第18話 アレックス様の魔眼
窓ガラスが割れた音と同時に、叫び声が聞こえた。強く目を閉じ、籠の中で丸く身を固める。
けど……。あれ……。温かい……。なんで……?
「西の魔女に直接手を出すとは、随分と大胆だな」
怒気の含んだ低い声。震える程に怖く感じるその声に、アタシは自分の中に生まれた恐ろしさと喜びの混ざった感情に混乱した。
恐る恐る顔を上げ、目を細め開けてみれば、籠の蓋が無くなり光が入り込んでいる。天井が無くなった小屋。
そっと顔を出すと、壁も無くなり、床だけ残った小屋……だった場所。何も無くなっているそこは、コレット様とアタシが入った籠の周りだけ何事も無かった様に綺麗だ。それを見て、結界が張られているのだと分かった。
そして……。
コレット様の前にアレックス様が剣を手に立っていた。
剣先は、あの受付の女……グレースに向けられている。グレースは、そんな事を気にしている様子もなく、アレックス様を見てニヤリと笑った。
「へぇ……。青紫と銀色の瞳ねぇ……。それ、魔眼だねぇ。もう何百年も現れなかった【菫青石の宝珠】持ちが居るとはねぇ……。お兄さん、ガブレリア王国の人間?」
「だったら何だ。お前はユルラルド人だな」
「あら、もうバレちゃったの?」
グレースは笑いながらそう言うと、アレックス様の後ろに立つオルガルドさんに視線を向けた。
「アンタ、簡単にゲロったんだぁ。役立たずの警邏隊だねぇ。裏切り者」
ニヤケながら言われたその言葉に、オルガルドさんが怒鳴り声を上げた。
「裏切り者はどっちだ! 俺はコレットちゃんや他の魔女達に危害を与えるだなんて、聞いていない! しかも、人身事故だって……! あんな何度も行うとは聞いてなかった!!」
え! オルガルドさん、アイツの仲間だったの!? はっ!! 他の魔女達に危害を!? 何がどうなってるの!? どういうこと!?
アタシはオルガルドさんの言葉に酷く驚いた。それはコレット様も同じ様で、目を見開きオルガルドさんを振り返る。
「口では何とでも言えるよねぇ。そう言って、ぜぇーんぶ私のせいにするんだ? まぁ、そうすりゃあ、自分を守れるもんねぇ。他国の私の話より、同じ国の人間の話をみーんな信じるだろうし。ガブレリア王国のお兄さんも、その警邏隊の言葉を信じてるんだろぉ? ああ、酷い、酷い」
ヘラヘラと笑いながら、グレースは手をヒラヒラさせた。アタシは体が固まってしまって動けないでいると、コレット様が小さな声で「サーシャ、もう大丈夫だからね」と言ってくれた。
コレット様に視線を向け見上げる。すると、どうやったのか、コレット様の手の縄は解けており、後ろ手にしたまま指先で何かを描いてた。アタシはその動きをじっと見つめ、ハッと気が付いた。
それは、いつだったかアレックス様の妹様であるアリス様が、コレット様に教えた『自分が守りたい範囲を守る為の陣』だと気が付いた。
「お前は、この国で一体何をしようとしている」
アレックス様が低く唸る様に言えば、グレースが、ふふふと不気味に笑う。
「ガブレリア王国の騎士殿には無関係なこと……では、無くなったかなぁ……その、瞳のお陰で」
言い終わるか否か、グレースが腕を大きく上げた。それと同時に、アレックス様が「コレット!」と叫ぶと、コレット様はさっき描いていた陣を発動させた。
青白く光った陣。
すると、アタシの身体が見えない力に勢いよく引き寄せられた。恐怖から目をギュッと瞑って、身を固くしたが……痛くない……?
そっと目を開けると、半球体の中にアタシとコレット様、そしてダレルとオルガルドさんが包まれていた。
さっき居た小屋があった場所から離れた、森の入り口近くに、アタシ達は居た。
アタシを含め、ダレルとオルガルドさんも驚きながら、その青白く光る半球体を見上げている。すると、鋭い音と共に、何かが半球体にぶつかった。
振り返れば、アレックス様がグレースと戦っている。
それは、初めて見るアレックス様の戦闘姿。アタシの目でもおいつかほど、あらゆる魔法が次々と繰り出されている。だけど、グレースもそれに負けていなかった。
「ハンッ! 魔眼と言っても大した事ないねぇ。お兄さんの力はそんなもんかい」
グレースの声がアタシの耳に届いた。アレックス様は無言のまま攻撃を続ける。
「おっと!」
グレースが何かに躓いたのか足元をよろつかせた隙に、アレックス様が素早くが剣を薙ぐ。
魔力の乗った光が、凄まじい音と共にグレースに向かって放たれる。
「クッ!!」
アレックス様の攻撃がグレースに当たったのか、低い呻き声が一瞬聞こえた。けど……次の瞬間。
「アレックス様!! 上!!」
コレット様が叫んだ。
アレックス様の頭上に、戸愚呂を巻いた黒い煙の様なものが現れていた。
素早く上を向き魔術を放つアレックス様に向かって、グレースが攻撃を仕掛けた。
危ない!!
アタシは思わず目を強く瞑り、心の中で叫んだ。
その叫びが、レオン様に届いていたとは、思いもせずに……。
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