第9話 宣戦布告


 まさかのダレルと一緒に釘の謎を解くことを提案するとは……。

 アタシはただ、ただ、呆然とアレックス様の美しい横顔を見上げていた。


「アル! コイツが嘘をついている可能性だってあるんだぞ! 一緒に調べたって、本当の事を隠蔽されたらどうする!?」

「そうです! アレックス様、伯爵は黒魔術が使えないとは言ってません! レオン様の言う通り、証拠を隠されたら真実には辿り着けません!」

「ははは、初対面なのに随分と彼に嫌われているな俺は」


 アレックス様の考えを改めさせようと二人が本人目の前にして言いたい放題言っている……大丈夫? 不敬にならない? と不安が募る中、当の本人は楽しげに笑った。


「レオン、コレット。僕は伯爵を信じてみようと思う」

「ッ!! アル! お前のその、すぐ人を信じる癖、悪い所だぞ!」


 身を乗り出して怒るレオン様に、アレックス様はどこ吹く風。


「大丈夫だよ、レオン。さっきの伯爵の話には嘘は無かった。僕らは仕事上、尋問を行う事があるだろ? 嘘をつく時の仕草は、伯爵の態度には見受けられなかった。それは、レオンも分かっただろ? 確かに街での伯爵の噂は良いものは無かった。だけど、ここはお互い、協力する事が一番早く解決出来ると思う。そして、一緒に解決する事で伯爵の悪い評価も払拭できると思うんだ」

「……なんで、コイツの評判まで気にする必要があんだよ。さっき、コレットとの事で余計なお世話な発言したヤツだぞ? コレットのこと横から掻っ攫おうってしてる男だぞ?! 分かってんのか?」


 苛つきながら犬歯を剥き出しにして言うレオン様に、アレックスは僅かに苦笑いしつつ「まぁ、それはそれとして」と宥めつつ。


「今は、街の人達が安心して乗合馬車を利用出来ることが重要だ。一日でも早く解決したくても、僕らは月に一度しか来ることが出来ない。だからこそ、協力するんだ。僕らはガブレリア王国でこの釘の魔術について、更に詳しく調べる。伯爵には、鍛冶屋のコナーさんの周辺を調べてもらう。どうだろう、クラーク伯爵」


 長い足を組み黙って聞いていたダレルは、アレックス様の顔をじっと見つめる。思案する様に、少し首を傾けると一呼吸し「良いだろう」と頷いた。


「連絡の取り合いはどうする?」

「僕たちはバイルンゼル帝国の許可を得て、魔女達と伝令陣を繋げる事が出来るんだ。僕たちが得た情報は、コレットを通してクラーク伯爵に繋げる」

「おい、アル! 良いのかよ!」


 恐らくも何も、間違いなくコレット様とダレルを繋げる様な事をして良いのかとレオン様は言いたいのだ。アタシも、それには反対だと思って、抗議の声を上げる。


「レオン、大丈夫だよ。コレットは僕の最愛の恋人だ。この間までは、伯爵は僕の存在すら疑っていただろうからね。でも、こうして面と向かって話をして、僕が伯爵を信じると言っているんだ。信じると言っている人間の最愛の人に手を出すほど、伯爵は腐り切った落ちぶれた人間ではないよ。そうですよね? クラーク伯爵」


 口では友好的な物言いだが、眼帯をしていない方の青紫の瞳は眼光鋭く、どこまでも挑発的だ。魔眼になっている訳でもないのに、片眼だけでも、じゅうぶん過ぎるほどの力を感じる。

 ダレルはフッと鼻で短く笑い「分かった」と口角を上げた。


「騎士殿のその度胸には負けたよ。分かった。その期待を裏切らない事を誓おう」


 その言葉に、コレット様が僅かにホッとしたのが伝わってくる。が、しかし。


「ただし。一つ条件がある」

「何でしょう」

「事件解決に向け、俺たちのやり取りの中で、俺が騎士殿を信頼に値すると判断出来なければ、どんな手段を使ってでもコレットは俺が娶る」

「……コレットはモノではありません。誰のモノでもない。彼女は彼女自身のモノだ。景品のような扱いはやめて頂きたい」


 お互いの視線がぶつかり合う。暫しの沈黙後、目を逸らしたのはダレルだった。


「分かった。ただ」

「……」

「今は手を出さない。だが、少しでも二人の間に不穏な空気を感じたら、俺は本気でコレットを口説く」


 レオン様が膝の上に乗せた手をグッと握り締めるのが目の端に見えた。コレット様は、微かに震えている。アレックス様は……。口元だけ笑みを浮かべ言った。


「……ご心配には及びませんよ。僕らは、そんな簡単に解ける様な絆では無いですから」

「ふん。人間、その時にならないと分からないものだ。さぁ、では作戦会議としようじゃ無いか」

「ええ、そうしましょう」


 そうして、何とも言えない空気の中、アレックス様とダレルの作戦会議が始まったのだった---。

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