性はどんどんと増していた。
"死神"、"怪物"、"断ち月"、"邪龍憑き"。リリエリが知らないだけで、他にも物々しい異名を抱えているかもしれない男。
――"怪物"は、ある意味で真実であった。人離れした膂力、体力。魔物の感知もリリエリよりずっと早く、怪我も死すらも厭わぬように戦う姿。
"怪物"が真実であるなら、他の異名は、どうだろう。
昨夜、リリエリは寝入りばなでも似たようなことを考え、その度にその思考を捨てる努力をしていた。ヨシュアが悪い人間でないことは、ここ数日でこの上なく感じとっていた。
今もまた、ふと過ぎった思いを消し去るべく、リリエリはパチンと自分のほっぺたを叩いた。あたかも気合を入れたかのように映ってくれているといいが。
「今日はあの穴の先ですね。例によって私が先導しますので、魔物が出たらよろしくお願いします」
「うん。……うん?」
カチャリと小さく音がした。
先頭を行くリリエリは、特に気にした素振りも見せずただ前だけを見据えている。
リリエリが大きい石を避けた。カチャリ。リリエリが穴の先を探るためにしゃがみ込み、壁面の様子を確認した。カチャリ。
「……アンタ、鞄に何を入れてる」
「…………特に、何も」
「硬いもの同士がぶつかるような音だった。昨日は聞こえなかった音だ。アンタ、まさか」
「違うんです。あの、ほら、違うんですよ。昨日はほとんど採取できなかったじゃないですか。なので実質何も採ってないようなものなんです。私はそう思います」
ヨシュアはリリエリの言葉に耳を貸さなかった。背負ったリュックのグラブループを掴み、リリエリごとひょいと持ち上げた。ガチャガチャと音がする。そして昨日より確実に重い。
「……枢石を採ったのか?」
「ええと、その、……少しだけ?」
少しだけ、とリリエリは言うものの、彼女のリュックはなかなかの重量があった。
重量があるのはいい。見たところリリエリは問題なく動けているし、極論手ぶらなヨシュアが運ぶ選択だってある。
問題はそこではない。
昨夜見た枢石は、露出している部分がほとんど削り取られたようになっており、根本の部分が薄い層状に残っているだけだった。
――この重量の枢石を採掘するのに、いったいどれほどの時間がかかる?
「アンタ、昨日休んでないだろう」
「そんなことないです。だって私が寝ている間、ヨシュアさんは見張りをしていました。私が寝ていたこと、知ってるはずですよ」
「睡眠のことじゃない。……アンタ、自分が見張りの間ずっと採掘してたんじゃないか」
沈黙。
リリエリはヨシュアにリュックごとぶら下げられたまま、静かに黙り込んだ。ずず、と地面の振動を足の下で感じる。
そのまま暫し待っていると、観念したかのように、リリエリは口を開いた。
「……採掘、してないというか、したと言えばしたというか」
「……?」
「えと、今日の探索には影響が出ないようにセーブしてるので、何卒……」
「いや、怒ってるわけじゃないが……」
ヨシュアは知らない。彼はリリエリと出会って数日の身である。
『黒翼の獅子』の現ギルドマスターおよびメンバーも知らない。リリエリは常に単独で依頼に臨んでいた。
実はリリエリ自身も知らない。彼女は自分以外に採取を専門とする冒険者を知らないのだ。
採取専門の冒険者リリエリ。……現在のギルドルールが制定されたここ十数年間において、採取のみでC級に到達した唯一の冒険者。
リリエリが採取に費やす時間と努力は、常識のそれを遥かに超えている。
「昨日は四時間しか採掘してないので、実質採掘してないです」
リリエリは、根っからの採取狂である。
「……四時間か。なら、まぁ」
ちなみにヨシュアもまたまともな感覚を持っていない方の人間であった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます