第25話 クエスト失敗じゃないですね
「……クエスト、失敗ですね」
意外と冷静な声が出たな、とリリエリは思った。自分の声なのに、どうにも他人の声のように感じられた。
なんだか立っているのも億劫になって、リリエリはその場に座り込んだ。ついた手から、冷たくてさらさらした地面の感触が伝わってくる。案外触り心地がいいな、なんて馬鹿なことを考えるのは、現実から目を背けたいから。
……ようやく、『断ち月』の一員になれると思ったのに。
リリエリは先ほどヨシュアと交わした言葉を思い出した。冒険を続けさせてくださいと、そう言った矢先にこれだ。最近情緒の上下が激しい。なんだか何もかもがうまくいっていないような、そんな気がする。
ぼんやりと見上げた先は暗闇。仮に灯りで照らしたとしても、その先は無機質な岩と石の天井があるだけ。
……もうこんな場所、長居する理由もないだろう。さっさと転移用の紋章を書き写して、帰ってしまおう。きっとそれがいい。
「ヨシュアさん、今から転移用の紋章魔術を試してみますので、…………ヨシュアさん?」
ヨシュアはリリエリの後ろに立っていたはずだ。だが目の前をふらりと動くあの灯り、あれはヨシュアに渡した簡易ライトのものじゃないか?
「どこに行くんですか?」
返事はなかった。
ヨシュアと思しき灯りは、どんどんと空間の奥へと向かっていく。
魔物避けがある分、この場所は道中より安全である。リリエリは立ち上がる気力もないまま、離れていく灯りをぼんやりと見た。すぐに帰ってくるだろうと、そう思っていたのだが。
「ヨシュアさん?」
灯りはどんどん小さくなる。どれほど広い空間なのか、ヨシュアはどこに進んでいるのか。置いていかれる不安が湧き上がり、リリエリは慌ててその場を立った。
「待ってください!」
「……空いてる」
暗がりからヨシュアの声がする。空いてるって、なんのことだ。リリエリは灯火を追った。その際に、カラカラといくつか硬いものを蹴り飛ばした。さっきの場所と比べて足元が悪い。
ふと頬に風を感じた。ちらりと魔本の火が揺れた。
「ここに穴が空いてる。……まだまだ先に、進めそうだ」
ヨシュアが掲げた灯りが、この空間の端の岩壁を照らしあげる。ごろごろと転がる大きな岩に紛れて、ぽっかりと空いた虚。大きな獣が無理やり押し入ったかのような、洞窟の中の獣道。
人間よりもずっと大きな暗闇が、岩壁に穴を開けている。
■ □ ■
「なんですか、これ……」
「わからない。だがこの先になにかいる……気がする」
道と言うには余りに荒々しい様態であった。光の届く範囲は大小様々な石で溢れ、足の踏み場も見つからない。まるで無理やりこじ開けたかのように開いた横穴は、さらに洞窟の深く深くへと伸びている。
ここまでの道のりとはなにか違う、違和感がある。リリエリは必死に辺りに目をやった。歩きにくい足元、角ばった岩肌……。
「なんか、この穴、最近できたかのような……」
リリエリが穴の中をじっと見つめていると、ふとヨシュアの背が視界に入った。
なにか気になるものでもあったのかと行動を見守っていると、ヨシュアはそのまま穴の中に踏み込んでいく。恐れという感情など一切ないと言わんばかりの振る舞い。堂々たるものである。
「ステイ。ステイ。安全確認してから進んでください」
「すまない。忘れてた。だが変な臭いはしなかった」
「それは安全確認じゃないですからね」
リリエリはヨシュアを押しのけ、穴の中に魔本の火を差し入れた。少なくとも入口付近に異常はなさそうだ。
しかし照らし出された内部の環境は非常に悪い。
そうだ、ここまでの道は整備こそされていないものの、岩石は風化や摩耗により丸みを帯びていて、比較的歩きやすい道のりだった。以前に通った冒険者によるものか、明らかに道端に寄せられているものすらあった。
だがこの穴から続く道は自然のまま。無軌道に転がる石もゴツゴツした岩肌も、つい最近形成されたかのように尖っている。
内部は入口よりも広かった。悪路に目を瞑りさえすれば、ニ頭立ての馬車であっても進んでいけそうだ。
辺りの小石を拾い、下り坂を描く穴の奥へと投げ入れる。カツンカツンと聞こえた音は、どんどんと遠ざかっていき、やがて何も聞こえなくなった。
「広いです。それに……深い」
「この先なら、枢石も見つかるかもしれないな」
「……ってことは、つまり、」
リリエリは背後に目をやった。簡易紋章の灯りに照らされたその男は、いつも通りの表情のはずだ。だからヨシュアが安心したように見えるのも、嬉しそうに見えるのも、全部リリエリの心持ちによるものなのだろう。
「クエスト失敗じゃないですね」
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