第6話 約束
翌日。
レオン様は朝焼けの中、コレット様のお家に戻って来た。
コレット様とアレックス様が二人で薬草を選別していると、疲れた様子でレオン様が「ただいま」と声を掛けた。
「レオン様、おはようございます! おかえりなさい!」
「レオン、おはよう。お疲れ様。どうだった?」
「……まず俺に、そこにある最高に旨そうな葡萄を食べさせてくれ……」
ムスッとし顔をして指差す先には、朝コレット様が摘んできた葡萄が籠の中に入っていた。
口を尖らせ、アレックス様をジトっと見つめる。アレックス様は軽く肩を上げ、葡萄一房を手に取り魔力を込めてから、レオン様に手渡した。
「それで? どうだったんだ?」
大粒の緑色した葡萄を一粒ずつ丁寧に捥ぎ取り、そしてそれを皮ごと美味しそうに頬張るレオン様が、騎士服のポケットから折り畳んだ紙を取り出し、アレックス様に差し出した。
「釘は、そこの鍛冶屋が作った物だと分かった。オヤジさん一人でやってる小さな鍛冶屋だ。周りに話を聞くと誰もかれも口を揃えて、腕が良いと
「契約解除? 何故だろう……。レオン、それは、いつ?」
「二ヶ月前だ。解除になった理由は、オヤジさんの作る釘よりも安くて質の良いモノを隣国で仕入れる事になったからだと言っていたらしい。オヤジさん、めちゃくちゃ怒ってたよ」
それまで黙って話を聞いていたコレットが「二ヶ月……」と呟くと、何かを思い出す様に視線を揺らす。
「……アレックス様」
「ん? 何だい、コレット」
レオン様とアレックス様がコレット様に顔を向け見つめた。コレット様は、私の記憶が間違い無ければ、と前置きをし続ける。
「二ヶ月前なら、最初に脱輪事故が起きたのも二ヶ月前からだったはずです」
その言葉にアレックス様は「伯爵は、ますます怪しいね」と、考える様に自身の唇に人差し指を当てた。
朝食を食べ終えると、レオン様とアレックス様は東の地区へと向かう準備を始めた。
「コレット、ひとまず僕達が帰って来るまで、今回の脱輪事故については一人で動かない様に。いいね?」
念押しする様に、コレット様の両肩に手を置いて見下ろすアレックス様のその表情は、どこかジト目にも見える……。コレット様……過去に何をしたんですか? あまり信じられている様には、見えませんけど……。
「……ええ、もちろん」
「一瞬、間があったけど」
間髪入れず言うアレック様に「気のせいです」とニッコリ笑顔を見せるコレット様。
「本当?」
「ええ、もちろん」
「……」
「……約束です。一人で行動はしません」
「……約束だよ? 約束を違えたりしたら……」
声色が一段低くなったアレックス様の言葉に、コレット様は慌てて「約束は違えませんっ!」と声を上げてグッと両手を胸の位置で握り締める。その姿を見て、アレックス様の顔が綻んだ。
「……じゃあ、行って来る。早ければ夕方くらいには戻って来るよ」
「はい! いってらっしゃいませ! お気を付けてお帰りくださいね」
「ああ、ありがとう」
両腕をコレット様の背中に回すと、優しく抱きしめる。首筋に口付けを落とし、頬にも触れる程度の口付けをする。少し身体を離しお互い引き寄せられる様に唇を重ねた。
アタシは神獣姿に戻っているレオン様の足元にグリグリと頭を擦り付け、ペロペロと指の間を舐める。
『サーシャも、大人しくしてろよ? 万が一、お前のご主人様が何かしだしたら、すぐに念話してこい。バイルンゼル帝国内に居るから、俺にも届くし』
レオン様がアタシに言う。アタシはペロペロ舐めるのを辞めてレオン様を見上げた。
『レオン様も、コレット様を信じてないの?』
アタシの質問にレオン様が小さく笑う。
『いや、信じていない訳じゃない。無茶するから心配なだけだ。いいな、何かあれば直ぐに知らせろ?』
レオン様の優しい眼差しを見上げながら、アタシはコクリと頷いた。
「レオン、行こうか」
『ああ』
「いってらっしゃいませ!」
空高く舞った黄金色の獅子の姿は、さっきまでここに居た事が幻だったみたいにあっという間に空の向こうへ消えて行った。
「さぁ、今日も頑張るわよ!」
コレット様が気合を入れ家の中へ入って行った。アタシはもう一度、レオン様達が向かった先の良く晴れた青空を見上げ、「ニャ」と短く返事をするのだった。
◇
今日は城下町にあるコレット様の店を開ける日だ。開店と同時に、店内には数名の客がやって来た。狭い店内は、大人が4人も入ればあっという間に満員になる。
アタシは店の入り口付近にある出窓に座りながら、いつもの様に店内の様子を見る。
「これが、注文して頂いた傷薬ですね。赤いラベルが血が出た怪我に使う傷薬で、青いラベルが打ち身や火傷など血が出ない怪我に使う薬です。間違えて逆に使っても効果はありますが、少し効き目が遅くなるので、なるべく間違えない様に使ってくださいね」
赤いラベルが付いた缶と青ラベルが付いた缶をカウンターの上に置き、コレット様が説明をすると、「助かるわぁ」と女性客が嬉しそうな声で言う。二日前、傷薬でもそれぞれの怪我に特化した薬は無いかと注文を受けたものだ。
市販の傷薬もコレット様の傷薬も、基本的にはどんな怪我にも使える万能傷薬だが、治る速度は緩やかだ。ただ、それぞれの怪我に特化した傷薬がないわけでは無い。軍や国の備蓄には、それぞれの薬を作って納品している。市販で販売が無いのは、少し手間が掛かる事と、それぞれに使用する薬草の種類も違えば、貴重な薬草を多く使う事もあり単価が高くなるからだ。
平民の人々が買うには少し高すぎる。そのため、常設していないのだ。
女性客と共に入ってきた男児二人は、腕や足に擦り傷薬がたくさん見て取れた。母親の後ろでお互い小突きあっているのを見ると、あの怪我はお互いで喧嘩なりして出来たのだろう。あの年頃はヤンチャ盛りだから、市販薬では手当が追いつかないのだろうと、アタシなりに考えていた。そのヤンチャ盛り二匹……いや、二人が、アタシに気が付いた……。
ヤバい。イタズラされる……。
アタシが警戒心を宿した目で睨み付けていると、二人はニヤけながら、ゆっくりアタシに近づいてきた。それに気が付いた母親が二人の服を引っ張り、店を後にした。
昼過ぎまで客足が止まる事はなく、コレット様は一人、狭い店内をクルクルと動いていた。
やっと客足が途絶え、コレット様と遅めのお昼にしようと一旦店を閉める事にした。
コレット様がドアノブに休憩中の札を下げ、店の奥にある作業場へと向かおうした時。
店のドアの鈴が鳴り響いた。
「やぁ、西の魔女殿」
この声、この呼び方。
振り向けば予想通りの人物が、そこに立っていた。
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