第7話 ダレルの商会へ


 三日目---


 レオン様が残滓を調べて辿り着いた「黒魔術」。


 現在のところダレル・クラーク卿が怪しと、アレックス様達は釘とダレルの関係性を調べはじめた。そして一つ分かった事が。

 以前、この釘を取引きしていた鍛冶屋が最近になってダレルの商会との取引きを辞めていたという事だ。



 

「アレックス様、本当に行くのですか……?」


 コレット様はアタシを抱きしめながら、アレックス様を不安気に見上げる。


 アタシ達はいま、西の地区の街の中心部にあるダレルが持っている商会の近くに来ている。


「そりゃ行くよ。伯爵が僕に直接、聞きにくれば良いって、言ったんでしょ? 向こうからのお誘いを断るのは勿体無いよ。それに、釘の取引きを辞めた本当の理由を知りたいし。ね?」


 と、アレックス様はちょっと不穏な笑みを浮かべ、楽し気に言う。コレット様は若干、顔を引き攣らせて困った様に眉を下げている。


 アレックス様がダレルに会いに行くと言い出したのは、昨日の夜のこと。


 昨日の昼過ぎ、ダレルが店に来た事を夕飯の後にお茶を飲みながらコレット様が報告をしたのだった---。





 ドアノブに休憩中の札を下げ、店の奥に行こうとしたアタシ達を、店のドアに付いた鈴が呼び止めた。その音に続き、ダレルの低くねっとりした声が響く。


「やぁ、西の魔女殿」

「すみません、今から休憩に入るので、お急ぎで無ければ一時間後にお願いします」


 札を無視して店に入ってきたダレルに、コレット様は静かな声で言う。

 ダレルは「生憎、今日は少し機嫌が悪くてね」と、コレット様の言葉を無視しカウンター前に立った。


「昨日、街で俺の事を色々と嗅ぎ回っていた男がいたと耳にした。黄金の目立つ髪色に長身の見目の良い男だったとか。バイルンゼル帝国の軍とは違う軍服を着ていたというから、ガブレリア王国の騎士だろうと。その男について、魔女殿は知っているか?」


 鋭く光る緑色の眼を細め、コレット様を見下ろすダレル。探る様に、脅す様に。アタシはカウンターに飛び乗って、コレット様の前に立った。フゥーっと小さく呻く。

 ダレルはチラッとアタシに視線を向けたが、再びその鋭い眼光をコレット様に移す。


「その男は、魔女殿の想い人かな? それならば、俺は彼にとって無視出来ない存在だと認識されている訳だ。何故? 相手は俺など知らないはず。魔女殿が、俺の話をしない限りは……」


 何を勘違いしているのか、見当違いなことを言い出した気がして、アタシは少しゲンナリとする。このダレルという男。どこまでも自分に自信があるようだ。

 カウンター越しにコレット様の頬に手を伸ばそうとしたのを、アタシがパシッと叩いた。それを見たコレット様が「サーシャ!」と慌てて抱き上げる。


 アタシはシャーと威嚇の声を上げながら、レオン様に念話を送ると、レオン様が『サーシャ、落ち着け。そいつに手を出すな』と静かな声で言い聞かせる。アタシは威嚇を止め、コレット様の腕の中でダレルを睨み付けた。


「その猫は、躾がなってないな」

「申し訳ございません。まだ子供ですので……」

「子供なら、何でも許される訳じゃ無い」

「申し訳ございません。今後しっかり躾けますので、今日のところは、お引き取りくださいませ」


 コレット様が、貴族に向けるバイルンゼル帝国内の礼法に則った礼をし謝罪した。


『コレット様……ごめんなさい』


 アタシがそう呟くと、コレット様の腕がキュッと強くなる。でも、それはとても優しいキュッで。アタシは泣きそうになる。


「ガブレリア王国の騎士に伝えろ。コソコソと俺を調べるくらいなら、俺の商会へ来いと。俺は逃げも隠れもしないとな」





 昨日の話を聞いたアレックス様は、「なら明日、僕らが帰る前に会いに行こうか!」と言い出して、朝早く前触れを出した。すると、即返信が来て、今に至る……。


 それに伴い、アタシはダレルがコレット様に手を出そうとしてると、アレックス様にバラした。


 念話でレオン様に伝えたのだ。コレット様は慌ててアタシの口を塞いだけど、そんな事しても無駄なのに。慌てたコレット様が可愛いと思いつつ、ぜーんぶバラしてやった!

 それをレオン様がアレックス様に伝えて、静かに怒りを宿したアレックス様が「それはよろしく無いね」と言い目を細める。


「何より。僕の大切な彼女にちょっかいを出す男の顔は、今後のためにも知っておかなきゃね」


 そう言って、不敵に笑った。


 アレックス様の悪そうな顔、初めて見た……。コレット様を見ると、桃色のお花が周り中に舞っているみたいにキラキラの瞳で惚けていた……。


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