第21話 ヨシュア=デスサイズは"怪物"にあらず


 石と石とがぶつかり合う音が聞こえていた。ロックバットの群れは未だに洞窟内の縦断を続けている。

 外は嵐だ。しかし、リリエリが魔力を尽くして形成した壁により、この場所は一時的な安息地となっていた。


「まだロックバットが飛んでいますね。どうせ外には出られませんし、このまま休憩を取りましょうか。そっちは狭くないですか?」

「いや、平気だ。アンタが広めに壁を作ってくれたから。……本当に便利なもんだな、紋章魔術ってのは」

「この本はマドの傑作ですからね。ただ、私の魔力をギリギリまで注ぎ込んだので、……歩けなくなってしまいました」


 リリエリは苦笑しながら自分の足を指さした。リリエリの右足には、魔本に描かれた紋章に似た入れ墨が彫り込まれている。動かない足を、魔力によって無理やり動かす紋章。リリエリにとっての生命線だ。


「……アンタ、魔力で足を動かしているんだったな。その、魔力は戻るもんなのか」

「歩くだけなら、少し休憩すればなんとかなります。一応色々用意してきたので。ただ、今みたいなことは、もう」


 言ってリリエリは目を伏せた。

 戦闘はできない。魔本での補助にも限りがある。ともすれば歩行すら危うい。……なんの役にも立てない、正真正銘ただのお荷物になってしまった。

 こうなる可能性は考えていた。だからこそ、十分に準備をしてきたつもりだったが……足りなかったということだろう。それほどまでに、リリエリは冒険者に向いていないのだ。


 これ以上は進めない。そうヨシュアが判断するのも時間の問題だ。……だったら、自分から引導を渡すべきだろう。


「ヨシュアさん、もう引き返しませんか」

「…………」

「ここまでずっと守られてきました。私が、守られることしかできなかったから。そしてその度に、ヨシュアさんが傷ついてきた。私の代わりに」


 魔狼の群れのときも、先程のロックバットも。治るとはいえ、痛みはあるだろうに。

 私じゃなければ。

 魔物と戦う力を持つ冒険者ならば、ヨシュアが身を挺して守らなくても済んだはずだ。リリエリでさえなければ、ヨシュアが傷つくことはなかった。


「『断ち月』が存続できなくなるのは、本当に申し訳ないと思っています。でも、ヨシュアさんほどの強さがあれば、きっと他のギルドでも喜んで受け入れてくれる」


 泣くな。ヨシュアに罪悪感を覚えさせるな。悪いのは私の弱さだ。

 リリエリは、笑顔を作った。上手にできていると、自分ではそう思った。


「私は諦めます。戻りましょう、地上に」


 沈黙。石壁の外から、ガツ、と重たいものがぶつかる音が聞こえている。

 ヨシュアはリリエリをじっと見ていた。リリエリはさも自然な風を装って、視線を魔本に落とした。顔を見たくない、見られなくない。

 ただ待っていた。「そうだな」という言葉を。ヨシュアによる引導を。


「……アンタがずっと怖がっていたのはそれか?」

「……え?」

「アンタは守られることしかできないといったが、それは逆だ。オレが、守ることしか……戦うことしかできないだけだ」


 ヨシュアは自分の額から流れる血を乱暴に拭った。その下からは、傷跡一つ残っていない綺麗な皮膚が現れた。


「この洞窟に入るときも、……結果として大丈夫ではあったが、アンタがいなければオレは何も考えずに有毒ガスに突っ込んで動けなくなっていたかもしれない。

 アンタが丹念に周囲を探ってくれているから、迷わずに最深部に向かって進んでいける。

 貴重な鉱石があったとしても、オレは気付けないだろうな。……そもそもオレは、灯り一つ持たずに洞窟に挑もうとする人間だ」

「……常識外れです。今までどうやって冒険していたのか、知りたいくらい」

「うん。色んな人間に助けられてた。……アンタにも、助けられてる」


 今ヨシュアはどんな表情をしているのだろう。好奇心にかられ、リリエリはそっと彼の顔を窺い見た。……普段と変わらない仏頂面。そうだ、ヨシュアはこういう人間だ。リリエリがこんな人間であるみたいに。

 

「もし、アンタがオレのことを考えて冒険をやめようとしているんなら、考え直してくれないか。……アンタは役立たずじゃない。『断ち月』に必要な人材なんだ」


「……私の代わりにヨシュアさんが傷つくのは嫌です」

「傷つくのは、その、オレの駄目なところというか。そっちの方が楽だからそうしているだけで、アンタが気に病むなら改める」


「後悔されるくらいなら、今ここで切り捨てられた方がずっと楽です」

「オレは、アンタがオレに愛想を尽かす方が早いと思ってる」


「……私は、守られてる立場のくせして、ヨシュアさんのことを怖いって思ってしまうような人間ですよ」

「そ、れは薄々勘付いてた、し、よく言われる、……怖いって。オレは人付き合いが下手らしいから、その、時間をくれないか。なんとかしたいとは、思ってる」


 その時、リリエリは唐突に思い至った。


 好きな食べ物はあるか。今日は良い天気だな。


 脈絡なく交わされたあの会話、あれはヨシュアなりの歩み寄りだったではないか。

 リリエリの恐怖なんてヨシュアには全部バレていた。その上で、彼はそれを解消しようと努力してくれていたのだ。

 方法が方法だっただけに混乱を生む結果になってしまったが、だからこそリリエリは理解できた。ヨシュアという人間の一端を。


 ヨシュア=デスサイズは"怪物"なんかじゃない。


 常識もない。愛想もない。でも最強。

 そんな一人の人間こそが、『断ち月』のギルドマスター、ヨシュア=デスサイズその人である。


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