第30話 幕間/リリエリ
「私の父は、それはそれは強い冒険者でした。大いなる勇気を持って困難に立ち向かい、拳一つで竜をも沈める精悍な拳闘士。自慢の父です。拳聖、なんて呼ぶ方もいました。
私はお父さんの冒険の話が大好きでした。絶対にお父さんみたいな強い冒険者になるって、そう思ってました」
残り半分程度になった自分のスープを眺めながら、リリエリは語り始めた。
「お父さんは私が幼い頃に亡くなりました。冒険先で、人助けをした末のことだったそうです。ある日お父さんの……訃報が、届いて。それから私は、父の……拳聖の、忘れ形見になりました」
ヨシュアの視線を感じる。だが顔をあげることはできなかった。リリエリの中では、まだ割り切れていない部分もある。今から語るのは、そんな話だ。
「立派な父に見合う娘になれるように、焦っていました。あるいは、拳聖の娘だなんて呼ばれて、驕っていたのかもしれません。
私は父のようになりたくって、……無茶をしました。住んでいた村の近くに出没した魔物を、一人で退治しようとしたんです」
スープには沈んだ表情の自分が映り込んでいる。あの日から、リリエリは何も変われていない。少なくとも、リリエリ自身はそう思っている。
「大きい魔物でした。当時は今より身長も低かったから、なおさら大きく見えたのかもしれません。……私は酷い怪我をして、右足が動かせなくなりました。
魔術紋章で隠していますが、実はけっこう傷跡が残っているんですよ」
リリエリは自らのズボンの裾をほんの少しだけたくし上げ、足首に彫り込まれた魔術紋章を見せた。足首だけでなく、ふくらはぎや太ももなどに幾重にも紋章を彫り込んでいる。
スカートを履く女性を羨やんだのも昔の話だ。だって、仕方がないことなのだから。
「お父さんみたいな強い冒険者になる。……魔力がなければ歩けもしない私に、なれるはずがないです。それどころか、大きな魔物を見るだけで、怖くなってしまう。
……冒険者になること、一時は諦めていました。でも、おばあちゃんはそんな私に魔草や鉱石の採取の方法を教えてくれました。
末席も末席ですが、私が今もなお冒険者でいられるのは、おばあちゃんのおかげなんです」
これで話は終わりだ。リリエリは残り少なくなったスープをぐっと飲み干し、ヨシュアに顔を向けた。辛気臭さがなくなればいいと、努めて笑顔を作りながら。
「……で、今に至る。です!」
「大胆に端折ったな」
「よくある話ですから」
この粉もおばあちゃんの優しさなんですよ、とリリエリはリュックから特製ブレンド激魔草ミックス粉を取り出した。
魔力の枯渇が死活問題となるリリエリのために、祖母が調合した煎じ薬だ。周辺の魔力の取り込みや、魔力の再生を促進する効果がある。といっても万能ではなく、人が元々持っている能力を補助する程度のものであるが。
ロックバットから身を隠した際にあらかた魔力を消費したリリエリが、それでも不自由なく歩行できているのは、この粉のおかげといっても過言ではない。ただ……味覚があることを厭うほどに、苦い粉である。
「おばあちゃんは薬草とか魔草とか魔力のこもった鉱石とか、そういったものの扱いに優れているんです。今では冒険が難しいので、そういった原料を集めてくるのはもっぱら私の役目です。……冒険者でいたい理由の一つですね。冒険者でないと、壁外に出るのが困難ですから」
「……なるほどな。アンタがギルドに入りたがっているのは、そういうわけか」
「もちろん他にも理由がありますよ。……今でも、お父さんに憧れているんです」
リリエリは深い青緑色をした粉を水の溜まった鍋に投入した。透明だった水が、あっという間に濁った沼のような色に変わる。いつ見ても酷い色だ、でも得てして苦い薬ほど効果があるもの。
「その、足の調子はどうだ」
「移動は問題ないです。紋章魔術も、極簡単なものなら起動できます。ただ、煎じ薬はこれが最後なので、もうロックバットのときのようなことは難しいです」
「歩けなくなったらオレが運ぶ。アンタは自分の身を守ることを優先してくれ」
「……ありがとう、ございます」
歩けなくなったら。
そんなこと、考えもしなかった。
リリエリはいつも一人だった。マドは前線に出るタイプの冒険者ではないし、赤の他人と冒険をするには、リリエリの条件が悪すぎる。
リリエリは常に最悪のケースを回避できるように動いてきた。例えそのためにどんな苦労があろうとも、成果が少なくなろうとも、命より大切なものなどないのだ。
魔力切れにより足が動かなくなる。壁外においては、死に等しい。だから最初から考えなかった。足が動かなくなったら、だなんて。
でも、今はヨシュアがいる。
「どうした、急に笑って」
「いえ。……誰かと冒険するのって、いいですね」
「……そうだな」
ヨシュアはぐっとスープを飲み干した。夕食ももう終わりだ。道はまだ続いている。進み続けるために、今は何より休みを取る必要がある。
「リリエリ」
「どうしました?」
「……この依頼。絶対に達成しよう」
「……はい。明日も、よろしくお願いします」
星空こそ見えないものの、今日の日は静かに、だが確実に過ぎつつある。
リリエリとヨシュア。見た目も長所も考え方も全く異なる二人だが、今の気持ちはきっと同じだ。
どちらともなく互いのスープ椀をつき合わせる。
明日こそは、"エリダの枢石窟"を踏破する。
期限まで残り一日。
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