第27話 枢石喰らい



「それが枢石、なのか……?」

「たぶん……?」


 リリエリは本の上でじっと炎を灯し続ける石を眺めた。


 赤銅色で不透明。そして十分に高い魔力伝導率。これらは枢石の特徴に相違ない。

 だが形がおかしい。普通、枢石は水晶のようにクラスターを形成している。

 ここで見つけた枢石は、まるで人の手によって加工されているかのように見えた。伸長した部分を切り落とし、根本の部分を粗めにヤスリがけすれば、ちょうどこのような見た目になりそうだが……。


「リリエリ。これを見てくれ」


 その声は前方から聞こえた。いつの間にか先に進んでいたヨシュアが、自身の簡易ライトで壁の一角を照らしている。その部分はごっそりと抉り取られたかのように凹んでおり、いまリリエリがいる位置からでは何があるのかわからない。

 足元には細かい石がたくさん落ちている。転ばないように注意しながら近づいて、リリエリはようやくヨシュアの言うところの"これ"を視界に入れた。


「……なんですか、これ」


 その壁面は、一面が赤銅色をしていた。


 カランと魔本の上に乗っていた石が地面に落ちる。リリエリの持つ灯りは消えてしまったが、それに気がつけないほどに、彼女は目の前の壁面に釘付けであった。


 枢石だ。

 夥しいほどの枢石が、この壁面に


 先ほど見つけた石塊と同じ、表面だけが枢石に似た色をした石壁。枢石に見える。だが、リリエリの知っている枢石ではない。


「枢石だったら六角柱が形成されるはず、なのになんで、どうしてこんなに平坦なんですか」

「…………」

「枢石に似た、別の鉱石……? にしては特性が似すぎている。誰かが掘り尽くした跡? いや、人間だったら丸ごと持っていく。こんなちょっとだけ残すような真似、しない」


 奇妙な光景だった。

 多少の隆起はあるものの、ほとんどなだらかな赤銅の壁。ヨシュアが両手を広げても覆いきれないほどに広く、この場一面に枢石が成長していたならば途方もない量だっただろう。

 だが、目の前にあるのは枢石らしきものの極薄い層のみ。


「まるで枢石を、根本から削り落としたみたいな……」


 人の手によってこれを為すには、多くの労力が必要だ。そもそもその必要性すらない。誰が、なんのために、転移もできないこんな洞窟の奥で。


「…………歯型」


 ぽつりとヨシュアが言葉を零した。彼の視線は、リリエリの足元に向けられていた。

 そこには赤銅色の混じる壁があるだけ。不自然な凹み方をした、深い窪みがあるだけ……のはず、なのに。


「アンタの足元のそれ、歯型じゃないか」

「は、がた……?」


 どうしてか、よくよく眺めてみると、確かにそれが歯型であるかのように見えるのだ。


 ――瞬間、リリエリの中で一つの線が繋がった。


 リリエリを丸ごと飲み込めるほどに大きな歯型。鉱石の中でも上位の硬度を誇る枢石を、砕き、磨り潰し、噛み千切ったかのような痕跡。辺り一面に広がる枢石を丸ごと奪い去る、暴力そのもののようなナニか。


 ……魔物だ。

 

 リリエリの知識の範疇を超えた魔物が、この先の暗がりに潜んでいる。


 リリエリは絶句し、数歩後退った。靴が細かい破片を踏んで、じゃりじゃりと嫌な音を立てた。大きい石に躓かなかったのは、ただただ運が良かっただけだ。この空間に満ちた大小様々な石や岩は、まるで……何者かによる食べ残し、みたいじゃないか。


「鉱物を食べる魔物なんているのか? アンタなら何か……リリエリ?」

「……ッ、……!」


 声が出なかった。

 苦しい。息を吸っているはずなのに、呼吸ができない。そのことが余計にリリエリを恐慌させ、酸素の取り込みを阻害する。苦しい、恐ろしい、どうしよう。


「……いったん戻ろう」


 ヨシュアは、混乱して機能しない自分の喉に手を当てるリリエリを抱え上げ、走った。彼も焦っていたのだろうか、やや乱雑な仕草であったが、そんなことを気にする余裕はリリエリにはない。


 枢石を喰らう巨大な魔物。

 お伽噺や冗談みたいなイメージが、どうしようもないリアリティを引き連れて、リリエリの頭を席巻していた。

 


■ □ ■



「……お見苦しいところをお見せしました。助けてくださり、ありがとうございます」


 未完成の紋章魔術が記された広い空間に戻って暫し。リリエリはなんとか落ち着きを取り戻し、ヨシュアと共に体を休めていた。


「……急に呼吸ができなくなるなんて、何があったんだ」

「いえ、ちょっと……、とんでもなくヤバい魔物がこの先にいるのかなって考えて、恐ろしくなってしまって。所謂、過呼吸です。

 ……情けないです。できれば、忘れてください」

「情けないとは思わないが、……やっぱりアレは魔物によるものなのか?」


 アレという単語で、リリエリは先程見た光景を思い出した。

 奇妙な枢石は魔物の仕業。そういう視点で見ると、あの空間はそこかしこに歯型があったように思う。気づくには余りにも多く、余りにも巨大であったが。


「……鉱物を食べる魔物なら、います。例えば途中で出会ったロックバット。洞窟の壁面を少しずつ齧り取り、取り込むことで自身の体を石のように硬くします」

「ああ、どおりで」

「他にも鉱物を食べる魔物はいますが、基本的にそういう魔物は弱かったり小さかったりするものなんです。生存競争に負けてしまったり、あるいは自分を守るために仕方なく鉱物を食べている」


 コウモリ、トカゲ、ハムスター。リリエリはいくつか例を挙げ、身振りで大きさを示してみせた。手のひらサイズから抱える程度まで。言葉のとおり、どれも大きいと言えるサイズではない。


「でも、ヨシュアさんが見つけた痕跡。もしアレが本当に魔物の歯型なのだとしたら」


 リリエリはヨシュアの奥、今はただの暗がりに沈む空間を見つめ、思い出していた。例の穴を見つけたときに抱いた印象を。


 ――二頭立ての馬車であっても進んでいけそうだ。


「あの穴と同サイズの魔物が、洞窟の奥にいるでしょうね」





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