第4話 『断ち月』の実存



「メンバー、募集…‥」


 リリエリは目から勝手に流れていく涙を何度も拭った。見間違いじゃないかと思った。諦めた矢先に願いが叶うだなんて出来すぎている。

 しかし何度見直してもくしゃくしゃのチラシに書かれた文面は変わらない。メンバー募集。ギルド『断ち月』。これこそがリリエリの求めていた情報だ。


「……ほんとにあったんだ」


 リリエリは道の真ん中にしゃがみ込み、薄汚れたチラシをじっと眺めた。普段はこんなはしたない真似はしないが、どうせ周りには誰もいない。それに、チラシは本当にボロボロで、持ち上げるとあっという間に崩れて消え去ってしまいそうに見えた。

 

「ええと、メンバー募集中、加入希望者は……」


 続きの文字は消えていた。

 加入希望者はどうすればよいのか、肝心な部分が汚れと破損で読めなくなっている。はっきりとついている靴跡は、奇しくもリリエリによるものであった。


「折角見つけたのに」


 再び目に涙が浮かびそうになり、リリエリは慌てて袖口で拭った。必要な情報は揃わなかったが、これは紛れもなく前進だった。ギルド『断ち月』は噂じゃなかったし、メンバーを募集しているのも事実だったのだから。


 ここにチラシが落ちていたということは、どこかに新しいチラシが貼られているはす。

 リリエリは意気揚々と顔を上げ、気づいた。自分に影が差している。さっきから暗いなとは思っていたが、てっきり雲が太陽を隠しただけとばかり思っていた。しかし影になっているのは自分の部分だけ。おまけにこの影、人の形をしている…‥?


 リリエリは、まるで錆びついた鎧を着ているかのようにぎこちない動きで上を見た。空が見えるはずだった。


「ギルド『断ち月』、メンバー募集してまーす……」


 男だ。

 背の高く、目元にベッタリと隈を貼り付けた不健康そうな男が、全く生気の感じられない眼でリリエリに差すはずの陽光を遮っていた。


「ひっ」


 ぺしゃりとリリエリは尻餅をついた。リリエリを見下ろす男……噂の通りであれば、"あの"ヨシュア=デスサイズが、リリエリをじっと見下ろしている。

 深い沼に似た底知れない瞳だった。相応の筋肉はついているものの、背が十二分に高いせいでやたらと痩せているように見えた。武器の類は見受けられないが、彼がそうしようと思えばリリエリなんて素手でも殺せる。……そんな剣呑な雰囲気が、男の体に纏わりついている。


 リリエリは依頼で死にかけた日のことを思い出した。素材を探して深い森に分け入り、うっかり魔物に囲まれてしまった日のことを。あの時は持っていた素材の半分を消費してなんとか生き延びた。だが今、この場に素材はない。リリエリは何一つとして持っちゃいない。


「……どうぞ」


 男は、へたり込んだままのリリエリにチラシを差し出した。ただの紙切れなのに、まるで刃物を突きつけられているみたいだった。

 汚れも破損もないチラシだ、書かれた文字がはっきりと読める。加入希望者はレンタン市場北西部の旧"踊る白鯨"亭まで。……リリエリが心底見たかった情報だ。今となっては不要な情報だが。


「ギ、ギルドメンバー、……募集してるんですか?」

「募集してる……あー、してます」

「あの!!」 


 無自覚に、リリエリは大きな声をあげた。方や地面に座り込む少女、方やチラシを差し出したまま少女を見下ろす男。第三者から見れば奇妙な光景だが、二人は、……少なくともリリエリは、必死だった。


 リリエリは男を、男はリリエリを見つめた。剣の間合いをはかるに似た緊張感がリリエリの体を縛り付けている。生物の本能としての恐怖が逃げろと声を張り上げているが、引くわけにはいかない。これは最後のチャンスだ。


「私、入れてくれるギルド探してて! 私の話を聞いてくれませんか!」

「いいよ」

「あ、ありがとうございます! じゃあ早速面接を」

「あ、いや、違う。面接はいらない」


 男は差し出したままだったチラシを下げた。先程からほとんど表情が変化していない。

 違うってなにがですか。面接がいらないってどういうことですか。実技試験でもするんですか。浮かんだ疑問を、声に出す時間はなかった。


「採用で」

「えっ」


 えっ。


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