第5話 『断ち月』は歓迎する
「じゃあギルド本部に案内するから、ついてきてくれ」
男はぽかんと口を開けたままのリリエリに手を差し出した。リリエリは何も考えずにその手を取り、立ち上がった。
さいようで。サイヨーデ? どういう意味の単語だったっけ。知らないだけで、そういう名前の試練があるのかもしれない。いやないだろう。
「『断ち月』のギルド本部は昔"踊る白鯨亭"と呼ばれていたところにある。有名な建物だと聞いているから、アンタも知っているとは思うが」
奥まったところにあるから、わかりにくいかもな。男はそんなようなことを話しながらリリエリの手を引いた。足の向く先は、市場のメイン通りから少し外れた小道であった。
言葉の通り、道の入口は廃材やら放棄された屋台やらが積み重なっており、初見でこの道に入れるものはほとんどいないだろう。実際リリエリもこの道を見落としていた。
「あの、ちょっと待ってください」
リリエリは歩きながら訪ねた。同世代の中でも小柄なリリエリは、男にほとんど引っ張られているような状態になっている。抵抗しても敵わないだろうとは直感していた。幸い、男は素直にその足をとめ、リリエリの手を離した。
「……悪かった。少し急いた」
「いえ、それはいいんですけど……、あの、サイヨーってなんですか」
「アンタはギルドに入りたい。俺はそれを許可した。という意味だ」
「えっと、普通こういうのって面接とか、テストとか、そういうのをやった上でギルドマスターが許可するものじゃないですか」
リリエリは訪ねた八つのギルドすべてで面接を行い、すべてで断られている。ギルドには国によって定められた厳しい規定がいくつか存在していて、どこの馬の骨ともつかない冒険者をおいそれと加入させるわけにはいかないのだ。
例えば魔物と戦わない冒険者。例えば足の不自由な冒険者。見た目やランクからでははかれない、ギルドにとって不都合な人材を弾くための面接。
リリエリは自らが他者よりも随分不利な条件であることをよくよく知っている。だからこそ、面接もなにもやらずに採用されるのは、男を騙しているみたいで気が引けた。
例えリリエリのバッドステータスが原因で、加入を断られたとしてもだ。
「あなたまだ私の名前も、ランクも、強さも、今までの経歴もなにも知らないじゃないですか。私、自分で言うのもアレですけど、冒険者としてはダメダメですよ。それでもギルドに入れてくださいって、心の底から思ってますけど」
「『断ち月』に入りたいって思ってるならいい。アンタが何者でも俺は気にしない」
「いや、でも、」
「アンタが入ってくれないと困る。ギルドの設立要件は知ってるか? 期限まであと一週間だ。アンタが入れば達成するんだ」
いいか、と男は背の低いリリエリに合わせて少し屈み、真っ直ぐにリリエリの目を見た。
「アンタは頼む立場じゃない。『断ち月』に入ってくださいと頭を下げる立場なのは……オレだ」
■ □ ■
そういうわけで、半ば押し切られるような形でリリエリはギルド本部なる旧"踊る白鯨亭"に来ていた。
元飲食店を改装した建物のようで、飲食店としての家具のほとんどを取り去っただだっ広い空間の中、リリエリは一人ぽつんとギルドマスターが来るのを待っている。
手持ち無沙汰だ。そわそわする。数少ない家具の一つである古ぼけたソファーに座らされたリリエリは、わけもなく足をぱたぱたと動かしていた。
「……静かだな」
あと一人でメンバーが揃うと言っていたから、ギルド本部にはもう少し人がいるもんだと思っていたが。
ギルドの設立要件は主に二つ。
一、A級以上のギルドマスターを一名擁立し、ギルドマスターを含めて二十人以上のメンバーを集めること。
ニ、ギルド拠点を有していること。
特にメンバーを集めるのが難関とされており、ここ数年の新規ギルドの設立は、巨大ギルド幹部の独立か、なんらかを要因としたギルドの分裂のみである。
そんな中、全く新しいギルドの立ち上げに成功するというのは、流石元『緋蒼』のSランク冒険者ヨシュア=デスサイズと言わざるを得ない。
……いや、まだあの男がヨシュア=デスサイズだと決まった訳ではないが。なにしろ、この期に及んでリリエリも男も自己紹介をしていないのだ。
「ギルドに入れたのはとてもラッキーだったけど、採取専門ですなんて言ったら追い出されちゃうかな……」
どうか上げて落とすのだけはやめてほしい。リリエリは緊張の中、じっとギルドマスターを待った。
……静かだ。石壁の露出した古い建物だが、質はいいようで外の音はほとんど入ってこない。窓から見える隣の建物にも人の気配はない。というか、歩いてきたからわかるが、ここら一帯全部空き家だ。どうしてこんな人のいない地域にギルド本部を据えたのだろう。
暇すぎて取り留めもないことに頭を巡らせていると、ややあって背後から足音が聞こえた。先程の男だ、今度はチラシではない紙を持っている。
男はリリエリの正面の椅子に座り、目の前に置かれたローテーブルの上にその紙――ギルド入会届を、投げ出すように置いた。
「俺は『断ち月』のギルドマスター、ヨシュア=デスサイズだ。『断ち月』へようこそ。俺はアンタを歓迎する」
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