第22話 エリダの枢石窟⑤
リリエリはヨシュアのことを、怖い人間だと思っていた。
"死神"、"怪物"、"邪龍憑き"。知らない者達が勝手に口にするヨシュアの異名を、そうなんだと、ただただ鵜呑みにしていた。
並外れた膂力を持って魔物を屠る姿に、ああやっぱりと思った。ヨシュアはリリエリとは全く異なる人間、いや"怪物"なのだと。
だから、リリエリがついていけないのも当然のこと。リリエリにできることはS級冒険者であるヨシュアの足を引っ張らないようにするだけ。
だって彼とは住む世界が違うから。
……そんなわけ、ないのに。
「……ヨシュアさんのこと、怖い人だと思っていました。何考えてるのかわからないし、呼吸するみたいに魔物のことをぶちのめすし、ものすごく強いくせに平気で自分の体を投げ出す」
「うん。なんとか怖くないようにする。オレは『断ち月』のギルドマスターで、アンタは『断ち月』のメンバーだから。……どうすればいいのかは、ちょっと、あとで考える」
「いえ、その必要はないです。……私はもう、ヨシュアさんのこと、怖くない」
リリエリは真っ直ぐにヨシュアを見据えた。相変わらず感情の起伏が見えない、深く暗い眼だ。これがヨシュア=デスサイズ。我らが『断ち月』のギルドマスター。
手の震えは、とっくに止まっていた。
「私は弱い冒険者です。これからもたくさんヨシュアさんに迷惑をかけてしまうと思います。でも、私に時間をください。
並ぶことはできないかもしれないけれど、せめてあなたの後ろを追いかけられるような人間でいたい」
「……冒険を続けてくれるのか」
「こちらこそ、どうか続けさせてください」
ありがとう。
ヨシュアは相変わらずろくに表情も動かさずにそう言った。
だが、リリエリの目には、彼がほんの少し笑ったように見えたのだ。
■ □ ■
「にしても、やっぱり食料も何もなく洞窟に入るのはちょっと浅慮だと思います」
「すまない。一日二日程度ならと思ってしまって」
「人間一日三食が基本ですよ」
いつの間にやら外はすっかり静かになっていた。ロックバットの嵐は通り過ぎていったようだ。
とはいえ折角作った安全地帯。太陽こそ見えないものの、お昼は優に過ぎている。自然と二人は昼食を取る流れになった、のだが。
ほぼ手ぶらなヨシュアが食料を持ち込んでいるはずもなく。結果、リリエリの携行食を二人で分ける形となった。
初め、ヨシュアは食料の分配を拒否した。食べなくても平気だ、その食料はアンタが持ち込んだものだからアンタが食べるべきだ、などの理由を並べていたが、リリエリによる
「一切の栄養も取らずに未踏の洞窟を踏破するギルドマスターは、流石に怖いと感じますね」
という一言で渋々白旗を上げたわけである。
大人しくなったヨシュアを前に、リリエリは嬉々として持ち込んだ荷物を広げていた。こういう側面では役に立てる、そのことがとても嬉しいのだ。
「これはハネナガイワシを干したもので、日持ちがするので保存食として好まれているんです。こっちは雑穀を蒸して干したものです。硬いですが、すぐに慣れます。こっちは干した果物です。甘いです」
乾物、乾物、また乾物。日持ち重視の食料が、リリエリのリュックサックからわらわらと現れる。
採取とは根気である。少なくともリリエリは祖母からそのように叩き込まれている。魔物相手を除けば、リリエリは超持久戦特化の冒険者であった。
「……多いな」
「何かトラブルがあったら困りますからね。冒険者は体が資本です」
「こっちの緑色の粉も非常食なのか?」
「それはおばあちゃん特性ブレンド激魔草ミックス粉ですね。非常食ではないですが、とても役に立つものです。魔力の回復を促す効果があって、この世の終わりみたいな味がします」
ヨシュアは伸ばしかけていた手を引っ込めた。賢明な判断である。
携行食はあくまで携行食。味は二の次であるが、張り詰めていた気持ちを和らげるには十分だった。
"エリダの洞窟"がどれほど深く伸びているのかはわからない。周辺の洞窟は長いものでも片道二日くらいだ、というのがマドの情報であり、恐らくこの洞窟もその程度だろうという見立てだが、実態は未だ不明だ。
休めるうちに休む。これもまた、冒険者の鉄則。
「そういえば、ヨシュアさんはどうしてギルドを作ろうって思ったんですか?」
「勧められたんだ」
「へぇ」
「…………」
「…………もしかして、それだけだったりします?」
「うん」
やっぱりこの人のことはよくわからないな、とリリエリは思った。
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