第8話 コナー爺さんの釘
「それで? 単刀直入に訊く。私の何を調べている?」
ダレルの持つ商会。
ドアを開けると、ダレルが自ら出迎えた。アレックス様とレオン様が簡単な自己紹介を済ませると、ダレルは商会の奥の部屋にある応接室にアタシ達を通した。
茶の用意をした従業員が部屋から出て行くと、ダレルは開口一番、冒頭の言葉を投げかけた。
長い脚を組みソファに座るダレル。その正面の長ソファにアタシ達は座っている。
コレット様、アレックス様、レオン様の順番に。アタシはコレット様のお膝の上。アタシはお留守番だと思っていたのに、コレット様が「サーシャも一緒に行こう」と言い出して、今、場違い感満載の中、ここに居る。
アレックス様が騎士服の胸ポケットから、ハンカチに包まれた一本の釘を取り出し、ローテーブルの上に置く。
「これは、こちらの商会取引されていた長釘では無いですか?」
ダレルは「触っても?」と断りを入れてから長釘を手に取って眺めた。
「コナーの爺さんの釘だな。確かに、取引きをしていたが」
「今は、取引きを辞められましたね。何故です?」
アレックス様が即座に訊く。ダレルはチラッとアレックス様に視線を向け、すぐに逸らすと釘をハンカチの上に静かに戻した。
「コナーの爺さんからの申し出だったからだ」
「じいさんは、あんたから契約破棄だと言われたと言っていたぞ!」
レオン様が強い口調で言うと、ダレルは眉間に皺を寄せレオン様を睨み付けると「違う」と一言放った。
「この釘に、細工がされている事に気が付いて、それについて問いただした。すると、向こうから契約破棄だと言って来たんだ」
「細工?」
コレット様が呟いた言葉に、ダレルは「ああ」と頷き、席を立った。
「少し待っていてくれ。今、同じ物を持ってくる」
数分も待たず、ダレルは片手に小さな箱を持って戻って来た。
「ガブレリア王国の騎士殿だ。魔力が高いから、騎士殿ならわかる筈だ。この箱のどれでもいい、一本持ってみろ」
そう言って差し出された箱には、十本程の長釘が入っていた。アレックス様が一本手に持つと、僅かに目を開く。
「どうだ? わかったか?」ダレルが訊く。
アレックス様が小さく頷くと、その釘をレオン様に手渡す。すると、レオン様まで驚いた表情をして見せた。
「魔女殿も触ってみるといい」と、ダレルが一本手渡す。
コレット様が手のひらに乗せ魔力を込めると、仄かに黒い光が見て取れた。
「これ……」
コレット様は驚いてダレルを見つめる。
「黒魔術の一種だ。だが、この国の物でもない」
「どういう、ことですか……?」
「私も調べてる最中だ。ガブレリア王国の騎士殿は、分かるか?」
話を振られたアレックス様は、箱の中の釘を一本手に取ると、魔力を流した。
「ダリアの黒魔術と違うのは確かだ。気配として感じ取れるのは、強い邪気……憤慨にも感じる」
「流石だな。陣も無しに、そこまで読み取れるとは。私も魔力があるが、そこまで読み解く事が出来る程の力はなくてな。知り合いの商人を通して隣国の魔術師に頼んで、見てもらった。最近になって、やっと読み解く事が出来た。それは、私に対する恨みの様だ」
「貴方に対する、恨み?」
「私は何でも出来るものでね。恨みは買いやすい。だが、コナーの爺さんから恨みを買う様な事は思い当たる節がない」
「その、隣国の魔術師ってのは、何処の国のことだ?」
レオン様が腕を組んでソファの背もたれに深く寄りかかり訊ねる。
「俺達がバイルンゼル帝国に定期的に来ているのに、何故、隣国の魔術師に頼んだ? 俺達に頼む伝手ならじゅうぶんあっただろ」
そう言ってチラリとコレット様に目をやり、ダレルを鋭い視線を向ける。
「悪いが、取引している商人の絡みもあってね。国名は教えられない。君たちに頼めなかったのは、私は魔女殿に嫌われている様でね。なかなかそういったお願いはしにくいと思ったまでだ」
「その割には、コレットにちょっかい出してるって聞いてるけどな」
魔女殿から、その話を? とニヤリと口角を上げ、コレット様に視線を向ける。
「私の話を好いた男にまでするとは。私も相当、貴女の中で意識されていると言う事か」
……また変な勘違いしてるわ、この人。と、アタシは心の中でうぇっと、なる。
そんなアタシの心の中など知りもしないダレルは、コレット様とアレックス様を交互に見つめた。
「騎士殿だろ? 魔女殿の恋人やらは」
「そうだが?」
「不毛な恋愛は、そろそろ辞めた方がいい。どんなに好き合っていても、所詮、報われない」
「どういう意味だ」
アレックス様は静かだけど、確かに怒気が含まれた声色で言った。だけど、それはほんの僅かな変化。さっきまで話していた声との違いは、アタシとレオン様しか気が付かない様なものだ。
「この国の魔女は、この国から出ては行けない。貴方も、騎士であるという事は、
しんと鎮まり返った部屋に「だったら何だよ」と、低く呻くような声が聞こえた。
「それがアンタに何の関係がある! そんな未来は今現在の法によるもので、未来を変える為に動きゃぁ良いだけの話だ!」
「法を簡単に変えられると思うのか? いくら皇帝が変わったからと言って、簡単なものでは無いんだよ。しかも、他国の法に貴方達が口出し出来るものでもあるまい」
何だと、と身を乗り出しそうなレオン様をアレックス様が静かに止めた。
「話の本筋が逸れてます。我々は、恋愛について話に来た訳ではない。確かに、貴方に僕の彼女にちょっかいを出さないで欲しいとお伝えするつもりではあったけど。でも、今はその話をしているんじゃない。この釘について、話をしに来たんだ。話を戻そう」
アレックス様の言葉にダレルは器用に片眉を上げフンと鼻で笑い「続けよう」と顎を上げ言った。
「貴方は、この国では珍しく魔力を持っている聞きました。実際、先程、貴方からもそう言った発言があった。今回この釘には【黒魔術】が施されている。この国の物では無いと言ったけど……。近年の【東の魔女】は【黒魔術】が得意だった。貴方自身も、【黒魔術】が得意なのでは?」
【東の魔女】という言葉に、黙っていたコレット様の腕がギュッとなる。
「俺が【東の魔女】と遠縁だという噂を耳にしたのか?」
ダレルが自分を示す私から俺に変わった。
「それは単たる噂だ。俺が子供の頃に黒魔術に興味を持って調べていたのを、誰かが勘違いしてそんな噂が流れた。名前も似てるとか言ってな。くだらないと思っていたが、一年前の出来事のお陰で、俺は随分と多くの勘違いによる敵を作った。お前も【ダリア】と同じ様に、この国を裏切るんだろってな」
ふっと、皮肉めいた笑い声を短く放つと、ダレルは足を組み直す。
「最近、頻発してる脱輪事故については知っていますか?」
「馬車の整備をしているのが、アンタの商会に繋がったんだ。その事故には、この釘が毎回落ちていた」
アレックス様とレオン様の言葉に、ダレルは深く頷く。
「なるほど。それで俺を疑ってコソコソ調べていたという事か。脱輪事故については、もちろん知っている。だが、釘が落ちていた事は知らない。そもそも、車輪にこの釘は使用しない。主に座席部分に使用するだけだ」
「馬車の整備をしている職人に、貴方を貶めようとしている人物が居るとは思いませんか?」
「……いや、わからない……。報酬はそれなりに支払っているし、休日もちゃんと管理しているが……」
顎に手を当て視線を落とすと、ダレルはそのまま考える様に黙ってしまった。
「この釘が纏っている魔術ですが、車輪が外れると同時に効力が消える様に細工がされていた様です。その証拠に、僕が持って来た釘には、もう魔力は感じない。この釘に魔力の残滓が無いか調べて気が付いたらくらいです」
「そこまで手の込んだ事をして、何がしたいんだ……」
「コナーさんを調べる必要がありますね……」
「ああ……」
「クラーク伯爵、これは提案ですが」
「なんだ」
「今回のこの釘の件、僕らと協力して調べませんか?」
にっこりと人好きする笑顔で提案するアレックス様のその発言に、この部屋にいる全員が息を呑み驚愕したのだった---。
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