第11話 のけもの
あ!
と、思った時には、アタシの体は硬直してしまい動けなくなってしまった。
倒れてくる馬車。アタシは頭の中が真っ白になり動けない。
『コレット様!!』
心の中で大きく叫ぶと、身体がフワリと浮いた。次の瞬間、馬車の倒れた大きな音が響き渡る。
アタシ……。
アタシの体は、誰かに抱きかかえられていた。もぞもぞと動くと、いててと、呻く声が落ちてくる。
アタシは何とか腕の中から顔を出す。目の前には地面と見覚えのある制服の腕。顔を動かし腕の主を見ると、顔を顰めた警邏隊のオルガルドさんだった。
「いててて……。お、大丈夫そうだな。良かった、良かった」
腕の中から顔を覗かせたアタシを見て、オルガルドさんは顰めていた顔を緩ませ、小さく微笑んだ。
よっこいせ、とアタシを抱いたまま起き上がったオルガルドさんの背後には、片輪が外れ倒れた馬車が。
「危なかったな。お前に怪我でもあったら、コレットちゃんが泣くからな。助けられて良かった」
優しく大きな手でアタシの頭を撫でる。緊張してバクバク動く心臓が落ち着いてくる。
怖かった……。でも、助かった……。
アタシは「ミャア」と甘えた声でお礼を言うと、オルガルドさんの腕の中から出ようと体を捩らせる。オルガルドさんは「もう大丈夫か?」と心配そうな声を出しつつアタシをゆっくりと下す。
アタシはオルガルドさんを見上げ、もう一度だけ「ニャァ」と声を出す。
「送ってやれないけど、気を付けて帰れよ?」
「ニャ」
「ははっ! 魔女様の使い魔は、本当に利口だ。俺に言葉にちゃんと返事して、偉いな。さ、気を付けていけ。またな」
「ミャア」
アタシはオルガルドさんに返事をして、その場を離れた。そして、商会へと向かった。
視線を感じて振り向くと、オルガルドさんが微笑んで見つめていた。アタシはまだ少しドキドキしていたけど、オルガルドさんが見守ってくれていると思ったら、少し安心した。
再び走り出したアタシを、見えなくなるまで見つめていたとは、知らなかったけど……。
◇
三日後。
昼過ぎにレオン様とアレックス様が到着した。
一緒に遅めの昼食を取った後、少し調べたい事があるからと、レオン様とアレックス様は街へと出掛けてしまった。
アタシは釘について分かった事を聞きたかったし、多分、コレット様も同じ気持ちだっただろうし、街にも一緒に行きたかったと思う。だけど、コレット様は出掛けようとする彼等を止めてまで聞こうとはしなかった。笑顔で見送ったあと、ほんの一瞬、寂しげな表情を見せただけで、すぐにいつも通りのコレット様になる。
アタシ達は薬屋で売る為の薬作りや夕飯の支度をしてレオン様達が帰って来るのを待った。
レオン様達が帰って来たのは、夕陽が沈んでだいぶ経ってからだった。空にはチラホラと星が見え始めた頃、レオン様の気配を感じて外に出ると、白い翼がフワリと膨らむ様に広がり、静かに地上に降り立った。
「コレット、すまない。遅くなった。ただいま」
「おかえりなさい、アレックス様」
『レオンさまぁーーーー!!! おかえりなさーい!!!』
アタシは神獣姿のレオン様の腕に、ガシッとしがみつく。
『ただいま、サーシャ』
少し低音の優しい声が降って来た。
*
「街に、何を調べに行かれたんですか?」
コレット様が夕飯のサラダを取り分けながら訊ねる。皿を受け取り礼を言うアレックス様は、ダレルに会いに行って来たのだと言った。
「え! 何で……」
言葉が途中で消えたのは、きっと何でアタシ達も一緒に連れて行ってくれなかったのだろうと言いたかったのだろう。だけど、コレット様はその続きを言わなかった。きっと、アレックス様には何か考えがあって、そうしたのだと。それを、今から話してくれるだろうと。そう信じているのだと思った。
実際、アレックス様はその目的を話して聞かせてくれた。
「実は、伯爵と一緒にコナーさんの所へ行って来たんだ。伯爵に頼んでいたコナーさん周辺の情報に怪しい所は無かった。伯爵は調査人を雇って監視していた様だけど、調査人も伯爵自身も特におかしな事もなく、見慣れない人物の出入りも無かったそうなんだ。僕に報告が無かったのは、それもあった様だけど。ただ、伯爵はあまりに何も無さ過ぎて、何か違和感を覚えると言ったんだ。だったら、いっそ乗り込もうかと。それでレオンと三人で、コナーさんの鍛冶屋へ行ったんだ」
鍛冶屋のコナー爺さんはダレルを見た途端、道具を振り回し「出て行け!」と話も聞かずに追い出そうとしたのだという。コナー爺さんを落ち着かせようと、アレックスとレオンが宥めたが、なかなか怒りが収まらなかったそうだ。
そんな中、騒ぎを聞きつけた警邏隊のオレガルドさんが駆けつけたのだと。すると、コナー爺さんは大人しくなったけど、話を聞ける様な状態では無かったのだという。
コナー爺さんに話を聞くのはレオン様に任せて、アレックス様は警邏隊のオルガルドさんに話を聞く事にしたのだと言った。
「彼は毎日の様にコナーさんの鍛冶屋に行っているのと、伯爵の商会にも顔を出しているんだ。商会に三ヶ月前から新しく入った受付にいる女性が彼の知り合いらしくてね。今までは週に二、三回くらい顔を出していたけど、彼女が入ってから心配で様子を見に毎日行く様になったんだと言っていたよ」
「オルガルドさんは面倒見が良い方なので、何となく分かります」
と、コレット様が微笑む。
「ところで、アレックス様?」
「ん? なんだい?」
「私、釘について分かったこと、まだお聞きしてないです」
少し口を尖らせ、コレット様が拗ねた様にいう。それを見たアレックス様は一瞬呆けた顔をしたが、すぐに甘い笑みを見せ、腕を伸ばし正面に座るコレット様の頭を撫でる。
「ごめん、ごめん。コレットを除け者にした訳じゃ無いんだ」と、前置きをすると、アタシ達が聞きたかった話を聞かせてくれた。
「結論から言うと、あの釘から出ていた黒魔術の気配は、ユルラルド大国の古代魔法の一つだと分かったんだ」
「ユルラルド大国? 何故、彼の国の魔法が……」
ユルラルド大国は、ガブレリア王国に次ぐ魔法大国だ。だけど昔から閉鎖的な国としても有名で、彼の国については、魔法大国である事以外はあまり知られていない。
「うん。それを僕も気になってね。伯爵は色々な国の商人と遣り取りをしているし、国同士の遣り取りはなくても、商人となったら? もしかしたら、他の国の商人なら彼の国とも遣り取りが有るかも知れない。それで伯爵に協力を仰いでユルラルド大国の品物が商会に入って来ていないか聞いたんだ。そしたら、商会としては遣り取りは無いけど、彼の国と繋がりがある商人は知っていると教えてくれたんだ」
それを聞き、コレット様は少し驚いた顔をした。ダレルは商売の事となると、口が堅い。それを商会として遣り取りが無いとはいえ、アレックス様に商人の情報を教えるとはと、意外だったのだろう。
「その商人は、コナーさんの所にも出入りしていると聞いてね。それで伯爵と一緒に鍛冶屋へ向かった。なんだけど……」
とそこまで言うと、先程話した通りだと苦笑いをした。
「明日改めて、僕とレオンだけでコナーさんの所へ行ってみる。伯爵が居ると、また話が出来ないし。まず伯爵に対して、あそこまで怒る理由を知りたい」
「私も一緒に……」
「いや、コレットは待っていて欲しい」
「……何故ですか?」
「ん。必ず話すから、少しだけ待っていてくれないか」
真剣な表情で制したアレックス様に、コレット様は少し俯き「わかりました」と頷いた。
除け者にしていないと言ったのに。
アタシは少し、アレックス様にガッカリした。その気配をレオン様が気が付いたみたいで、席を立つとコレット様の隣に座るアタシを抱き上げた。
人の姿をしたレオン様の腕の中は、とても心地よい。そしてアタシを安心させる様に優しく撫で、そっと念話を送ってくれた。
『大丈夫。アルはコレットを守る為に動いているんだ。もう少し待っててくれ』
コレット様を守るため……。その言葉に、少し引っ掛かる物があったけど、きっとダレルとコレット様を少しでも繋がりを持たせまいとしてくれているのだろう。そう、アタシは勝手に解釈をしたのだった。
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