第7話 大丈夫なギルド(マド視点)


「というわけで、私も晴れて冒険者に復活です!」

「お、おお……おめでとう……?」


 マドは困惑していた。


 良い報告があります! とリリエリから誘われた酒場。この流れで良い報告となると、十中八九ギルドに入れたという報告だろう。

 我が事のように嬉しくなったマドは、それはもう羽の生えたように軽快な足取りで酒場に向かった。

 約束の時間より十分ほど早く酒場に赴くと、桜色の髪を二つに結わえた小柄な少女は既に到着していた。遠目からもわかるほどにニコニコと、嬉しそうな顔で。


 勧めた当人が言うのもアレな話だが、マドはヨシュア=デスサイズのギルドに一抹の不安を感じていた。

 マドは根も葉もない噂を鵜呑みにするほど愚かではない。とはいえ、ヨシュア=デスサイズもまた一筋縄ではいかない存在である。冒険者としての力も、経歴も、一つとして平凡なもののない男の創るギルド。


 もしかしたらリリエリにとって十個目のギルドになるかもしれない。あるいは、当人またはギルドそのものに入会を躊躇うくらいに突飛な要素があるのかもしれない。仮にもかのギルド『緋蒼』の一員だった男だ、噂のように野蛮な人間ではないと信じているが、万が一、億が一リリエリが怪我でもしていたらどうしよう。


 要するに、マドはかなり悲観的だった。


 リリエリの望みはどうにか叶えてあげたいし、これからもリリエリの側にいるという自分の望みも叶えたい。

 様々な状況を総合し、ヨシュア=デスサイズのギルドをリリエリに勧めるという結論を出したが、結果がどう転ぶかは神のみぞ知るところであった。不利益を被る可能性は十分低いと見立てた上での結論だが、それでもリリエリが怪我をしたり、悲しい思いをする未来もあった。


 それがどうだろう。リリエリは今、花開くような笑顔でマドに手を振っている。その表情には憂いの一片も見受けられない。

 どうやら考えすぎだったようだ。マドはリリエリに手を振り返し、足早に彼女の元へ向かった。

 早くリリエリの話を聞きたいと、逸る気持ちで溢れていた。のだが。


「私、かなり自信を失ってて、これ一生冒険者なんて無理だって思ってたんですけど、」

「うん」

「ヨシュアさんはそれでも良いって言ってくれて。最初はめちゃくちゃ怖い人だなーって思っていたんですけど、それは私の思い込みでした。噂はあくまで噂ですね」

「うん」

「なので入会届にサインしました。これで私も冒険者です! 明日からじゃんじゃん採取しますよ!」

「うん……?」


 リリエリの話をまとめるとこうだ。


 ヨシュアはそんなに悪い人ではなさそう。

 なのでギルドに入会しました。

 おわり。


 ……ちょっととんとん拍子過ぎやしないか。行ったその日にギルド入会は流石に早すぎる。いやほんと勧めた当人が言うことではないが、大丈夫なのだろうか、それは。


「ええと、リリエリ、まずはおめでとう。本当に良かった。リリエリの笑顔が見れて僕も嬉しいよ」

「ありがとうございます! それもこれも、マドが助けてくれたおかげです!」

「これは確認なんだけど、念のため、念のためね。『断ち月』のギルドルールってどんな感じなの? 月にどれくらい依頼をこなさなきゃいけないとか、そういうのある?」

「聞いてないですね」

「まぁそういうこともあるよね。どこのギルドもだいたいおんなじ感じだし。国がしっかりギルドをまとめているから、今どき変なルールなんて敷けないし」


 大丈夫か?

 リリエリは優しい人間だ。出会った当初も、秘密主義者なマドの気持ちをとても尊重してくれた。深くは聞かず、それでもマドと一緒にいてくれたからこそ今の関係がある。

 リリエリの優しさ、素直さ、正直さは彼女の長所だ。マドはリリエリのそんなところが好きだった。

 それはそれとして、今のこの状況は大丈夫か?


「ええと、ヨシュア=デスサイズってどんな人だった?」

「なんかデカくて強そうでした。すごく目つきが悪くて、私程度なら素手でも殺せるでしょうね」

「……まあS級冒険者ともなれば、貫禄もばっちりだろうね。他のギルドメンバーってどんな人がいるの?」

「わかんないです。ギルド本部では誰一人として出会わなかったので」

「そうだね、渡り鳥の羽根も一所には落ちないしね、そういうこともある、かも?」


 あるのか? 二十人いるはずのメンバーの誰とも会わないなんてことが本当にあるのか? ギルド本部で?


「ちなみに、"踊る白鯨亭"だっけ? 昔繁盛してた飲食店だったと記憶してるけど、どんな場所にあるの?」

「レンタン市場の端っこですね。空き家だらけで、周囲に全然人がいなかったです。なんであんなところに本部を置いたのか全然わかりませんが、静かなところが好きなんじゃないでしょうか」

「まぁ、レンタン市場も"踊る白鯨亭"も有名な場所だしね。十数年前まではね。そういうところを選ぶメリットも、ある……はず……」


 大丈夫か?


「本当にありがとう、マド。マドのおかげで、私はまた歩きだせます」


 ……大丈夫、ではないかもしれない。が、嬉しそうに笑うリリエリに水を差すことは、マドには出来なかった。

 ニコニコと嬉しそうに葡萄ジュースを飲むリリエリの笑顔を前に、マドは一つ決心した。なにかあれば直ちに僕が介入しよう。できることは多くはないが、何かの助けにはなるはずだ。


 それに。

 マドは知っている。

 リリエリは採取しかできないのではない。採取しかだけなのだと。

 相手が一人の人間ならば、例え"あの"ヨシュアだろうと、滅多なことにはならない。


 マドは嬉しげに語るリリエリに相槌を打ちながら、いくつかの宿題を言い渡した。

 『断ち月』が大丈夫なギルドがどうか。マドはしっかりと見極めなければならない。それがリリエリの親友たる務めである。

 

 

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