第9話 大丈夫じゃないギルド
マドからの宿題其の壱。ギルドルールを確認すること。
答え:ない。
マドからの宿題其の弐。どんな人が同僚なのか知っておくこと。
答え:いない。
■ □ ■
暫し空白の時間が流れた。
固定されてしまったように動かない空間を動かしたのは、リリエリがゆっくりと大きく息を吸う音であった。
「ヨシュアさん。ギルドの設立要件って知ってますか」
「強いギルマスとメンバーで二人」
「二十人ですね」
二十人ですね。
せっかくなのでリリエリは二回言った。二十回言ってやってもよかった。そうすれば、二と二十の違いが十二分にヨシュア伝わったことだろう。
「二人じゃなかったか?」
「二十人ですね」
三回言ってしまった。
ここでようやくリリエリの様子がおかしいことに気づいたヨシュアは、目元を覆っていた腕をとりさり、リリエリに目を向け……ぎょっとした。リリエリの笑顔が壮絶だったためである。
「ちょっと、こう、手続きにかかる書類かマニュアルを持ってきてもらっていいですか?」
「……うん」
言外の圧に押されたヨシュアは、のそのそとソファから立ち上がり、奥のドアの向こうに消えた。開けっ放しのドアの奥から階段を登る音、そしてばたばたと家探しをする音が聞こえる。ややあって戻ってきたヨシュアが手に携えていたのは、一冊の冊子であった。まるで一度も開かれていないかのように綺麗だ。
「これ……です」
「ありがとうございます。それで、えーと、……あった。ここ。ここ読んでもらっていいですか?」
「あー……ギルドの設立要件その一。A級以上のギルドマスターを一名擁立し、ギルドマスターを含めて、……二十人以上の、メンバーを、集めること」
「二十人ですよね」
「……待ってくれ。オレの知り合いは、確かに二人集めればいいと言っていたんだ」
「へぇ」
氷みたいな声だった。リリエリは、自分がこんなにも冷たい声を出せるのだということを、今この時初めて知った。
「本当だ、本当なんだ。確かに奴は、二人いればギルドができると言っていた。それに、実際、……」
ヨシュアは言い淀んだ。何かに葛藤しているようで、数度口を開けたり閉めたりしていたが、結局彼は何も言わないことを選んだようだ。
リリエリは同年代と比較してもなお背の低い冒険者である。だから、俯く直前のヨシュアの表情を一瞬だけ見ることができた。……彼は、自身の唇を強く噛み締めていた。言いたいけど言えない言葉を、押し込めるように。
「……悪い。俺の勘違いだったかもしれない。その冊子に書いてある情報が正しい」
「ヨシュア、さん」
「『断ち月』の現在の構成人数はアンタとオレで計二人。……ギルドの仮登録期間の期限は、あと四日だ」
「……つまり、四日以内に十八人のメンバーを集め切らなければ、『断ち月』は解散……ってこと、ですか?」
ヨシュアは俯いたまま、しかし確かに頷いた。
ギルド『断ち月』、解散の危機である。
■ □ ■
「状況を整理させてください。まずギルドの結成には、ギルドマスターを含めて二十人の冒険者が必要。
でも、『断ち月』は今、私とヨシュアさんの二人しか所属していない。合っていますか?」
「……合ってる」
「『断ち月』は現在仮登録期間中で、本来ならこの期間中にメンバーを集めきらないとギルドとしての本登録が認められない。その期限まであと四日。合っていますか?」
「…………合ってる」
「つまり、あと四日以内にメンバーを十八人集めないと『断ち月』は解散。
私とヨシュアさんはギルド設立要件の未達によるちょっとしたペナルティを受ける。ついでに私は短期間に二箇所のギルドから追放された冒険者になる。……合っていますか?」
「………………完璧に合ってる」
ふむふむなるほど。状況を完璧に理解したリリエリは、満足そうに数度頷き、……ソファに沈み込んだ。泣いていた。これが泣かずにいられるだろうか。やっとギルドに入れたと思ったのに、即解散の憂き目に合うなんて!
「私はもう駄目です。全てのギルドに拒絶された冒険者として歴史に残るんです。マド、おばあちゃん、ごめんなさい。私はお父さんみたいな冒険者に、なれなかったです……」
「なぁ、あの、アンタ、あー……そう気を落とさないでくれ。駄目なのはアンタじゃなくてオレだし、その、アンタはなにも悪いことはしてないだろう。こうなったのは、全部オレのせいだ」
まるで覚えたての言語を扱っているみたいな話し方だった。リリエリにかける言葉を、ヨシュアなりに必死に探し、選び、話していた。フラフラとわけもなく宙を彷徨う手は、彼の動揺を如実に表している。
「そうだ、今から十八人のメンバーを探すことができれば、『断ち月』は解散しないで済むだろう。そうすれば」
「……理屈の上では可能ですけど、あなたの他に十数人メンバーを探さないと即解散ですって伝えて、入ってくれる方がいるでしょうか。私は正直、現実的ではないと感じています」
リリエリの言葉はけして過剰に悲観的な意見ではない。このことは、今まで募集活動を行っていたヨシュア自身も感じ取っていることだろう。
正攻法でメンバーを集めるのは、無謀だ。
「ヨシュアさん、気を使ってくれてありがとうございます。確かに、この状況はヨシュアさんの適当さによるものだとは思ってますけど……悪意によるものではないって、わかってるつもりです。
だから、謝らないでください。たった一日でしたけど、私たち、同じギルドのメンバーだったじゃないですか」
さっきは卑屈になっちゃってすみません。私はもう大丈夫ですから。そう言ってリリエリは笑顔を見せた。無理に作った下手くそな笑顔は、ヨシュアにとって初めて見る表情であった。
「……なんとかする。オレに出来ることは何でもする。『断ち月』は解散しない」
「なんとかするって、一体どうするつもりですか」
「それは今から考える。方法はあるはずなんだ、絶対に」
「考えるって……あ!」
唐突にリリエリは思い出した。
「なんだ、いきなり素っ頓狂な声をあげて」
「ヨシュアさん、このあと時間貰っていいですか。
……一緒に考えてくれる人を、紹介したいんです」
■ □ ■
マドからの宿題其の参。少しでも困ったことがあったらすぐにマドに共有すること。
答え:
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