第10話 おつかい


『アル』

「んー? なに?」

『んー? なに? じゃねぇ! 本当に良いのかよ。あの男と手ぇ組んで……。しかもコレットと繋がりまで持たせて。コレットのこと……諦めるつもりなのかよ……』


 俺達はガブレリア王国へ戻る途中、上空で言葉を交わした。

 アレックスが何をどう考えて、あの伯爵と共に事件解決をしようと思ったのか。それが、俺にはイマイチよく分からなかった。アレックスとの付き合いは長い。主従関係でもあるし、色々と共有しているけど、それでも今回のアレックスの考えについては、俺には理解し難かった。


「僕がコレットを諦めるなんて有り得ないよ、レオン。あの伯爵は、コレットを口説くと言っているけど、愛は無い。彼はコレットの【正式な魔女】としての名誉を自分の物にしたいだけだ。そんな男に、大事な人を渡すと思う? それに、手を組むのは、伯爵の動きを見定める為でもある。本当に鍛冶屋のコナーさんが何かをしているのか。または、伯爵が他の者を使って何かをしているのか。その為に、商会へも行ったんだ。レオン、もしかして気が付かなかったのか?」

『いや……。気が付いたけど……』


 アレックスは商会に数カ所、監視の術を施していたのだ。商会の入り口付近、応接室内、ダレルの執務室と思われる部屋の前……。無詠唱で、しかも陣を組む事も無く出来てしまうアレックスだからこそ、そんな事が出来てしまう。だが、不安もある。監視の術は、最近取得した術で完成度はまだ低いし、術自体も安定していない。不完全な術で役に立つかすら分からない。しかも、それが遠く離れたガブレリア王国で監視の確認が出来るのかすら、定かでは無い。術そのものを見破られない為に重ねて陣を施したから、恐らく伯爵には見破られないだろう。それでもだ。


『信じるって言った相手に対して、監視の術を使うとはな』と揶揄いながらいうと、アルは楽しげに笑った。


「信じると言ったのは、あくまで釘に掛けられた魔法に対してだよ」

『そういうの、屁理屈って言うんだぜ?』


 俺がそう言うとアルはフンと鼻で笑い、なんとでも、と言った。


「それに。僕が何のためにこの一年、バイルンゼル帝国の友好を築く為に奔走しているのと思う? 国には申し訳ないけど、お互いの国の友好の為というより、僕はコレットと共に生きていく為に。現状を変える為に動いているに過ぎない。もう直ぐなんだ。もう少しで……。手放すなんて有り得ない」


 その言葉には、今まで何にも執着して来なかったアレックスの、初めての執着を感じるものだった。

 俺はその返事だけで、満足した。


『なら、伯爵がコレットに接触するのは、最小限に納めないとな』

「もちろん、そのつもりだよ。さっさと帰って、まず釘をエドに回して解術してもらう。そこから、誰の術であるか読み解いてもらう。僕の仕事もさっさと片付けて、解術が出来たら直ぐに動ける様にする」

『了解。じゃ、ちょっと速度上げるわ。身体強化をしてくれ』

「ははっ! 了解。頼む、レオン」


 俺はアレックスが身体強化術を施したのを確認し、一気に飛行速度を上げガブレリア王国へと急いだ。





 ダレルの商会へ行ってから、一週間が経過した。

 あれからまだ、コレット様のお部屋にある伝令陣にアレックス様からの知らせは来ていない。

 そして、ダレルからも。ダレルには、何か分かれば家に来るのでは無く、薬屋の方で話を聞くことになっている。アレックス様がそうダレルに指示したのだ。その上、アレックス様は帰り間際に、コレット様の家に結界を張っていった。コレット様も定期的に自分の家に結界を張っていたが、それとは別物らしい。どんな物なのか訊ねていたが、めちゃくちゃ良い笑顔で「魔除けの類だよ」としか言わなかった。たぶん、いや絶対、「ダレル除け」だとアタシは思っている。


 午前中の往診を終え、遅い昼食にしようと準備をしていると、ふとコレット様のお部屋から、僅かにフワリと柔らかな魔力を感じた。


『コレット様』

「うん。アレックス様からの手紙が来たみたい」


 アタシ達は、すぐにお部屋へ向かった。窓辺にある机の脇に小さな魔法陣が描かれた台がある。その上に封筒が見て取れた。


 コレット様はすぐさま手紙を開封すると、整った美しい文字が現れる。


『愛するコレットへ


 そちらの様子は変わりない? クラーク伯爵から何か連絡は来ているだろうか。

 僕の方で調べている釘について分かった事がある。三日後、そちらへ向かうからクラーク伯爵にも繋いでおいてくれ。


 三日後に会える事を、楽しみにしている

 

 アレックスより』


 横から一緒に覗き込んでいたアタシは、まだ文字を習っている途中だから全部は分からなかったが、所々読める範囲でアレックス様がここに来るという事だけは分かった。


『アレックス様、お手紙では伝えられない程の何かが分かったのでしょうか?』

「そうかも知れないわね。とりあえず、お昼を食べ終えたら伯爵へ手紙を送りましょう。三日後にまた商会でお会い出来る様にって。サーシャ、お願い出来る?」

『もちろん!』


 アタシが元気よく答えると、コレット様は嬉しそうにふふと笑って優しく頭を撫でてくれた。

 

「ありがとう。じゃあ、先にご飯にしましょう!」


 昼食を食べ終えると、コレット様は短い手紙をダレル宛に書いて、小さな筒の中に入れた。その筒に繋がっている紐をアタシの首に引っ掛ける。特殊な加工がされているから、アタシの首には負担は無い。


「それじゃあ、おつかいをお願いね?」

『はい! いってきます、コレット様!』

「いってらっしゃい。気を付けてね」

『はい!』


 アタシ専用のドアから家を出ると、覚えたての風魔法を纏って走り出した。

 風魔法を使うと、普通に走るより身体が軽くて速くなる。あっという間に丘を駆け下りて街の入り口まで止まる事なくやって来た。アタシがそのまま商会へ向かおうとした、その時。


 横を走り抜けようとした馬車が、傾いたのだった---。

 

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