第16話 整備場
『コレット様? これから何処へ向かうのです?』
出掛ける準備をするコレット様の横を歩きながら見上げると、コレット様はイタズラを思い付いた様な笑顔を作って、アタシをチラリと見た。
「アレックス様達が向かっていない場所よ」
『向かっていない場所?』
「そう。話を聞く限り、まだ乗合馬車の整備をしている場所へは、向かって無いでしょう?」
そうだった! 乗合馬車は多くの人と重い荷物を乗せる事が多く、長距離へ向かう物もある。竜巻があった時、多くの事故があったという。事故の原因は竜巻であって、馬車が悪い訳では無かったのに、多くの人が不安がったんだとか。それ以来、国が管理している整備場が作られた。走らせる前に必ず整備を行い、整備完了証明を発行された馬車以外は、長距離や大人数を乗せてはいけない事になっている。
その整備場の管理を任されているのは、クラーク伯爵家なのだ……。
アレックス様はクラーク伯爵は白と見ている様だったけど、黒魔術となるとやっぱり完全なる白であるとは言い切れないと、コレット様は思っているのかも知れない。
俄然興味が湧いて来たアタシは、久々にあの魔法に挑んでみる事にした。
外に出たアタシは、スピードを上げて走りだす。
「サーシャ?」
コレット様の声と同時にアタシは思い切りでんぐり返しをした。
駆け寄って来たコレット様を見上げると、コレット様が急いで杖を振った。
「もう、びっくりするじゃない……。いま、誰も居なかったから良かったけど。外でやると、裸のままなんだから気を付けないと」
「でも、ニンゲンの姿の方が、役に立つかなって思ったんです」
そう。アタシはいま、ニンゲンの姿に変身しているのだ。見た目は、ニンゲンでいう、六歳児くらいなんだって。ちなみに、まだ半日しかもたない。
コレット様が杖を振ったのは、魔法で服を着せてくれたため。アタシはまだ魔法が上手く扱えていないから、変身しても裸のまま。もっと扱いが上手くなれば、服を着た状態に変身出来ると、コレット様は教えてくれた。それから……。
「なら、帽子も絶対、取っちゃダメよ?」
そう言って、コレット様はアタシの顎の下で帽子のリボンを結んだ。
しっぽは隠せるのに、耳だけ上手くいかないの。これも、魔法を上手く扱える様になれば、隠せると教えてもらった。これから、たっくさん練習して上手になって、レオン様とでぇとしてもらうのだ。
『いつか上手に姿を変えられて、半日以上保てるようになったら、一緒に街に出掛けてやるよ』
って!! でぇとの約束をレオン様からしてくれたんだから!!!
アタシがフンスフンス鼻息荒く歩いていると、コレット様が隣でクスクスと笑っていた。
***
三時を過ぎた頃、コレット様とアタシは乗合馬車の整備場に到着した。整備場は、まだ馬車が戻って来ていないからか、随分と閑散としていた。
「こんにちは、どなたかいらっしゃっいませんか?」
広い工場にコレット様が声を掛ける。天井の高い倉庫の様な作りの作業場に、コレット様の声が響くだけで、何の物音もしない。
「誰も居ないのかしら?」
「オヤツの時間だから、きっとみんなオヤツを食べに、お家に帰っているかも知れません」
「ふふふ。そうね、そうかも」
アタシは至って真面目に伝えたのだが、コレット様は笑いながらアタシの手を取って、工場の裏へ回った。
工場の裏には、小屋の様な建物が見えた。
「あそこに、人が居るかも知れないわね」
「いってみましょう!」
アタシ達は小屋に向かって歩き出した。その時。男女が話す声が聞こえて来た。
「どうですか? 最近の乗合馬車の方は」
「上手い具合に事故に見せかけられているようよ。ただ、ちょっと調子に乗ってやり過ぎてるかしら。なんだか変な男が商会に来たわ」
「変な男?」
「ええ、確か、ガブレリア王国の騎士とか言っていたかしら」
その言葉に、アタシとコレット様はすぐに木の陰に隠れ耳を澄ました。
「釘の存在に気が付いた様子なのよ」
「そうなると、暫くは細工しない方が良い感じですね」
その言葉に、思わずアタシは飛び出そうとしてしまった。
「サーシャ!」
慌ててアタシの腕を掴んだコレット様が、思わず声を出してしまい。同時にアタシは驚いて猫に戻ってしまった。
「誰だ! そこに居るのは!」
男が鋭い声を上げる。
「おや……。これはこれは。こんな場所に珍しい。西の魔女様では無いですか」
女がニッコリと笑う。
「グレースさん……」
コレット様は猫の姿に戻っているアタシを胸に抱きしめて、女の名前を呼んだ。
その人を、アタシはよく知っている……。
コレット様のお使いで、手紙を届けに行った時にも会っている。
だって、その人は。
クラークの商会で受付をしている女の人だから---。
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