第28話 はどうでもいいんだ



「まぁ、その枢石喰らいはどうでもいいんだ」


 一蹴であった。

 ヨシュアは謎の大きな魔物およびリリエリの恐怖の源をバッサリと切って捨てた。いっそ清々しい言様であった。


「だが、枢石がなくなってしまったのは、とても困らないか。どうすればいい」

「……鉱石を食べる魔物は、だいたいその鉱石を自分の体に取り込みます。もしも枢石を食べる魔物がいるのだとしたら、それは生きた枢石と言える……かもしれません」

「つまり、その魔物を倒せば枢石が手に入るのか」

「そんな魔物がいれば、です。第三者による盗掘の可能性も否定できません。というか、こんな閉鎖的な洞窟に馬よりも大きい魔物がいる方が妙な話ですから、魔物じゃない線を追ったほうが、」


 その時、地面が微かに揺れた。

 ずず、と重たいものを無理に引きずったような振動であった。


 リリエリとヨシュアはどちらともなく互いに顔を見合わせた。方や泣きそうな表情を湛えており、もう一方は何考えてるのかさっぱりわからない無表情であった。


「いるな」

「……いますねぇ!」


 こうなりゃヤケである。

 リリエリは決意した。魔物の相手は全部S級冒険者兼『断ち月』ギルドマスターヨシュア=デスサイズに頼りきってやる、と。



■ □ ■



 エリダの村を発ってからおよそ十五時間程が経過していた。洞窟では空など望めないが、きっと夜が辺りを覆い尽くしていることだろう。

 小刻みに休憩を取ってはいたが、流石に疲労が蓄積していた。都合のいいことに、この広い空間には魔物避けの紋章魔術が機能している。ここでしっかり休息していこうとなるのは必然の流れであった。


「マドの魔本はこういうことも出来るんですよ」


 リリエリは自分の鞄から小鍋を取り出し、開かれた魔本の上に置いた。途端、鍋底からゆっくりと滲み出すようにして透き通る水が出現する。


「本当に便利だな。水も飲めるのか」

「量を得ようとするとかなり時間がかかりますけどね。こういうとき、魔法使いの方がいれば楽なんでしょうけど」


 魔法使い。紋章に頼ることなく魔法の力を行使できる存在。

 この世界における魔法は、生まれ持った才能に左右される割合が大きい。だからこそ、誰でも手軽に魔法様の現象を生み出すことのできる紋章魔術が大きく発展していった。

 

 とはいうものの、紋章に頼らずとも火や水を扱える魔法使いは今でも非常に重宝される。優れた魔法使いであれば、どんなギルドからも引く手あまただろう。

 ……残念なことに、リリエリは魔法の資質に欠けていた。魔法の一つでも使えれば、たくさんの魔術紋章を持ち歩く必要もなかったのだが。


 そういえば、とリリエリはヨシュアを見た。地面に直接描き入れた灯りの紋章魔術によって、付近一帯は明るく照らされている。そのため、じっと水で満たされていく鍋を眺めるヨシュアの様子がよく見てとれた。


「ヨシュアさんは魔法が使えたりします?」

「使えない」


 即答であった。

 まぁ確かに、魔法が使える人間であればここまで近接戦闘に特化しないだろう。かくいうリリエリは魔法も使えなければ近接戦闘も出来ないわけだが。


「憧れますよね、魔法。イメージ一つで炎も氷も自由自在。私に魔法の才能があれば、腐りやすい果実もたくさん採取できるのに」

「……水、溜まったぞ」

「あっ、と、ありがとうございます」


 鍋を一度本から避け、今度は違う頁を開く。そうして八分目くらいに水の溜まった鍋を再び本に置く。一見なんの変化も見られなかったが、じっと見ていると鍋の底からふつふつと気泡が生まれ始めた。


「温めているのか」

「はい。ここに乾物や乾物、乾物などを適当に入れてスープにします」

「……すごいな。洞窟でちゃんとした飯が食えるとは思わなかった」

「……今まで本当にどうやって冒険してきたんです?」


 ギルド『緋蒼』の元メンバーにしてS級冒険者ヨシュア=デスサイズ。少なくない冒険を乗り越えてきたはずであるが、どうして徒手空拳で洞窟に挑もうなどと思うのだろうか。……一日で踏破する自信があったのだとしたら、恐ろしい話だ。


「……レダが」


 ヨシュアがぽつりと言葉を零した。

 レダ。『緋蒼』のギルドマスターだった人物。魔法において稀代の天才と呼ばれた男。『緋蒼』を率い、様々な功績をあげてきた……らしい。


 結局のところ、リリエリは何も知らない。


「レダが良くない」

「…………はい?」

「自分が何でもできるからって、アイツは無茶なことばかりしていた。……アンタと冒険をして、それがよくわかった」

「はぁ」

「レダが良くない」


 二回も言った。ヨシュアの表情は、苦虫を纏めて口に放り込んだかのようなそれであった。

 

 結局のところ、リリエリは何も知らない。ヨシュアのことも、『緋蒼』のことも。

 だが、夜は長い。


 リリエリは、沸騰した鍋に具材を入れた。夜は長い。こんな閉じきった洞窟の中ではなおさらである。ぐつぐつと揺れるスープ、おばあちゃん特性のすこぶる美味しくない健康な粉を溶かしたやつ、そしてそれを囲む二人。


「良かったら聞かせてもらえませんか。ヨシュアさんのこと」

 

 


 

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