第13話 恨みの矛先(アレックスside)


 アリスが使った釘は、僕がクラーク伯爵から借りて来た一本だった。

 エドが先に言っていた魔力が消えてしまっていると説明したコレットから借りて来た一本でも読み取れた様だが、よりハッキリ見るためにと説明する。どちらの【釘の記憶】にも同じ人物が見えたらしく、事件は間違いなく同一人物による物だと言った。誰が魔術を掛けたか分かるのは、まだ魔力が篭っている伯爵の釘の方が分かるからと、アリスの言葉を最後に、僕らは釘が映し出す人物を、何故か息を潜めて見つめた。



 鍛冶屋を出た客は、商会へ向かう前に近くの路地に入っていく。気配からして、周りを伺うように注意している様だった。

 その客は、路地に人が来ない事を確認すると、胸ポケットから一枚の紙を取り出した。よく見えなかったが、どうやら魔法陣が描かれている。それを地面に開き置き、その上に釘の箱を置く。そして、釘に向かって手を翳した。

 黒に近い禍々しい色の光が釘の入った箱を包み込む。それもほんの一瞬で、光は釘の箱に吸い込まれる様にシュッっと消えた。

 客はホッとした様に息を吐くと、魔法陣の書いた紙を丁寧に折りたたみ、胸ポケットにしまった。そして客は何気ない顔をして路地を出て、その足で伯爵の商会へ向かう。


 商会のドアを開けると、受付に座る女性が笑顔で立ち上がり客を迎えた。


 女性が辺りをチラッと見遣り、すぐに客に向き直る。客がそっと隠す様に釘の箱を女性に渡し、何か短い会話をし頷いた。

 客が商会を出て行き、受付の女性は釘の箱を持って商会の裏手にある倉庫へ向かった。

 

 そこでアリスの魔法陣の光が消え、浮かび上がっていた人物や風景は見えなくなった。


「なんでコイツが、ユルラルド大国の魔術を使っているんだ……」

 

 先に声を出したのは、マーカスさんだった。


 バイルンゼル帝国に月一度、結界を張りに行くのは、僕とマーカスさん、ブライアンさん、レイモンドさんの四人で順番に行っている。エバンズ団長とカーター副団長、ロブさんの三人は魔術師団と共にリバーフェリズの森を重点的に行っており、バイルンゼル帝国へ向かう事はほぼ無い。


 結界を張るのは東の地区だけだが、西南北の地区にも赴く。それぞれの魔女と情報交換や陣の強化などを行なっており、マーカスさん達も西の地区の人々とは顔見知り程度には知っている。


 【釘の記憶】により、誰が魔力を込めたか分かったが、その人物を知る僕らは「信じられない」と驚くばかりだった。


「この者には、ユルラルド人の特徴は何一つない。姿を変えているのか? いやしかし……この者からは、魔力を感じた覚えはないが……。アレックスは、どうだ? この者から何か感じた事は?」


 ブライアンさんが険しい表情で僕を見る。瞬時に考えたが、僕にも覚えが無く首を横に振る。


「いえ、僕も感じた事はありません」

「コレットちゃんは、何か知らないだろうか?」


 マーカスさんの言葉に、僕は「それは無いかと」と即座に答える。


「コレットからは、一度も。確かに、伯爵に魔力があるというのを、この件で聞いたばかりではありますが、もしこの者にも魔力があると知っていたなら、今回の事件で考えられる人物の一人として、名前が上がっていた筈です。しかも、コレットは西の地区では伯爵が一番魔力があると言っていました。しかし、この釘の記憶を見る限り、この者の方が魔力があるかと……」


 僕の返答にブライアンさんが頷く。


「確かに、これだけの術が施せるのは、それなりの魔力が必要だからな」

「それにしても、目的が何なのかさっぱり分かりません」


 僕は腕を組み魔法陣の中の釘に視線を落とす。すると、アリスが話に割って来た。


「アル、伯爵の商会に【監視の陣】を描いたって、レオンから聞いてるけど、それはどうなの?」

「【監視の陣】?」


 アリスから出た聞き慣れない言葉に、エバンズ団長達が怪訝そうな顔付きで僕に視線を向けた。

 僕は「あー……っと、それは……」と、若干、頬を引き攣らせ「失敗した」と答えると、アリスは、やっぱりね、と小さく頷く。


「ちょ、アリス、【監視の陣】とは何だ?」


 エバンズ団長が隣に座るアリスの顔を覗き見て訊ねる。


「ああ、それも最近作った魔法陣なの。ほら、一年前のルベイの町の件。あの時、第三者の目があればズベルフの裏切りがすぐに分かって、もっと早くに対処出来たかも知れないって考えてたの。それで、エドワードお兄様と二人で砦や町の入り口付近、それこそ結界付近に、人では無く、魔法陣を設置して遠く離れた場所からでも、映写機みたい観れる物があればと考えて。それでお兄様と二人で考えて作ってみたの」


 アリスがチラリとエドに視線を送ると、エドは小さく頷いて話を続ける。


「ただ、どのくらいの距離までなら観えるのか、試験段階でね。近い距離なら問題なく観ることが出来たけど。恐らく、今回の失敗は国境を超えたからだろうね。あとは、もしかしたら国境沿いに帝国側からの魔法を無効化する結界が張られる様になった影響もあるかもな。ただ、皇帝と魔女達とのやり取りがあるから、伝達系の魔法は無効化されない様にしてあるんだ。だから、今回考えられる失敗は、まぁ、距離かな」


 あの一年前の出来事から、僕らを取り巻く環境は本当に様々な変化があった。

 その中でも大きな変化は国同士の関係性だ。

 バイルンゼル帝国と友好は結ばれ、合同会議を行う様になった。しかし、ガブレリア王国側は魔法無効化の結界を張る様になった。それは、主に人間や動物が転移出来る大きさの魔法陣の発動や攻撃魔法が無効化されるという物。ただ、紙類の書類のみ。攻撃魔法が施されていない物は転移出来る様になっている。


 バイルンゼル帝国を信じていない訳では無い。だが、まだ【地底に棲む者】達が全滅したとは限りらないから念のためだと。国王の命令によって張っているのだ。それについては、バイルンゼル帝国側から若干の反発はあった。友好と言いつつ警戒し、疑う行為でもあるからだ。しかし、リカルド皇帝が設置を認めた事により、渋々ではあるが魔女達も含め他の者達も了承をした。


「いつかガブレリア王国から真の信頼を得られる様、我々も真摯に向き合っていこう」


 そう言ったリカルド皇帝の姿は、若いながらも堂々としたものだった。

 誰もが彼に惹かれ、着いていく。人の心を掴み引っ張っていく力が彼にはある。

 彼が育てていく国ならば、そう遠くない未来には真の信頼は得られるだろうと、僕は感じた。


 僕が合同会議での事を思い出していると、アリスから聞き逃してはいけない言葉が紡がれた。


「この釘には、確かに恨みとか怒りといった物が感じ取れる。ただ、私が感じるのは、伯爵に対してだけでは無い気がするの。魔力の強い者への憎しみみたいな……。つまり、伯爵だけでなく、コレットも危ない気がするわ」


 その言葉に、僕はすぐにバイルンゼル帝国へ向かう準備をした。



 そして、バイルンゼル帝国へ到着すると、コレットには何も言わずに、まずは僕とレオンだけで伯爵に会いに行った。

 伯爵にこの事実を知らせ、思い当たる節があるかと訊ねたが、彼は首を横に振った。そして僕らは鍛冶屋のコナーさんへ会いに行く事にした。コナーさんがどこまで何を知っているのかを調べるためだ。

 伯爵の商会にもう卸さないと言ったにも関わらず、一箱単位とはいえ、今も商会に持ち込まれている釘。

 その事を、コナーさんが知っているのか。


 だが、コナーさんとは話が出来る状況では無かった。

 鍛冶屋のドアを開けると同時に、烈火の如く怒りを見せた彼を宥めるのは大変だった。

 

 そこへ……。


 今回、僕が一番会いたかった人物がやって来たのだった---

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