第19話 コナー爺さんの好物


「なんだ。またお前か」


 コナーのじいさんは、俺を観て偏屈そうな顔を益々歪ませた。だが、その目は、どこか優しげに見え、俺はニカッと笑って手に持った袋を高く上げた。


「一緒にどうですか?」


 と言って店の中へ入る。じいさんは、袋の中の匂いに気が付いたのか僅かに目を開いたが、すぐに偏屈な顔に戻って。それでも「勝手にしろ」と言った。


 よし。追い出す気は無さそうだな。


 俺は、ここへ来る前にマーケットへ寄った。何度も行ったり来たりする俺を見ていた屋台の亭主が、何を探してるのかと声を掛けてきて、何気無く「コナーのじいさんの所へ行くんだが、手土産に何が良いかなって考えてて」なんて言ってみたら、亭主がコナーのじいさんが好きな食べ物を教えてくれた。

 意外にもガッツリした物で驚いたが。俺は、甘辛タレをたっぷり纏った肉焼きを買った。焼き加減に拘りがあるらしく、肉屋の亭主がコナーのじいさんが好きな焼き加減にしてくれた。ついでに、自分用に果物屋で初めて見る桃のような赤く熟れた果実を数個を買うと、店のおばちゃんが「イイ男にはオマケだよ」と、青リンゴを二つもくれた。


 コナーのじいさんは、無言のまま簡易椅子を俺に差し出し、作業台の一部を片付けた。


「肉屋の亭主が、コナーさん好みの焼き加減にしてくれてますよ」


 と言えば、オヤジさんは「そうかい」と言って店の奥へ入って行った。すぐに戻ったじいさんの手には皿が二枚とフォークが二本。

 俺が青リンゴに手にしているのを見て、ムスッとした顔をした。


「ほら、お前も食え。若もんが肉を食わずどうする」

「いや、でもそれ、コナーさん用だし……」

「こんな沢山は食べきれん。温かいうちが旨いんだ。ほら、食え」


 じいさんは肉を皿に取り分け、俺にグイッと押し付けるように渡してきた。俺は肉はあまり好まない。全く食べられない訳では無いが……。それでも、ここで機嫌を悪くされるのも困ると思い、一緒に食べる事にした。


「どうだ? 旨いだろ?」

「はい。柔らかくて美味しいですね」

「マーケットの肉屋が一番旨いんだ。他の肉屋のは辛すぎるか、焼き加減が下手くそでな。パサパサで食えたもんじゃない」

「コナーさんが肉好きって、なんだか意外でした」

「年寄りには似合わないってか? こちとら力仕事だ。体力勝負に肉は欠かせないんだよ」


 俺は、とりとめもなく他愛のない話を続けた。じいさんは時々相槌を打つようにボソリと呟くだけで、俺一人が話をしていた。肉を食べ終え、俺が青リンゴを食べ出した頃、じいさんがふと、俺を見つめた。


「なんで、商会に釘を卸さなくなったかって、話だったな。お前が聞きたがっていたのは」


 その言葉に、俺は青リンゴに齧りつこうと口を大きく開けていたのを閉じた。

 

「何があったのか、聞かせてもらえますか?」

「ああ……」


 コナーのじいさんは、大きくゆっくり呼吸を繰り返してから、その視線を自分の両手に向け話を始めた。


「娘がよぉ……。東であった竜巻に巻き込まれて、死んでんだ。孫まで一緒になぁ」

「…………」

「あっちの男と結婚してよ。もうすぐガキが生まれるからって、里帰りでな。馬車に乗ってたんだ……」


 コレットの両親と同じ馬車だったのか、それとも別の馬車だったのか。俺は黙ったまま、話の続きに耳を傾けた。


「その時乗っていた馬車は、クラーク商会が運営している馬車だった……。あの時の事故ではな、他の馬車もあったんだ。だけど、事故にあったのは、偶然にもクラーク商会の馬車だけだったんだ……。アンタらのガブレリア王国に、この国が攻め入ったというのは、この国の人間はみんな知ってる事実だ。そして、その引き金は東の魔女であった事も。魔獣が増え、東の地域が荒れたのも、竜巻が起きたのも、全て東の魔女が原因だったと。口には出さねぇが、東の魔女を恨んでる人間は多い……。そんな中、ダレルはよ……クラーク伯爵は魔力があり、しかも東の魔女の遠縁だと街に広まった。だがよ? 子供の頃から見てきたモンからすりゃあ、そんなもんがデマだって事は分かってた。だからこそ、いろんな奴が商会との取引を取り止める中、オレぁ、商会との取引を続けた。だが、ある日……前にも話したがな、クラーク商会側からオレの作った釘に難癖付け来やがったんだ」


 伯爵は、じいさんから打ち切って来たと言っていた。なら、誰が言ったんだ……。


「コナーさん、その難癖付けて来たのって、誰なんです?」

「受付の女だよ。グレースっていう。だが、アイツはオレの釘は良い物だとも言った。伯爵は、釘に難癖付けて来たが、馬車の椅子を固定するにはオレの釘が一番良い物だから、こっそり卸して欲しいと言ってきた。オレは断ったよ」

「でも、オルガルドさんに釘を渡して卸してますよね?」

「はぁ? なんの事だ? オルガルドには確かに売ってるが商会に卸してるなんて、オラァ、聞いてねぇ」


 じいさんの言葉に驚く俺の頭に、サーシャの叫び声が響いた。ハッとし、俺はじいさんに「じいさん、ごめん!」と、言葉を崩してしまったが、それどころじゃない。突然、慌て出した俺を見て、じいさんも驚き椅子から立ち上がる。


「コレットが危険だ!」

「な、なに!? 何が起きてる!? どうしたんだ!」

「俺、行かなきゃならない! じいさん、また来るから! あ! その桃みたいなの、一個だけで良いから取っておいて! あとは食べて良いから!」


 鍛冶屋のドアを乱暴に開け放ち、俺は人気のない場所まで走ると神獣の姿に戻って、急いで飛び立った。



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