第12話 釘の記憶(アレックスside)


 時間を戻して、三日前。

 ガブレリア王国・王宮内---



「アル!」


 背中に当たった声に振り向き、足を止める。僕に向かって兄のエドワード・ランドルフが小走りで近寄ってきた。エドは先の戦いでの活躍により、長らく空席だった魔術師団の副団長に任命された。魔術師団は副団長になった者が次の団長になると言われている。長い事、団長の席に居るサミュエルが、エドを副団長にしたということは、彼が兄を認めたという事だ。

 副団長の銀色の標が装飾された真新しいローブを翻しやって来くる。

 僕より背の高いエドには、そのローブがとても良く似合っていて、何故か嫉妬しそうな気持ちが半分と、誇らしい気持ちが半分。僕の中で小突きあっている。


 そして……。


 そのエドの一歩程後ろから、僕と同じホワイトブロンドの長い髪を頭の高い位置で一本に結び、青紫の大きな瞳をキラキラと輝かせ、少し大きめのローブを身に纏いついてくる人物が一人……。


 魔術師団の『見習生』として、先月から王宮に出入りし始め、副団長の兄であるエドワードに付いて魔法・魔術研究を始めたガブレリア王国初の女性魔術師。


 双子の妹のアリス・ランドルフだ。


「アル、お疲れ様!」

「エド、アリス、お疲れ様」

「アル悪いな、呼び止めて」


 資料を持っている僕の手元を見て、今から僕が何処へ向かうのか察したのだろうエドが謝る。


「いや、大丈夫。それよりどうしたの? 二人揃って」

「今、ちょうどアルの所へ行こうとしていたのよ! 例の釘の件で」


 アリスが何処からとも無く例の釘を、その手に現す。

 僕は、あっ! と目を見開き二人を交互に見ると「執務室で待ってる」とエドが言った。


「わかった! すぐ戻るから!」


 手に持った資料を軽く上げ、僕は心ばかし足早にハルロイド騎士団団長室へと向かった。


 ノックをすると良く響く低い声が入室の許可を言う。「失礼します」と中に入ると、ハルロイド騎士団団長のザッカーサが執務机から顔を上げた。

 厳しい顰めっ面が、少しだけ和らぐ。一年前までは和らぐどころか益々眉間の皺が深くなったが、一年前のあの戦い以降、僕たちフィンレイ騎士団とハルロイド騎士団は、少しずつ関係が改善された。それはザッカーサ団長の僕らに対する態度による影響でもあるけど。何より、北の砦でブライアンさんやレイモンドさん、マーカスさんらが、彼らを助けた事の影響が大きい。


「アレックスか。どうした」

「執務中、失礼します。バイルンゼル帝国との共同演習についての資料と、リバーフェリズの森の結界についての報告書です」

「ああ、合同会議のか。ありがとう」

「あと、これは資料には書いていませが、バイルンゼル帝国では四年に一度、闘技大会があるそうなんです。それで、あちらとしては今回の

大会にハルロイド騎士団の腕自慢達にも出て欲しいと」

「闘技大会?」


 月一度行われるバイルンゼル帝国との合同会議は、新しい皇帝の強い希望により、一年前から行われる様になった。主に結界や魔獣出現箇所についての確認や、物資に関する情報交換だ。ただ、少し前からハルロイド騎士団との共同演習をしたいと申出があり、その調整と伝達を頻繁に行っている。

 今回は、リカルド皇帝から闘技大会の参加について雑談として話が出た。


「ええ、雑談でそう言った話が出たんです。魔法や魔術なしの大会ですが、リカルド皇帝は、ザッカーサ団長とエバンズ団長に出てもらいたい様でした」


 ザッカーサ団長の剣は、ガブレリア王国一の腕前だ。唯一、エバンズ団長が互角といったところか。エバンズ団長よりも細身の体格ながら、体術にも優れている。相手の気の流れを見極めるのが上手いのだと、エバンズ団長は言っていた。

 ザッカーサ団長自身、僕の父と同世代で、そろそろ若い者に団長席を渡したい様だが、なかなか目星い騎士が現れないとボヤいていたそうだ。

 そういう話が出来るようになるくらい、僕らの関係性は良好なものになっている。


 ザッカーサ団長は「闘技大会ねぇ……」と唸る様に呟くと「考えておく」と軽く手を挙げた。


「それじゃあ、資料の確認をお願いします。何かご不明な点があれば、僕に」

「ああ、わかった」

「では、失礼します」


 執務室を出ると、僕はフィンレイ騎士団の団員用に与えられている執務室へと向かった。

 執務室といってもほぼ談話室だ。団長と副団長は、彼ら専用の執務室があるので、あまりこちらには来る事は無い。だけど……。

 一か月前から、ちょくちょくエバンズ団長が来る様になった……。

 

「戻りました」と、ドアを開けると、そこにはやはり団長の姿があった……。


「あ、お疲れ、アレックス」

「お疲れ様です、団長……」

「アル、アル! 目、目が据わってる!」


 マーカスさんが笑いながら、全く潜んでない大きさの声で耳打ちしてくる。

 エバンズ団長はにこにこ顔でアリスの隣を陣取って座り、なんなら腰に手を回している。僕はツカツカと二人の前に向かうと、団長の手をアリスからペリッと剥がした。


「団長、職務中ですよ」

「い、今は休憩中だ」

「休憩中でも。職場でイチャつくの、やめて下さいよ。って……。何度も言ってるでしょうが!」

「アルがキレた!」


 マーカスさんとブライアンさんが大笑いしながら、手を叩いてる。


 笑い事じゃないっ! 風紀が乱れる!


「せっかく愛しい婚約者が来たんだ。束の間の癒しだ。許してくれ、アル義理兄にいさん」

「まだ義理兄じゃないっ!」


 そうなのだ。アリスはエバンズ団長との「お試し期間」とやらを終了して、正式に婚約をした。半年後に結婚をする。

 にも関わらず、アリスは魔術師団に入った。

 そこには、エバンズ団長によるものも大きかった様だ。

 アリスの夢を叶える事が、俺の幸せだ、とか何とか言ってたけども。

 ……有り難いと思うけども……。僕だって、アリスの夢を叶える為に、僕なりに上に掛け合って来ていた。だけど、僕の力は微力すぎて。やっぱり、団長とかもっと上を目指さないと駄目なのかなぁ。なんて、珍しく一人落ち込んだ夜もあった。

 ふと、その事を思い出して、再び落ち込みそうになる。が、気持ちを切り替える。

 釘の報告だ。その話が今は一番、重要だ。

 僕はエドの隣に腰掛けると、早速、釘について話を振った。


「アルが持って来た、この釘だけど。アルが言っていた通り、バイルンゼルの魔女の物ではない黒魔術だった。まだ僅かに残っていた魔力から辿ったところ、ユルラルド大国のものであると分かったんだ」

「ユルラルド大国? あの、魔法大国の?」


 エバンズ団長が反応する。執務室にいた、ブライアンさんとマーカスさんも興味を示し、自分の椅子を持って来て、話の輪に加わった。


「ああ。今でこそ、彼の国とやり取りは無いが、十年前までは魔術師団同士でやり取りがあったんだ。だから、すぐに分かったんだが……」


 十年前に彼の国の国王が代替りしてから、何故か近隣の国との関係を断ったのだ。元々閉鎖的な国ではあったが、ガブレリア王国とは良好な関係性だっただけに、突然の国交閉鎖は、かなり衝撃的で、ユルラルド大国に何があったのか様々な憶測が流れた。


「それで私は、この釘に宿った【釘の記憶】を辿ってみたの」


 と、アリスが話を繋いだ。


「「「「【釘の記憶】?」」」」


 アリスとエド以外の声が重なる。


「そう。今、私が研究している術の一つで、物の記憶を読み解く方法を試してみたのよ。どんな物にも作り手や使用者の思い入れがあるでしょう? その思いが物に宿ると、私は考えていて」


 一年前、ダリアが身に付けていたブローチから流れて来た彼女達の記憶。アリスに話した時、ダリアが見せた記憶ではなく、もしかしたら、そのブローチに宿ったブローチそのものの記憶だったのではと、アリスは言っていた。

 この国では、物を大切にすると精霊が宿ると言い伝えられている。それは、作り手に対する敬意を表する為の言葉だと思われて来たが、アリスは、あの一件で「本当に宿るのだ」と確信を持った。その記憶を辿ることで、事件解決などに役立てるのでは無いかと考えていた。

 それをどう可視化するか。アリスは、その研究を魔術師団に入る前から一人、行なっていたのだ。


 アリスの口振りから、それが漸く形になったのかと分かり、僕は一人、心の中で喜んだ。後で二人でお祝いをしなくては。


「まだこの術は完全じゃないから、声までは聞こえないわ。【釘の記憶】も全てを読み取れた訳では無いのだけど。この釘からは、三人の人物が出て来たわ。でも、その中にユルラルド大国と繋がりそうだと思う様な人は居なかったのだけど……。ひとまず、ちょっと観てくれる?」


 そういうと、アリスはローテーブルの上に持って来た油紙を広げた。

 そこには複雑な陣がいつくも重ね書きされており、古代文字が見て取れる。広がった陣を見て、一同がどよめく。恐らく、この場にいる全員が、一目では何の陣かは読み取れていないだろう。

 その複雑な魔法陣の上に、アリスは釘をそっと置く。小さな声で詠唱を始めると、複数の陣が一つずつ光を宿し、クルクルと時計の様に回り出す。

 初めて見るその光景に、誰もが固唾を飲んで見守っていた。

 全ての陣が光ると、釘の僅か上。空中に半透明の人の姿が浮かび上がった。

 全員が「おお……」と低い声を上げる。


 鍛冶屋の風景、その作り手、そこに来た客……。


 僕は、その客の姿をじっと見つめる。

 客が向かった先。


 そこは、伯爵の商会だった---

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