第12話 リリエリS級冒険者計画①



「S級はA級の十人に相当するんだから、S級二人で実質二十人。だからS級が二人いればギルド設立可能――みたいな」

「そ、そんな無茶苦茶な……」


 詭弁にも程がある。リリエリは、冗談ですよね? という思いでヨシュアを窺った。……ヨシュアの体は、完全に壁に向き合っていた。リリエリやマドに一切表情を見せたくない、といった態度であった。

 ヨシュアは何も言わない。が、マドも追求はしなかった。待っているんだ。時間さえかければ、ヨシュアはきっと話し出す。

 果たして、この考えは正しかった。ややあって静けさに責め立てられたようにヨシュアは口を開いた。


「知、らない。オレは設立当時、『緋蒼』にいなかったから。だが、確かに……レダはそういうことを言いそうな人間だ」


 苦々しい口調。レダという人物のことを思い出しているのかもしれない。


「まぁ、真実はこの際なんだっていいんだ。今大事なのはリリエリが無事冒険者に戻れること。そして、そのために『断ち月』を存続させること」


 つまり、と区切りをつけるようにマドは音を立てて本を閉じた。続く言葉を、リリエリはなんとなくわかっていたけれど、考えたくなかった。いや、まさか。そんなことある?


「五日以内にリリエリをS級冒険者にしよう」


 笑顔で言い切るマドも、なるほどなみたいに頷くヨシュアも、見なかったことにしたいなとリリエリは思った。



■ □ ■



「四日以内に十八人集めるほうが簡単だと思います」


 リリエリは訴えた。

 S級冒険者のSはすごいのSである。必死になって採取してようやくC級に到達したリリエリが目指すには、いささか無謀過ぎやしないだろうか。

 一生かかってもなれるかどうかわからないのに、四日以内? 無理すぎる。街中の人に『断ち月』に入ってくださいって土下座して回った方が遥かに簡単そうに思える。

 

 こんなことになるならさっさと『黒翼の獅子』のギルドマスターに土下座しておけば良かったかも、とリリエリは思った。そうすれば、頭を下げる相手は一人で済んだのに。……既に『断ち月』に加入登録を済ませてしまったリリエリにはもう意味のない手段だが。


 一方のマドとヨシュアは、どうしてだろう、二人して「これで解決しそうだね」みたいな晴れやかな顔をしていた。


「リリエリの目標はお父上様のような冒険者になることだっただろう? 実は僕、いつでもリリエリの助けになれるように、リリエリをS級冒険者にする算段をいくつか立てていたんだよね」

「オレは、その、ルールや知識はからっきしだったかもしれないが、戦いなら幾分力になれると思う。アンタをS級に上げる助けになるなら、なんだってするよ」

「待って、待って待って待ってください。ほんとに。ステイ。よく考えてください、私は採取専門なんですよ。魔物と戦わずにS級冒険者になった人はいないんです。それを四日以内になんて、絶対無理です」


 リリエリにとってS級冒険者は憧れだ。なれるものなら、そりゃあなりたい。

 ただ、この願いはとうに過去のものだ。足が不自由になった時に捨て去った、つもりだ。今の目標は父親のようなS級冒険者になることではない。父親のような、人々の笑顔にできる冒険者になることだ。


 だから、必ずしもS級まで駆け上がる必要なんてない。……ないはずだ。


「魔物を倒さなくてもS級に上がれるとしたら?」


 ないはずなのに。

 マドの言葉に、どうしようもなく心を掴まれてしまう自分が、確かにいるのだ。


 マドはおもむろに立ち上がり、壁の一面を占めている本棚から一冊のファイルを取り出した。表には「リリエリS級冒険者計画その七」と書かれていた。……リリエリはそっとその文字を見なかったことにした。


「さて、少し喋るね。


 この街からそう遠くない所に、"エリダの枢石窟"と呼ばれている場所がある。十年ほど前に発見された洞窟だ。枢石という需要の高い鉱石が採掘できるということで、昔は冒険者に随分人気の場所だったらしい。


 でも、今では挑戦するものは誰もいない。その理由は次の二つだ。

 一。転移結晶の設置が不可能だったから。

 二。"エリダの枢石窟"よりも枢石が採掘できて、かつ転移結晶が設置可能な洞窟が他に見つかったから」

「転移結晶が設置できないのは面倒ですね。帰還するのも容易ではないでしょうし、枢石を運ぶのも手間がかかる」


 転移結晶とは文字通り人や物質を転移させるために必要な結晶である。

 魔物が溢れる世界の中、無力な人間が暮らしていける土地は限られている。紋章魔術を刻み込んだ大壁で都市を囲い込み、どうにか安全を確保した空間で人々は生活しているのだ。


 結果、各々の都市は浮島のように点在することを余儀なくされた。都市から都市へと移動するには、魔物に満ちた壁外を移動するか――転移結晶の力を使うしかない。

 転移結晶は安全かつ迅速に都市間を移動できる、この世界における唯一無二の奇跡である。


 壁外の調査および開拓は、冒険者の目的の一つである。"エリダの枢石窟"のような重要な土地に転移結晶を設置し、資源の回収や人間の住める土地の拡大に努めることは、冒険者が共通して持つ重要な任務と言える。


「リリエリの言うとおり、転移結晶が設置できないことが最大のネックとなって、いつしか"エリダの枢石窟"は冒険者から忘れ去られた。その結果、人類未踏のまま今日に至るってわけなんだ。


 でも、転移結晶が設置できないってのは昔の話。今は紋章魔術も随分発達しているから、余程のことがなければ設置に支障はないだろうね。

――結論を言おう」


 ヨシュア=デスサイズに魔物から守ってもらいながら、"エリダの枢石窟"の最下層に転移結晶を設置してくること。


 これでリリエリはS級冒険者になれるはずだ。

 マドは笑顔で断言した。揺るぎない確信を秘めた笑顔であった。



 

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