第14話 魔力の気配(アレックスside)


「何の騒ぎですか!?」


 鍛冶屋に飛び込んで来たのは、警邏隊のオルガルドだった。

 僕はレオンに念話を送り、彼の魔力の気配を確認する様に伝える。

 僕自身も彼に集中したが、やはり何も感じない。


 こんなにも魔力の気配を消す事が出来るものなのか? どうすれば、そんな事が出来る?


 もし仮に彼が本当にユルラルド人であるとして、あの魔法大国だ。この十年の間にガブレリア王国よりも魔術が発展していたら……。


 伯爵とコナーさんの間に入って話をしているオルガルドを、黙って見つめる。彼の持つ魔力の気配を、ほんの僅かであろうと見落とさないように。すると、レオンが念話を送ってきた。


『アル、コイツ自身は魔力無しだ』


 その言葉に、僕は顔色を変えずレオンにチラリと視線だけを向ける。


『ただ』

『ただ?』

『コイツの胸ポケット。例の魔法陣が入っているんだと思うけど、ほんの僅か。禍々しい気配を感じる。アルも集中すれば感じると思うぞ。とても巧妙に認識阻害の術が施されているけどな』


 僕はレオンの念話で彼の胸ポケットに意識を集中してすぐ、目を見張る。さっきまで全く気が付かなかった。本当に上手いこと隠されている。


『いま、コイツを捕えるか?』

『いや、まだだ。釘の記憶がどうこう言った所で信じない。胸ポケットの魔法陣を指摘しても、僕たちが嵌めたと騒ぐだろう。魔法や魔術を恨んでいるなら、なおの事だ。それなら、現場を押さえないと』

『了解』


 クラーク伯爵との話に区切りが付いたのか、オルガルドは僕を振り向いた。


「それで? ガブレリア王国の騎士殿達までもが、何故この鍛冶屋へ? 伯爵の護衛か何かで?」


 どこか皮肉めいた口調で訊ねてくる彼に、レオンは苛ついた様に眉間に皺を寄せている。僕は心の中で『レオン、熱くなるな』と伝えると『わかってる』と不貞腐れた様な声が頭の中に響いた。


「いえ、コナーさんの作る釘の質がいいと耳にしたので、興味を持ちまして。クラーク伯爵の商会で扱いがあると聞いて、彼に相談したところ、最近、契約を打ち切られたと。伯爵も、コナーさんの釘には一目置いている様で、再度契約したい旨、反対に相談を受けたのですよ。僕も実物を拝見して、是非、ガブレリア王国でも仕入れが出来ればと思い、ならば伯爵も一緒に交渉に行かないかと、僕から誘ったんです」


 少しの嘘を加え話しをする僕の横から「お前達に売るものなんぞ無い!!」と、コナーさんが怒鳴りつけた。

 

「この男はっ!! この男はな!!」と、顔を赤くし唾を飛ばしながら興奮気味で僕に向かって怒鳴りつける。


「儂が人を怨む魔法を掛けたのかと言って来たんだ! 儂は魔力なんぞ無い! それなのに、この男は!! 儂が釘に人に危害を加える魔法を掛けたんじゃ無いのかと疑って来たんだ! そんなヤツに儂の釘を託す気も、売る気も無いわい!! 分かったら、さっさと出て行ってくれ!! 二度と来るんじゃない!!」


 コナーさんの言葉にオルガルドがあからさまに驚いた様に身体を硬直させた。


「コナーさん、それはどういうことですか!」

「どうもこうも、コイツが魔法を使って儂を嵌めようとしてるんだ!」

「違う! そんな事はしていない! 私は納品された釘に人を怨む魔力が込められているが、何か覚えは無いかと聞いただけだ。貴方が掛けたとは言っていない。それにも関わらず、貴方は突然怒り出して! 私の話をまともに聞こうともせず、私の商会と契約を解除すると言って来たのでしょう」

「言ったも同然だ!! そんなものアンタが自分で掛けて、儂にイチャモン付けて来たんだろう!? アンタには東の魔女の血が流れているだろ!! この国を消そうとした、あの女の血が!」

「私にはそんな血は……!」


 伯爵がグッと堪える様に手を握り締め、言葉を止めた。

 

『アル、止めなくて良いのか?』

『少し待て。オルガルドを見ろ』


 二人が言い争うのを、一見戸惑い見つめる姿。だが、僕は見逃さなかった。オルガルドの口の端が今にも笑い出しそうなのを。

 どうにか笑いを堪える様に、眉間に皺を寄せる。そして、何とか笑いを押さえつけたのか「とにかく、二人とも落ち着いてください」と呆れた様な声で止めに入る。


「伯爵、ひとまず今日は帰りましょう。それと、少しお話を伺いたい。宜しいですか?」


 クラーク伯爵は、一文字に結んだ口を少し開け「ああ」と唸る様に声を出した。


「騎士殿達も、今日は申し訳ないが一旦帰って頂けますか」


 オルガルドが僕達を見て、申し訳ないと言う様に顔を顰める。


「ええ。分かりました」


 一つ頷き、レオンに目配せする。


「コナー爺、また後で来るから。とりあえず、落ち着いて。な?」

「……さっさと出てってくれ」

「わかったよ。じゃあ、伯爵、騎士殿達も。行きましょう」


 オルガルドに促され、僕らが鍛冶屋を出たと同時にドアに鍵が掛けられた音が響いた。

 暫く歩き、街の中心から少し離れた川沿いに出て、オルガルドが立ち止まる。


「それで? 先程のコナー爺の言葉、本当ですか?」


 木陰の下で、オルガルドが僕らの顔を順に見る。


『白々しい』と、レオンが悪態をつく。僕はその言葉に苦笑いしそうになったが、冷静を保った。

 チラリと伯爵が僕を見遣る。僕は、小さく頷いて伯爵に合図をすると、伯爵はオルガルドに視線を戻した。


「ああ、本当だ」


 伯爵の言葉に、オルガルドは険しい表情をする。


「誰が、そんな事を……」

「……いや、まだ分かっていない」


 伯爵はオルガルドから視線を外し、川を見つめた。僕は黙って、伯爵がどう答えるか耳を澄ませる。


「釘に怨みの魔術が掛けられていると分かったのは、隣国の商人に頼んで魔術師に見てもらって分かった事だ。私自身では、なんの術かまでは分かっていなかった」

「いつ掛けられたのかは?」

「それを知りたくて、コナーに何か知らないか聞こうとしたのだ」


 伯爵には、オルガルドが魔術を施した事も伝えているが、伯爵は演者だった。


 僕はオルガルドを泳がせ、現場を押さえられればと思っていたが、伯爵にそこまで伝えてはいなかった。だが、彼も同じ考えの様だ。


「オルガルド、我々に君の力を貸しては貰えないだろうか」


 その言葉に、オルガルドは困惑した様な表情で伯爵を見つめたのだった。

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