第14話 計画始動



 依頼の受注に関する事務手続きは今日中にヨシュアが実施する。

 リリエリはギルド協会で設置用の小転移結晶を受け取ってからエリダ村へ出発する。

 冒険の準備は各々で実施。明後日の早朝五時にエリダ村の転移結晶前集合。


 リリエリS級冒険者計画のファーストステップは概ねこのようにまとまり、今日のところは解散となった。


「リリエリ。絶対に無事に帰ってきてね」


 と(半ば無理やり)持たせられた分厚い革装丁の本は、全てのページに魔術紋章が記載されたマド特性の魔本だ。冒険の役に立つ紋章が、マドの直筆のメモと共にこれでもかと記載されていた。


 マド、ヨシュアと別れたリリエリは、一人"月と銀鍵"地区の街路をゆっくりと歩いていた。丁寧な装飾の施された街頭や精緻な模様を描く石畳はこの地区特有の光景だが、とても楽しむ気分にはなれなかった。


 最初は冒険者に戻るため、どこでもいいからギルドに所属することが目的だった。それが今やS級冒険者になることが目的になっている。


 夕暮れ、ひんやりと温度を下げた風がリリエリの頭を冷やしていく。両手にかかる魔本の重みが、これが紛れもない現実であることをリリエリに教えてくれている。


 S級冒険者なんてとっくに諦めていた。足も満足に動かせない私じゃ無理だ。そう思っていた、はずなのに。


「挑戦、したいなぁ」


 採取依頼でS級冒険者になる。

 それはあまりに夢のある言葉だ。

 このまま何もせずにいれば、『断ち月』は解散してしまう。だったら、最後に大勝負をしてもいいんじゃないか。


 危険なのは承知の上だ。魔物の生息地に踏み入る中で、文字通り足を引っ張ることも起きるだろう。死ぬ可能性を、考えないはずがない。

 でも、今のリリエリには"あの"ヨシュア=デスサイズがついている。


「……よし」


 リリエリは自分の行く道を真っ直ぐに見据えた。今だけは、下を向いて歩く自分から変わりたいと、そう思った。



■ □ ■



 翌朝、リリエリは開館の時間に合わせてギルド協会を訪れた。


 ギルド協会はこの街の中心部"太陽と霧笛"地区の、さらに一等地に存在している。

 ギルド協会とは『黒翼の獅子』や『銀楼館』などのギルド全てを統括している国立の施設である。各ギルドに卸す依頼の管理や転移結晶などの必要資材の提供、冒険者等級の認定などが彼らの仕事にあたる。


 『黒翼の獅子』のような大きなギルドでは、冒険者とは別に事務員が所属しており、協会とのやり取りは全て彼らが行っていた。そのため、リリエリがギルド協会の門扉を叩くのは、今日が初めてのことであった。 


 広域に渡って彫り込まれた紋章魔術、つやつやに磨かれた石の床、魔法の炎が灯る豪奢なシャンデリア。……なんとなく居心地が悪い。リリエリは酷く場違いな気分を味わいながら受付に向かった。


「おはようございます。『断ち月』のリリエリです。転移結晶を受け取りにきました」

「おはようございます! 冒険者証を拝見します」


 きちりと制服を身に着けた受付の女性に冒険者証を渡すと、彼女は一度裏方に引っ込み、またすぐに戻ってきた。女性の手には小さな袋と新しい冒険者証が握られていた。


「ギルドを転属されたとのことで、新しい冒険者証をお渡しします。記載内容に誤りがないことをご確認ください。それと、こちらが小転移結晶です」


 受付の女性は一度小袋から転送結晶を取り出し、冒険者証と共にトレーに置いてリリエリに差し出した。手のひらにすっぽりと収まるサイズの、無色透明な鉱石だ。

 リリエリはまず新品になった自分の冒険者証に目を通した。所属ギルド『断ち月』。C級冒険者。間違いはなさそうだ。

 このCの文字をSにする。どう考えても無謀だ。無謀だが、もう止まれない。せめて後悔のないよう全力を尽くすしかない。


「昨日ギルドマスターの方にも説明をしましたが、改めて依頼の内容をご説明いたします。


 依頼の達成条件は"エリダの枢石窟"の最深部に転移結晶を設置し、エリダ村との行き来を可能にすることです。

 "エリダの枢石窟"は転移結晶が設置できないとの情報がございますので、何らかの対策を持って挑戦することをお勧めいたします。

 この情報は十年ほど前のものですので、内部環境が大きく変化している可能性がございます。細心の注意を払い、依頼達成に尽力していただければと思います」


「はい。ありがとうございます」


「お渡しした小転移結晶は、設置せずとも魔力を通すことで冒険者一人をエリダ村に転送することが可能です。都市内環境下で一週間ほど時間をかければ魔力が充填されますので、任務の達成が困難になった際は惜しみなくご使用ください。

 ……本来、この依頼はC級の方は受注できないものです。ギルドマスターの認可の元、リリエリ様にお願いをしている次第です。

 どうかご自身の命を優先し、行動してください。ご武運を」


 受付の女性は深く頭を下げた。


 どんな依頼を誰が実施するかは、ギルドマスターに一任されている。冒険者の死は、ギルドマスターの責任だ。足の不自由なリリエリが多くのギルドから忌避された理由の一つである。

 ギルドマスターたるヨシュアの許可がなければ、リリエリはこの依頼に挑戦すらできない。これは正真正銘、最後のチャンスだ。


「ありがとうございます。行ってきます」


 リリエリは小転移結晶を小袋に入れ、ぎゅっと握りしめた。手に伝わる硬い感触が、リリエリにとっての依頼開始の合図である。




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