すりかわり

真•ヒィッツカラルド

【すりかわり】

私が物心がついたのは幼稚園児の頃である。


同じ幼稚園に通う子供たちが、母親に迎えに来てもらい帰って行く中で、私は一人で待っていた。


当時の記憶では園内に仲の良い友達は居なかったと思う。


私は何時も一人で遊んでいた。


冒険が好きだった私は、幼稚園の建物の隅と言う隅まで探索していたのを良く覚えている。


何時も最後まで幼稚園に残っているので、一人で楽しめる事を探していたのかも知れない。


そんな私を幼稚園まで迎えに来ていたのは、母でも父でもなかった。


二つ上の兄が小学校の帰りに私を迎えに来ていたのだ。


小学校が幼稚園の隣に有ったので、さほど苦でもなかったと思う。


そして、帰り道の途中で苺畑が有り、そこで良く苺を摘まみ食いした記憶がある。


その苺が、とても私は好きだった。


だから摘まみ食いしすぎて、兄に良く止められたものだ。


その頃の私達一家は、団地に住んでいた。


父、母、それに兄が二人の五人家族である。


団地の裏には線路が有り、ちょくちょく貨物車が走っていた。


夜になって眠れないと、一人で貨物車を眺めている事がしばしばあったのだが、私が決して電車が好きな訳でもなかった。


ただ、眠れないから動いている物が見ていたかっただけだと思う。


今でも電車に興味は皆無だ。


ある晩の事である。


その晩も私は眠れずに、布団から出ると、窓から貨物車が走って行くのを眺めていた。


すると、まだ両親達が起きている様子で、私は隣の部屋に入って行った。


父と母は、テレビの有る部屋で、二人してビールを飲んでいた。


何故か私は父にビールを進められる。


もしかしたら私から飲みたいと言ったのかも知れない。


よく覚えていない。


そして、ビールを初めて飲んだ。


正直な話、子供の私には苦くて飲める代物ではなかった。


でも、我慢して一気に飲み干した。


父は私に言いました。


「何故、ビールを飲んだんだ?」


私は何も考えずに答えました。


「男ならビールぐらい飲めるでしょう」


父と母は笑っていました。


子供の強がりぐらい察していたのでしょう。


そして、また別の晩に私は目が覚めます。


なんだか、とても怖い感情が襲い掛かって来ていて、眠れなかったのです。


私は闇夜を怯えながら両親の寝室に向かいました。


私が部屋に入ると、父と母がベッドに寝そべりながら訊いて来ました。


「どうした?」


「怖くて眠れないの……」


父は私の言葉を聞いて、微笑みながらベッドに誘いました。


私は父と母の間に入って横になりました。


安堵のあまりか、私は一瞬で睡魔に襲われました。


子供が親の側で眠る安心感を味わいながら眠るのは、これが最後になります。


月日が流れて私も小学生になりました。


でも、小学校に通いだしても、私は探検ばかりしていました。


小学校の中庭を重点的に探索していた記憶が深く残っています。


友達と遊んでいた記憶がございません。


そして、ある日の事です。


母が片腕にギブスを嵌めてました。


私がどうしたのかと訊くと、「階段から落ちた」と言いました。


私は疑わずに信じました。


だが、それから数日経って、私が一人で小学校から帰って来る道中で、車に乗った母と兄に会います。


車が私の隣に停まり、二人が車の中から顔を出します。


そして、母が言うのです。


「団地に帰ったら、向かえの部屋のおばちゃんに部屋の鍵を開けて貰いなさい」っと──。


何を言っているのか理解できませんでした。


そして、私は二人に問います。


「何処に行くの。僕も行きたい」


でも、ダメだと言われました。


何故に拒否されたかも、その時は理解できませんでした。


そして、母と兄が乗った車が走り去ると、私は団地の部屋に帰ります。


言われた通り向かえの部屋のおばちゃんに言って部屋の鍵を開けてもらいました。


でも、部屋の鍵を開けるおばちゃんが、なにかよそよそしかったのを感じました。


そして、私が部屋の中に入ると、何時もと違う感じに驚きました。


まず、台所に在った大きな冷蔵庫が無いのです。


茶の間に行けば、テレビが有りませんでした。


子供部屋に入れは、兄の勉強机が一つ無くなっていました。


他にもいろいろな物が沢山無くなってました。


私はがらんどうになった部屋を出て向かえの部屋のおばちゃんに訊きました。


「家の中からいろんな物が無くなってるんだけど……?」


おばさんは気まずそうに言いました。


「パパが帰ってくるまで、ちょっと待ちなさい……」


そしてアイスをくれました。


私はがらんどうになったリビングで、アイスを食べながら、ただひたすらに父の帰りを待ちました。


夕日が寂しく部屋の中を赤く照らしていたのを覚えています。


そして、仕事を終えた父が帰ってくると更に慌ただしくなりました。


あちらこちらに何度も電話を掛けて騒いでいるのです。


どうやら母は、家を出て言ったそうです。


兄を連れて──。


残されたのは父と次男と私だけです。


そして、何故に母が出て行ったのかを私が理解するのは数年後の話です。


どうやら父と母は喧嘩をして、父が母を殴ったらしいのです。


その時に母は片腕を骨折したらしいとか……。


だが、よくよく話を聞いて見れば、父が母を殴った理由が、母が次男を殴ったからだと言うのです。


普段から母は次男に虐待的な行為を働いていたらしいのです。


この事を聞いたのも、私が大人になってからです。


何故に母は次男を虐待していたか?


何故に母は長男だけを連れて家を出て行ったのか?


それを知ったのは、私達親子が団地を出て、私が中学生になった頃です。


親戚の叔母さんから当時の話を聞いたのです。


どうやらあの母は、父の浮気相手だったらしく、ちょうなんは母の連れ子だったとか─。


要するに、私が母だと思っていた女性は、私とは血の繋がりもない他人だったのです。


そして、母に懐かなかった私の兄は虐待されて、懐いていた私は何も知らずに過ごしていた訳なのです。


母が出て行く瞬間を見送ったショックよりも、母が兄に虐待をしていたショックよりも、私が一番ショックだったのは、自分の母親がすりかわっていたのにも気づかず過ごしていた事が一番のショックでした。


それ以来、私は父も兄も信じられなくなりました。


自分すら信じてません。


勿論ながら他人すら信じていませんでした。


一番信じられないのは女性です。


だから、私は歳を取っても結婚せずに一人で生きています。


でも、今は、良い友達に恵まれて、少しは他人を信じられるようになりました。


今、信じられるのは友達だけです。


今なら友達に裏切られても笑って許せます。


「ギャグだろw」っと笑えます。


父も最後はボケてから肺炎で亡くなりました。


ろくでなしの父でしたが、今では許せます。


だって、所詮過去は許すしか前に進む道は無いんですもの。


道を反れたり下がったりしても、何も進みませんからね。


だから私は前向きに生きて行きます。


これからも──。



【終わり】

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